高市政権が「飲食料品の2年間消費税ゼロ」を標榜し、財源議論が熱を帯びるなか、ネットで注目を集めているのが“宗教法人への課税”だ。
【映像】“拍手喝采”となった高市総理の財源議論(実際の映像)
一部メディアが報じたことで情報が拡散した。そもそも宗教法人は、お布施や祈祷料、お守りの販売など、主に宗教活動に関する収入や、本堂・本殿などの建物と、その土地にかかる固定資産税が非課税になっている。
SNSには「お金はあるところから取るべき」「今まで非課税だったことがおかしい」などと賛同の声が相次いだ一方、「聖教分離や信仰の自由に反する」「小さなお寺や神社がつぶれる」といった意見もある。
そもそも宗教法人の収入はどうなっているのか。『ABEMA Prime』では、その実情と、課税の是非について考えた。
■宗教法人への課税は「信教の自由」を侵害するか

広島県・崇興寺の住職、枝廣慶樹氏は、宗教法人への課税には反対の立場を取る。「大きく2つの理由があり、まず小規模の寺社は、今もすでに危機的な状況にあるため、固定資産税の課税はあり得ない。もう1つは、憲法上の“信教の自由”や“政教分離“の観点から、1円も課税すべきではない」。
雑誌「宗教問題」編集長の小川寛大氏は、課税には条件付きで賛成だ。「民間企業並みに取れとは思わず、実際にも取れないだろう。しかし日本は民主主義の国であり、世論として声が高まり、そう主張する政治家が一定の票を集めれば、何もしないのは無理だ」。また制度面についても、「宗教法人は、他の公益法人と異なり、寄付金控除がない。そうした部分も含めて見直すべきだ」とした。
一方で、一部報道に対しては「消費税減税の財源としては取れない。一部で“金満教団”があるのは事実だが、大半は赤字法人で、一般の印象よりつつましい業界だ。仮に課税しても、何かの財源になるほどの上がりがあるとは思えない」との見解を示す。
■「信仰していない人から見れば、宗教はいかがわしく、不思議な存在」
枝廣氏は「信仰していない人から見れば、宗教はいかがわしく、不思議な存在だ。もし透明性を担保して、どんどん情報を出せとなると、センシティブな内容を明かすことになる。“信教の自由”の担保には、『見られたくない』『知られたくない』という信者の心情がある。内心の自由をどこまで担保するかだ」としつつ、「会計や税務は、ちゃんとしないといけない」とも語る。
小川編集長は「一般から見て、よくわからない業界であることは事実だ。宗教界は“世間一般”ではないという意見もあるが、民間企業や行政などと比較して、情報公開面では遅れていると言っていい。痛くもない腹を探られないように、宗教界側も情報発信が必要だ」と考えている。
前参院議員の音喜多駿氏は「難しい。『伝統的な寺に課税しろ』という意見は多くなくても、旧統一教会の問題が起き、一部の教会はビルをたくさん所有して、マインドコントロールで強引に寄付を集めている。自由に選べればいいが、そうした精神状態ではないところまで追い込まれて、数千万円も寄付している人がいる現状、税制優遇措置は正しいかと問われれば、多くの国民が『もっと重課税して』となるのは当然の感覚だ」と指摘する。
■行政の役割と現行制度の徹底
枝廣氏が試算したところ、「崇興寺の固定資産と法人税が、一般的な営利法人と同じように取られた場合、年間約500万円払わなくてはいけない。私の年収(370万円)も超えていて、どうするのかと感じる。もう少し給料を取りたいが、取れば寺に残るお金が減る。ならば給料を下げ、積み立てたお金で本堂や境内を直したい。課税は積立金を奪うため、やめてほしい」という。
なお修繕費に対しての助成はなく、「宗教と政治権力は距離を置かないといけないため、課税をしない代わりに、補助金も出ない。制度上は『勝手にしてくれ』となっており、コロナ禍はあったが、業界には何の補助金もない」と説明した。
宗教法人の透明化は、どの程度実現しているのか。小川編集長によると、「旧統一教会に質問権行使が行われたが、現行法が定める報告書類をすべて行政が持っているなら、聞く必要がないことも聞いていた。あくまで想像だが、法律で定められているのに、旧統一教会が提出していない書類があるのではないか」とのことだ。
そして、「“新宗教”を中心に、制度が徹底されていないのをいいことに、出していない法人は割とあると聞いている。新制度の議論以前に、現行制度もさほど悪いものではない。いろいろとクリアにしていけば、国民の納得度も増すのではないか」との見解を示した。
(『ABEMA Prime』より)