社会

ABEMA TIMES

2026年3月20日 10:30

3.11に卒業祝いの赤飯、1本の電話で2100食を廃棄…いわき市長「教育委員会の判断ミスだった」「これからの難しい社会を生きていく子どもたちにとって考える機会になる」

3.11に卒業祝いの赤飯、1本の電話で2100食を廃棄…いわき市長「教育委員会の判断ミスだった」「これからの難しい社会を生きていく子どもたちにとって考える機会になる」
広告
1

 東日本大震災から15年が経過した3月11日。福島県・いわき市で、“ある給食”が物議となった。

【映像】いわき市の3.11の給食“献立”(実際の映像)

 この地域では、卒業前の最後の給食には「赤飯」を出すことが通例となっていたことで、いわき市の公立中学校では、赤飯が用意されていた。しかし、その日の午前中、保護者を名乗る人物から学校に「震災のあった日に赤飯はいかがなものか」と1本の電話が入り、学校は市の教育委員会に報告。教育委員会は「赤飯を出すことをやめる」判断をした。

 調理済みのおよそ2100食の赤飯は廃棄され、生徒たちには急きょ、学校で備蓄した非常用の缶詰パンなどが代わりに提供された。この事実が報じられるとネットでは「追悼の日に赤飯はないだろう」「どこが不謹慎なのかよく分からない」「食事を出す背景を気にしすぎ」など、賛否の声があがった。

 いわき市の内田広之市長は16日の会見で「犠牲者を追悼し、大変ななか育てた親に感謝するのであれば、震災から頑張ってきた。子どもたちの門出を祝う意味で(赤飯を出しても)問題なかった」と述べた。

 震災の日の給食に赤飯は不謹慎なのか。それとも気にしすぎなのか。『ABEMA Prime』で、いわき市の内田市長と考えた。

■匿名電話1本で2100食を廃棄した判断の妥当性

内田市長

 内田市長は、今回の廃棄について「非常に残念だった。決断自体、あまり正しくなかったと思っている」といい、「震災の年に生まれ、これからの門出を称える機会。しっかり追悼し、支えてくれた周りの方々に感謝しながら召し上がれば何ら問題なかった。一気に破棄してしまったことは、教育委員会の判断ミスだった」と謝罪の意を示した。

 一方、いわき市議の小野順三氏は「最初はフェイクニュースかと思うほど信じられなかった」と振り返る。「震災の傷が癒えていない人への配慮は必要だが、教育委員会がパニックになり、何のためにこの行事をやっているのかという覚悟が見えなくなってしまったのではないか」と指摘した。

■「不謹慎」と「生存の肯定」

金菱清教授

 災害社会学を専門とする関西学院大学の金菱清教授は、現場の対応を「過剰なものだ」と分析する。「祝いの席で赤飯のような象徴的な食べ物を口にすることは、生存を祝って未来を信じるという積極的な生の肯定に他ならない。人間が精神を保つためには、死や破壊の対極にある生や希望を確認する行為が必要だ」。

 大物マダムタレントのアレン様も、この意見に強く同意し、「震災を忘れてはいけないが、子どもたちには関係ない。3月11日に生まれた子は一生誕生日を祝ってはいけないのかという話になる。乾パンを食べさせられた子どもたちは、喜んじゃいけない日なんだという認識になってしまう。それはすごく良くないことだ」と主張した。

■教育現場の「事なかれ主義」とリスクマネジメントの課題

小野順三氏

 なぜ、たった1件の電話でここまでの事態に至ったのか。リザプロ代表の孫辰洋氏は、組織のオペレーションの問題を挙げる。「今の日本の教育機関は事なかれ主義で、トラブルをゼロにすることを優先している。誰か一人が焦って電話を受けてしまうと、組織内での合意がないまま安直な判断に走ってしまう」。

 また、衛生管理基準により「残食の持ち帰りは避けるべき」というルールがあることも、廃棄の一因となった。しかし、内田市長は「文部科学省の基準は、唾液による汚染などを想定したもので、今回のようなケースでの持ち帰りを一律に禁止しているわけではない。現場判断で責任を持って処理すれば、おにぎりにして持ち帰るなどの解釈も取れたはずだ」と、柔軟な対応の可能性について言及した。

 今回の騒動を受け、いわき市では教育委員会との連携を強化するため、専属の連絡員を配置するなどの対策を検討している。「正解がない中で、どういう答えを導き出すか。これからの難しい社会を生きていく子どもたちにとって、最高の考える機会になる。画一的に丸バツをつけるのではなく、子どもに投げかけて考えさせることが重要だ」と述べた。

 小野氏も「4月以降でも構わないので、子どもたち自身が『どうしたらよかったか』を話し合う材料にしてほしい」と期待を込める。

(『ABEMA Prime』より)

広告