戦国武将・伊達政宗、上杉謙信らのゆかりの名刀に加え、新選組・近藤勇が愛した虎徹も登場します。刀を通して歴史の新たな一面に出会えます!
“本物の証”に刻まれた価値
「徳川家康、織田信長、そして豊臣秀吉ゆかりの地、名古屋にある名古屋刀剣博物館にやってきました!どんな展示があるんでしょうか。いってみましょう!」
紀アナがやってきたのは名古屋にある名古屋刀剣博物館です。100振を超える刀剣のほかに、甲冑(かっちゅう)や火縄銃なども展示されています。また、その所蔵数は、なんと500振以上です。豊臣秀吉や石田三成といった名だたる武将が持っていた刀剣もあります。
まずは、関ヶ原の戦いで、徳川家康率いる東軍側だった“独眼竜・伊達政宗”が所有していた刀剣からです。
「こちらの太刀は、仙台藩の伊達家に伝来した太刀です」
「伊達政宗、あの伊達家ということですか?」
「記録では、幕府の3代将軍・徳川家光から下賜(かし)された、与えられたというものになります」
家康の死後も徳川家に仕えていた政宗は、実は家光とは世代や身分を超え、信頼し合った仲だったといわれています。そして、こちらの太刀は、伊達邸を初めて訪れた家光が贈られたと記録が残っているんです。
「将軍からプレゼントってあるんですね」
「そうですね。何かの記念とかあるいは贈り物という形で、江戸時代ですと武家の間でやり取りされることがありました。武器として使われただけではなく、人と人を結ぶ道具としても役割があったということになるんですね」
さらに、この太刀には、“本物である証“となる「折紙」が付いているんです。
「伊達家の方では、当時の本阿弥家のところで、鑑定をしてもらったんですが、その折紙も当時のものが残っている」
折紙は元々、“略式の書状”を指す言葉でしたが、江戸時代になると、鑑定書という意味を持つようになりました。刀剣の折紙には、名前や鑑定結果を始め、寸法や特徴、そして価値の評価まで……。
この太刀の折紙には「金5枚」と記されていますが、金1枚は10両に相当し、現在の価値に換算すると、10万円ほどです。つまりこの太刀は、「約50万円」の価値があると評価されているんです。
「折り紙つきという言葉が、折紙が由来になっています」
「あの折り紙付きって!私たちが知っている折り紙じゃなくて、こっちの」
「そうですね。刀の鑑定の『折紙』」
実はこの折紙付きじゃなくても、作者が分かるポイントがあるそうです。
「刃文の形が手がかりになる。推測できることがある。特に備前の刀鍛冶の場合ですと、小さい曲線ですとかうねるような、そういった刃文の特徴があるといわれています」
「確かに、ちょっとずつ波打っている感じがありますね」
“号”の世界
独眼竜の名刀に続き、戦国最強のひとり“越後の龍”が所有していた刀剣のもとへ向かいます。
「こちらが、杉上家に伝来した太刀になります」
「上杉謙信」
「謙信とかあるいは、その後を継いだ上杉景勝。その二人は非常に刀剣が好きだったんです」
実は上杉謙信は、刀剣コレクターとしても知られていて、数多くの名刀が遺されています。中には、五度にわたり死闘を繰り広げた「川中島の戦い」で、武田信玄の弟を討ったものも。
さらに、この太刀は上杉家でも特に重要な名刀「上杉家御手選三十五腰」の一つではと指摘されています。
「どんなところを基準に選んでいるんですか?」
「上杉謙信、景勝に聞かないと分からない所があると思うんですけれど。傾向として上杉家に伝わった刀剣は、備前国、今の岡山県で制作された刀剣が多いといわれています」
備前国は、平安時代から室町時代にかけて、日本一の刀の産地として栄えました。そこで作られた刀は、「備前刀」と呼ばれ、華やかで美しく、戦でも頼りになる頑丈さが魅力でした。
「その中の上杉家が選んだ一振」
「上杉家に伝わったもの以外にも国宝とか重要文化財に指定されている作品がかなり多くあります」
続いては、新選組局長・近藤勇も愛した刀鍛冶の一振です。
「こちらが、江戸時代の有名な刀鍛冶・虎徹という聞いたことがあるかも」
「虎徹は、聞いたことあります」
「新選組の近藤勇が虎徹の刀を使っていたということが話にあります」
近藤勇を始め、勝海舟や、江戸幕府の大老・井伊直弼など様々な偉人が手にしたと伝えられている長曾祢虎徹の刀です。50代で甲冑師から刀鍛冶へ転身した虎徹は、200振以上の刀剣を生み出したと伝えられています。そのどれもが切れ味に優れ、絶大な人気を誇りました。
また、江戸後期にまとめられた、切れ味に特化したランキングでは、トップクラスを意味する「最上大業物」に選ばれています。
しかし、気になる話もあります。
「近藤勇が使っていた虎徹の刀というのは、偽物だったんじゃないかという話がいわれております。虎徹の刀というのは非常に高値で取引されていた。農民出身の新選組が有名な刀を手に入れるのはすごく難しかったのではないかと」
「虎徹は偽物が多かったということなんですか?」
「そうですね。人気の刀工でしたので“号”の世界ということばがあるくらいです」
人気すぎるがゆえに偽物が絶えなかった虎徹は、ある対策を取りました。
「実はですね、この乕徹の二文字、3回変わっているといわれています」
最初の虎徹は古いに鉄です。次に動物の「虎」、徹夜の「徹」に改めて、のちに…。
「トラの字も、変わった「乕」の漢字ですね。異体字っていうのになるんですけれどもこれもまた「トラ」と読むんですね。本人なりの偽物対策だったのではないかといわれています」
「太刀と刀って書いてありますが、それぞれどう違いがあるんですか?」
確かによく見ると、「刀」と書かれたものと、「太刀」と書かれたものがあり、展示のされ方も刃の向きが逆になっています。
「腰につけた時、装備した時の刃の向きを、そのまま展示の方で表すようにしています」
腰に装備した時の違いは、一体どういうことなんでしょうか。
「刀ですと、帯に鞘を刃を上に向けた状態でさしているんですけど、太刀の場合ですと刃を下に向けた形で腰からつるすんです」
「へ〜!え!何でなんですか?」
「太刀の場合ですと、馬の上で戦うときに抜きやすい」
「ほ〜、吊るしていた方が」
「刀ですと、刃を上に向けて腰に差すんですけれども、その時は歩いて戦う時にスっと抜いてそのまま相手に切りかかることが早くできる、というところで流行ったといわれています」
「知らなかった」
「いいところに気づかれたなと思います」
「ありがとうございます」
魅力がまた一つ深まったところで、続いてご紹介するのは家康の側近として有名な“僧侶”が所有していた刀。
「この刀はですね、実は、徳川家康の側近を務めたお坊さん、天海が持っていたんですね」
当時、武士以外が刀を持ち歩くのは禁止でした。しかし、天海は僧侶でありながら、特別に帯刀を許されていたんだとか。
「おもしろいのがですね、刀にニックネームがつきます」
「ニックネーム?」
そう、刀には「号」と呼ばれる、ニックネームのようなものが付けられることがあるんです。例えば、政宗の愛刀として知られる「燭台切光忠」。これは、政宗が粗相した家臣を斬った際、刀の先が軽く触れただけで、そばにあった青銅の燭台まで切れたことに由来しています。
ちなみに、天海の刀についた号は……?
「名前がですね。海老鎖切というものになります。実は、海老鎖というのは、錠前の一種なんですね。それをこの刀で断ち切ったと」
「刀で断ち切ったんですか?」
天海は鎌倉幕府の御家人だった三浦家の子孫ともいわれますが、この刀に付けられた「号」は、かつて、南北朝時代に活躍した三浦時継という武将が鎌倉の宝蔵にかかっていた「海老錠」を断ち切ったことが由来なんです。
(2026年2月17日放送分より)















