携帯電話の位置情報が警察署から動かないことを不審に思った兄が電話をかけた時、弟はすでに帰らぬ人となっていた。
それから 4 カ月後、証言台で「親に交際を反対され、一緒になれないなら死のうと話し合った」と主張した弟の交際相手の姿に兄は鋭い視線を送っていた。
ネパールから日本に来た兄弟はなぜ悲劇に見舞われたのか。真実があいまいなまま交際相手の判決の日を迎えようとしている。
(テレビ朝日 社会部 小牧薫子)
ホテルの 1 室で事件は起きた
去年10月の朝、千葉県船橋市内のホテルから119番通報があった。救急隊がかけつけるとネパール人留学生のチャンタール・バダルさん(当時 21)がホテルの1室で玄関近くにうつぶせで倒れていて、その後死亡が確認された。
胸には深さおよそ16センチの心臓から肝臓まで達する刺し傷などがあった。
逮捕されたのは交際相手の浅香真美被告(32)。事前に万引きした包丁 2 本のうち 1 本でバダルさんを刺した殺人の疑いだった。
逮捕時、浅香被告は殺人の容疑を否認し、起訴された時には罪名が自殺を手助けした「自殺ほう助」に変わっていた。
チャンタールさんの兄が語る弟の夢
チャンタールさん兄弟は千葉県内のアパートの1室で共に暮らし、2人で留学の様子をTikTokに投稿するなど仲が良かった
弟は将来を見据えながら、日々楽しく過ごしていて、自殺なんてするようには見えなかったとテジンさんは話す。
バダルさんは当時、日本語学校の2年生だった。卒業後、日本で働くため千葉市内のビジネス系の専門学校への進学を考えていて、1週間後には入学面接を控えていた。そのさなか事件は起きた。
「殺人」か「自殺ほう助」か
兄テジンさんら遺族は被害者参加制度を利用して 2 月に始まった浅香被告の裁判を傍聴した。
浅香被告が罪に問われたのは包丁 2 本を万引きした窃盗罪と包丁を用意してバダルさんの自殺を手助けした自殺ほう助の罪など。
検察は証拠に基づき罪状を殺人から自殺ほう助へ変更した。浅香被告が用意した包丁をバダルさんが自ら使ったというものだ。
テジンさんは今もその判断に納得していない。矛盾点がいくつもあると指摘する。
兄が感じる矛盾点(1) 「別れ話をしてくる」と言った弟
事件の 3 日前、ネパール最大の祭り「ダサイン」のため兄弟らは家族だんらんのひと時を過ごしていた。そこでバダルさんは「彼女と別れ話をした。彼女はめっちゃ泣いていた」と打ち明けたという。
バダルさんがホテルに向かう前、テジンさんは「きょうは家に帰ってくるよね?」と聞いた。
すると、バダルさんは「最後に(会って)別れ話をしてくる」と言った。
テジンさんは「もう別れ話をしたならメッセージが来ても無視すればいいのに」と求めたが、バダルさんは「きょうで最後にする」と返答し、2人でグータッチをして「明日ね」と別れた。
これが兄弟2人の最後の会話になった。
兄が感じる矛盾点(2) 刺し傷の多さ
テジンさんは裁判でこう主張した。
裁判の証拠などによると、浅香被告が万引きした 100 円ショップの出刃包丁 2 本のうち1 本をバダルさんが使用したという。体には心臓から肝臓に達する深さ 16 センチの傷や左手を貫通する傷、首などにあわせて 11 カ所に傷があった。
裁判では立証されていないが、テジンさんは左手の傷が防御する際にできた傷だと考えている。
「そもそも自らそんなことができるのか」(テジンさん)
テジンさんは「非常に強い痛みを感じて亡くなったのだろう」とバダルさんの最期を想像した。
兄が感じる矛盾(3) ホテルの部屋にあったお酒の空き缶
テジンさんが警察から聞いた現場の様子は、バダルさんの普段の生活とはかけ離れた状況も確認された。
バダルさんの飲酒量は裁判で明らかになっていないが、テジンさんは違和感を覚えたという。
浅香被告が語る事件
検察側は裁判で事件当日についてこのように説明した。
浅香被告は裁判で、包丁の万引きや自殺ほう助などについて起訴内容を認めた。
「私は親からお互いの文化や環境が異なるという理由で交際を反対されていた。彼は(ネパールの)父親から電話があり『何をしに日本に来た?彼女を作りに来たわけではないだろ』と言われた。それで彼と一緒になれないなら死のうと話した」
「ネガティブな思考で視野が狭かった」
検察側からバダルさんの後を追わなかった理由を聞かれると
その後のテジンさん側の弁護人の質問で、ホテルに行く金はあるにもかかわらず、2 本で220 円の包丁を万引きした理由を問われた被告は「どうせ死ぬのなら、支払わなくても良いだろうと窃盗してしまいました」と説明した。
さらに裁判官からは、バダルさんではなく浅香被告が包丁を用意した理由を問われるとバダルさんから「ナイフがあればいいな」という発言があり、「気を利かせました」と答えた。
異国の地で事件に巻き込まれる苦悩
文化も言語も違う異国の地に来て、弟を失い、裁判に向き合うテジンさんの苦悩は想像を絶する。
事件が起きた日、テジンさんは連絡が取れないバダルさんを心配に思い警察に電話した。すると、警察官に「弟さんはきょう死亡が確認されました」と伝えられた。突然のことに頭が真っ白になった。
翌日、ネパール語の通訳を介して何があったかを理解した。その後も警察に事情を聞いたが、「日本では証拠をそろえてから裁判で明らかにする」と言って、捜査の進捗などは教えてくれなかった。
状況を教えてくれない警察を不審に思い、テジンさんは「私が外国人だから差別しているのか」と、つい言ってしまった。
すると、警察官に「差別などしていない」と強い口調で言い返されたという。
そして捜査の結果、浅香被告は起訴の時に殺人から自殺ほう助に罪名が変わった。
テジンさんは「初めに聞かされた時、自殺ほう助がどんな罪か分からなかった」と話す。自殺ほう助の意味を調べ、「弟が自殺するはずがない」と考えた。検察にその理由を聞いたが、納得する回答は得られなかった。
淡々と進む裁判
検察側が自殺ほう助で起訴した以上、裁判で殺人と認定するのは非常に難しい。検察が起訴内容を変更する「訴因変更」が一縷の望みだった。
テジンさんは裁判が始まるまでTikTokで、バダルさんは自殺していないと信じていること、刑事事件に強い弁護士を探していることを何回も訴えた。しかし、何人もの弁護士に断られ、国選の被害者参加弁護士に依頼することになった。
ただ、テジンさんの主張が伝わらなかったのか、弁護人からは「このままだと自殺ほう助の可能性もある」と伝えられた。実際に訴因変更はされなかった。
テジンさんは周囲に不満を持ったまま、裁判は 2 日間で結審した。テジンさんは結審した後にこう語った。
検察側は浅香被告について、自殺ほう助の罪などで拘禁刑2年を求刑した。判決は10日に千葉地裁で言い渡される。








