社会

ABEMA TIMES

2026年7月17日 07:15

無気力・無関心の「静かな学級崩壊」注意した側の子どもが不登校に…教育研究家が求める「学校内での人間関係の構築」の重要性

無気力・無関心の「静かな学級崩壊」注意した側の子どもが不登校に…教育研究家が求める「学校内での人間関係の構築」の重要性
広告
1

 かつて社会問題となった学級崩壊は、子どもが教職員の言うことを聞かず、暴言や暴力によって授業が成立しないという形で表れていた。しかし令和の今、新たな形の学級崩壊が静かに広がっているという。物が壊れたり暴力が飛び交ったりするわけではなく、無気力・無関心な空気が広がり子どもが教室から離れていく、保護者すら気づかないまま時間が経過していく。そんな「静かな学級崩壊」が現場で起きている。『ABEMA Prime』では、当事者・現役教師・教育専門家とともに、令和型の学級崩壊とその向き合い方を考えた。

【映像】「静かな学級崩壊」の実情を振り返る母

■注意していた側の子どもが不登校に…教師側からは「騒がしい元気なクラスです」

さかなさん

 ウェブライターのさかなさんは、3年前に長男が小学5年生だったとき、クラスの異変に気づいたと話す。「授業中の時間に校庭にいたり、他の子どもが廊下に出ていたりという状態が続いていた」といい、ガラスが割れるような分かりやすい崩壊ではないため、「すごく地味。だから親もわからないまま時が経っていくのがもどかしかった」と振り返る。

 長男はクラスの学級委員として担任から「騒がしければ注意しなさい」と言われ、張り切って声をかけるようになった。しかし騒いでいた子どもたちから「なんだ、お前だってうるさい時があるだろう」と反撃され、怖い思いをしたという。さかなさんが学校に問い合わせると、「うるさいのは確かです。騒がしい元気なクラスです」とふわっと返されてしまい、具体的な対応策も示されないまま夏休みに突入した。

 その後、長男は一時不登校になった。さかなさんは「うるさい子を個別に呼んで『ちょっとまずいよ』と言ってくれるだけで違ったと思う。なぜか注意した側の息子も『もうそんなことしなくていいよ。学級委員という名前だけ残していいから、1学期中は注意しなくていい』と言われてしまい、息子が混乱した」と語る。「先生の対応一つで少し何かが変わることがいっぱいあると感じた」とも述べた。

■「昔の激しい学級崩壊と比べると、静かな崩壊が広がっている」

さかなさんが感じたこと

 九州の公立中学校の教師・ヤマダさんは、生徒の傾向に変化を感じているという。通常学級にも「必ず1人か2人は病名のついた生徒がいる」現状を証言した。2ちゃんねる創設者・ひろゆき氏は「先進国では、心療内科でうつ病の診断を受ける子どもが増えている。少子化で、在宅勤務で親が家にいるようでも、一人っ子で話し相手がいない。何かあってもストレスの発散としての会話の相手がいない。これは学校教育の問題というより病気の話かもしれない」と指摘した。

 全国の小中学校の状況に詳しく、教育実践研究家でもある菊池省三氏は、かつての学級崩壊と今の違いをこう説明する。「一時期マスコミを騒がせた学級崩壊は、対教師への暴言・暴力によって授業が成立しないという側面が強かった。今は少子化でネット社会、コロナ禍を人生の半分ほど過ごしてきた子どもたちが、歪んだ自己主張が強くてまとまりに欠け授業が成立しない。昔の激しい学級崩壊と比べると、静かな学級崩壊が広がっているのではないか」と述べる。

 千葉県の公立小学校で6年生の担任を務める森匡史さんは、子どもたちに無気力を感じることはなく、「こちらが熱量を持って声をかければきちんとついてきて、教師の期待にも応えようとするエネルギーを持っている」と語る。一方でさかなさんのケースについては、「集団を作るにあたって子ども同士が自主的に声をかけ合うことは悪くないが、先生が最初にしっかり集団を把握すべき段階で子どもに任せてしまったのは、学校側の配慮不足ではなかったか」と指摘する。教員15年目の森さんは、菊池氏の教育メソッドに触れたことで「子どもの意欲と、互いに関わり合いながら学んでいく姿に衝撃を受け、目指したいものがあると思った」と明かした。

■「コミュニケーション教育の重点化」と「教員免許のあり方の見直し」

令和型の学級崩壊とは

 打開策として、菊池氏は「学校・教室は対面で人と人がつながるコミュニティを作る場だ。言葉の力を丁寧に育てることが重要なのに、知識伝達の教育に偏りすぎると一番基本のところが弱くなる。私たちは『コミュニケーション』という教科を学校に入れ、温かい人間関係を作ることに焦点を当てた教育が様々な崩壊を防ぐ一番の策ではないかと考えている」と述べる。答えが1つに決まっている「絶対解」ではなく、一人一人の考えを出し合って全員で見つけていく「納得解」を重視する教育の必要性を訴えた。

 経済学者・竹中平蔵氏は「先生方は頑張っているが、アクティブラーニングをやる能力が今の現場にあるかは疑問だ。教える知識はネットで補えるのだから、先生の役割はカウンセラー的なものへとシフトしていく必要がある。そのためには教員免許のあり方そのものを変えることを視野に入れるべきだ」と主張する。

 ひろゆき氏は「教科を減らすことを真剣に考えた方がいい。スウェーデンなどでは宿題がない国もある。古典・漢文など実社会で使わないものをやめて、その時間をコミュニケーション教育に充てるという発想も必要だ」と語る。またアメリカの研究を引き合いに、「親がひどくても子どもは大丈夫なケースがあるが、学校の先生がひどいと壊れてしまう子が多い。先生は『社会の大人とはこういうものだ』という代表になっているから、まともな大人像を示すことがとても重要だ」とも述べた。

 菊池さんは「全国の先生方は本当に頑張っている。ただ授業観がなかなか変わらない現状がある。人間を育てるという原点に立ち戻り、公立の学校こそそこに焦点を当て、子どもたちと向き合う先生方を増やしていきたい」と訴えた。 (『ABEMA Prime』より)

広告