東日本大震災から15年。震災は被災地以外にも大きな影響を与えた。南海トラフ地震の被害想定で日本最大の津波が押し寄せるとされている高知県の町では震災前過疎に悩んでいる。ニュース番組『ABEMA Morning』では、その状況を逆手にとったある挑戦について紹介した。
【映像】「食料ではなく食事を」実際に製造される多種多様な缶詰
高知県西部に位置する海辺の町、黒潮町。この町にある黒潮町缶詰製作所では、高知県の特産品である鰹と海鮮がたっぷり入った玄米パエリアや、四万十鶏がごろっと入ったビリヤニ、スイーツ缶詰など、多種多様な缶詰を製造・販売している。
「黒糖の濃厚和ショコラ」の缶詰を開けると、中から出てきたのは、ようかん風のスイーツだ。
浦林アナ「口の中に広がる食感はなめらかでようかんのようだが、味はショコラ。とってもおいしい」
カラフルでオシャレな缶詰は長期保存が可能。見た目とおいしさにこだわり、災害時には非常食にもなる。
このユニークな缶詰は、一体どのようにして生まれたのか。そのきっかけは、缶詰に刻まれた「34M」という数字だった。
海辺の町で生まれた缶詰のきっかけとは

番組は、黒潮町缶詰製作所の立ち上げに携わり、現在代表取締役を務める友永公生氏に話を聞いた。
「災害を受けていないのに、過疎化が加速してしまった」(友永氏、以下同)
友永氏はもともと高知県黒潮町の職員で、防災担当を8年間務めていた。そんな中、2011年3月に起きたのが東日本大震災だった。震災直後、東北の被災地に足を運んだ友永氏は感じたことを次のように語った。
「小規模な谷ごとに港があり(黒潮町と)似た風景がたくさんある。本当に自分の町が被害を受けたような、我がこと感として切実に感じる場面が多かった」
そしてその翌年、黒潮町を揺るがす、ある数字が公表された。南海トラフの巨大地震が発生した場合、日本一となる最大「34.4m」の津波が黒潮町に押し寄せるとされたのだ。この公表によって、町では避難することへの「諦め」が広がったという。
「震災前過疎という現象が起きた。危ない町だからということで、町を出ていく。災害を受けていないのに、過疎化が加速した」
こうした状況に黒潮町は、犠牲者ゼロを掲げ、「津波避難タワー」の建設や「避難カルテ」の作成など、様々な対策を講じた。
ただ、もともと産業が少なく、仕事を求めて町外に出ていく人が多い中で、雇用の問題だけが取り残されている状況だった。そこで、町が考え出したアイディアがあるという。
産業が少ない町の雇用問題を解決する方法

「防災で備蓄食料をつくり、雇用の場をつくろうと」
こうして、非常食として缶詰をつくるプロジェクトが始まった。友永氏は、再び被災地へと足を運び、被災した際の食事について聞き取りを行った。
「一番多かったのが、『甘いものが食べたかった』という声。他にも『同じものばかりで食べ飽きる』や『栄養が偏る』など」
さらにトラブルもあったという。
「子どもたちが大変そうなので、よかれと思ってチョコレートを配ったら、中にピーナッツが入っていて、落花生のアレルギーで事故が起きた」
こうしたリアルな声を聞き、8大アレルゲンを含まない缶詰をつくることにした。
「現地に入って一番思ったことが、『食料が必要なのではなくて食事が必要だ』という声だった。温度感のある食事を提供するにはやはり手作りの良さがあるだろう」
こうして、見た目とおいしさにこだわった黒潮町の缶詰が誕生した。
「県内の方が県外にギフトで使ってくれる事例が増えてきていて、すごく嬉しい」
現在、売上は1億円ほどで安定しており、黒字化も達成。町外出身者を含む16名の従業員が働いていて、雇用の創出にもつながっている。
そして今、友永氏には新たに思い描いていることがあるという。
「『防災関係人口』を考えていて、僕は缶詰の原料の生産者を『防災関係人口』と呼んでいる」
友永氏が考えるのは、缶詰の原料に地元で採れたものを使い、生産者を支えることによって、間接的に雇用を生み出すというもの。それは、防災意識の向上にもつながると話す。
「備蓄品として、自分がつくった原料が納品されていることを知ると、その人も防災意識がおのずと上がる。頑張って防災をしている意識ではなくて、お金が回る中で防災という意識が醸成されていく仕組みがつくれるのではないか」
(『ABEMA Morning』より)