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2026年3月12日 01:10

“思い出の品”を守り続けて それぞれの“午後2時46分”東日本大震災から15年

“思い出の品”を守り続けて それぞれの“午後2時46分”東日本大震災から15年
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宮城

東日本大震災から15年。おびただしい数の犠牲者が出た 3月11日、各地で祈りが捧げられました。

それぞれの“午後2時46分”

家族が行方不明
家族が行方不明
「やっぱり見つからないと吹っ切れないんですよね。姉たちは波でさらわれたと、まだ海の向こうにいるのかなと。やりきれないです。何年経っても忘れられないです。見つかるまではね」
岩手

祈りは、それぞれの街で、それぞれの思いを胸に。

友人を亡くした人
友人を亡くした人
「早いですよね、15年。遊び仲間だったんです。また会いに来たいと思います」
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“思い出の品”を守り続けて

三陸アーカイブ減災センター

15年間、被災された方に寄り添い続けてきた人がいます。

三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
「こちらにあるのが、津波で流されて持ち主が分からなくなった“思い出の品”」
持ち主不明の品

この施設で保管されているのは写真やランドセル、そしてトロフィーなど。15年たった今も、持ち主が分からない思い出の品、その数、約7万6400点です。野球のボールやグラブもありました。

大越健介キャスター
大越健介キャスター
「専大北上高校、甲子園出場記念。引き取ってほしいな」

さらに…。

大越健介キャスター
大越健介キャスター
「これ生まれたばかりの赤ん坊の足形と手形ですよ」
三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
「こういうのは取っておいてほしい」
返却会

秋山さんは、この施設の運営以外に月に1回返却会を開き、持ち主に届ける活動をしています。

大越健介キャスター
「他の自治体などでも、こうした活動は続いているのでしょうか?」
三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
「いま半分以下になっていると思います。やはり色んな事情があると思います」
国の事業

もともとこの活動は、国の事業として取り組みが行われていました。その後は復興庁や地元自治体の補助金を使い、ようやく続けてこられたといいます。しかし今では、劣化などを理由に保管を断念した自治体も少なくありません。

三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
「ここにあるものは、どなたかの元に戻った時に初めて意味や価値が出る。戻ることで少し気持ちが前に向く、心の回復を助ける。喪失感を何かを探すことで埋めることができる。そんなふうに私たちは考えています」
大越健介キャスター
「僕らは一概に10年15年という数字を口にしますが、その人によって違う?」
三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
「例えばご家族の中で犠牲になられた方がいる場合『親御さんに内緒で来ました』という方もいる。震災の話を家族の中ですることも難しい状況だけれど、思い出の品があるのを知って『いつか一緒に来ようねと、親と初めて話せました』みたいな話も伺ったことがあります」

あの日から15年。いま問われる“心の復興”への歩み。

三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
三陸アーカイブ減災センター 秋山真理代表理事
「15年経って、最近ようやく気持ちが落ち着いてきたから、探す気持ちになってきた方は増えているように思う。本来は全て早いうちに返して、早く終えることが必要な事業だと思う。一方で、まだ『見ることがつらい』『気持ちが落ち着かない』という方がたくさんいて、探したい気持ちやタイミングは人それぞれだと思うので、それを尊重して可能な限り、可能な時に見に来てもらえたらと」
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