日本の原風景と言われる「棚田」。山の斜面に幾重にも連なる田んぼは四季折々の表情を見せ、国内外から多くの観光客が訪れる絶景だ。
現在日本にはおよそ15万ヘクタールの棚田があるとされ、水田全体の6パーセントを占める。その中でも景観や歴史的価値の高い134地区は「日本の棚田百選」に選ばれ、国の支援を受けながら守られてきた。
そんな中、400年の歴史を誇る棚田での米作りを今年いっぱいで辞めるという農家がある。しかも「心が折れた」のが理由だという。
サルやイノシシが棚田を荒らし…追い払う日々に疲弊
ABEMA的ニュースショーが取材に訪れたのは新潟県三条市下田地区。豊かな森林と清流五十嵐川に育まれ、コメ作りが盛んな地域だ。
北五百川(きたいもがわ)の棚田15代目の佐野誠五さん(77)に、江戸時代からおよそ400年、15代にわたって受け継がれてきたという棚田に案内してもらった。
佐野さんが管理しているのは「北五百川の棚田」。その広さはサッカーコート約1.3面分で、1999年に日本の棚田百選に選ばれた。この棚田を佐野さんは50年間、毎日たった1人で守っている。
昼夜の寒暖差、山から流れ込む清らかな水。棚田ならではの環境が甘味とねばりのあるコメを育てる。ここで育てているのは極上のコシヒカリ。品質にこだわる佐野さんは農協には出荷せず、収穫したコメはすべて自ら販売。全国には120人の常連客がいる。
なぜ今年で辞めてしまうのか。そう尋ねていると、佐野さんの心を折った者が現れた。「子猿だな、本当の数あんなもんじゃないからな。あの10倍ぐらい」佐野さんがそう指した先には数匹の猿の姿が。隣人の畑でこれから収穫する夏野菜の葉や実を食い荒らしていた。「あれが悪さするんだわ…」(佐野さん)
2025年に佐野さんが撮影したサル・イノシシの被害にあった田んぼの映像がある。収穫を目前にした棚田にサルやイノシシが侵入。稲は踏み荒らされ、食べられ、獣の匂いがついたコメは出荷できない。去年その被害は、およそ600キログラムで、ごはん茶碗およそ9000杯分にのぼった。
爆竹を鳴らすと、サルは山に帰っていった。その繰り返しに佐野さんは疲れ果てていた。「稲穂が出てきて実ると、毎日来る。心が完全に折れました。一応80歳で辞めようと思ったんですよ。予定していたお米がとれないのでは、お客さんに迷惑がかかるから。もう無理だなと思って……辞めようかなと」。
佐野さんは棚田の下にある畑で自宅で食べる野菜も育てていた。畑の周辺に張り巡らされたものについて尋ねると、「電気柵ですね。サルとかイノシシが入れないように。今のところ全然大丈夫」と回答。なぜ田んぼには使わないのかという質問には「田んぼにはしない。平らじゃないとなかなか電気柵は無理」と、急斜面に広がる棚田では、電気柵の設置は難しいのだと語った。
棚田管理の作業時間は平地の3倍
「田んぼは四角ではない。ひょうたん型、変形している。そうすると機械を操作するにも大変。かなり高低差があるでしょ。中で作業するときにも危険が伴う」(佐野さん)
こうした棚田特有の条件が、担い手不足に拍車をかけていると指摘する。農業に詳しい公認会計士の佐藤宏章氏は「どうしても大型農業機械が入らないので、人手で作業をやらざるを得ない。ここが一番ネック。確かに美しい、綺麗。では、それ誰やるんですか?やはり所有者で、農家の方はやらざるを得ない。例えば作業時間、棚田と平地では約3倍違う。若いのであればできる。年取ったらできますか? 儲けが出るなら考えるけど、儲けが出ない」と、厳しい実情があると語った。
77歳、同世代よりも体力はある。しかし急斜面の棚田では機械だけではできない作業が多く、草刈りひとつとっても足腰が強くなければ危険も伴う。「1週間から10日かかる。1日8時間はやれない、疲れるから」(佐野さん)
手作業だけではない、棚田を維持するには田植え機やコンバインなど、数多くの農業機械も必要だ。佐野さんは「個人でやるには、これだけ揃えないとちょっと無理。1000万円近くかかる。共同でやるといったって、誰も手伝ってくれない。自分の田んぼはやるけど、他人にやらせたらみんな断ると思うよ」と話した。
若手バスケットボール選手たちの協力も…
そんな中「農作業手伝います」という若者たちがいた。3人制プロバスケットチーム三条ビーターズの選手で、去年は「3x3 JAPAN TOUR 2025 U23 Round.1 in NIPPONMARU」で初めて優勝。しかしスポーツだけで生計を立てるのは難しい。そこで副業として農作業を手伝っている。
地域おこし協力隊として移住して平日は農業に携わり、市から月におよそ20万円の報酬と住宅支援を受け、夕方からはバスケットボールの練習に励む。農業の担い手不足とスポーツ選手の収入確保。2つの課題を同時に解決しようという試みだ。
「1週間くらいしたらまた生えてくるので、その繰り返し」(三条ビーターズの笹井幹太選手)
「米のありがたみは作ることによってしかわからないと思うので、すごく感動した」(バガンブーラ光シキラジョイス選手)
NPO法人ソーシャルファームさんじょうの柴山昌彦代表は「一生懸命やってくれていて助かる。農業って天候のせいとか他人のせいにできないので、そういう面で言うと本当に厳しい仕事かもしれない。頑張ってもらいたい」と期待を寄せた。
三条市では都市部の住民が会費を払って棚田を管理する取り組み「棚田オーナー制度」も行われている。佐野さんの棚田では、年間1万円で田植えや稲刈りの体験ができ、秋になると収穫した米15キロをもらえるのだという。
しかし佐藤氏は「例えば田植えの時だけ一時的に来て作業する。稲刈りも収穫の時に来て作業やる。違いますよ、田んぼってちゃんと1年を通じてやらないとダメ。自分の仕事として考えていかない限りは継続できない、棚田であっても。だから農業が衰退していく」と説明。
その現実を誰よりも知るのが、400年続く棚田を守ってきた佐野さん本人だ。「来てもらってはいいんだけど。それ以前に田植えの準備とか稲刈りの準備はけっこう時間がかかる。手伝いに来るというのは、一番簡単なところをやらせるわけ。(会社に)勤めている人がやっているでしょ?土日にやりたい。土日に雨降ったらどうする?誰でも来てやれるもんではない。子どももいるし孫もいるし、後を継ごうと思えば継げるけど、今農家で生活しようと言ったらものすごい苦労する。やりたいと言った人にもやらせないと思うな」。
美しい北五百川の棚田の景色も今年いっぱいで見納めだ。
佐野さんは「やっぱり人が大勢来て『ここはいいところだ』と言われたほうが、我々はやる張り合いがある。これが来年、もうここに来る必要ないとなったら、やっぱり寂しさは出てくると思う、絶対に…」と、率直な思いを語った。
(『ABEMA的ニュースショー』より)