各地で厳しい暑さが続いていますが、夏の暑さは、昔から悩みの種だったようです。
江戸の“名残”第5弾です。
令和に繋がる“夏の涼”と風物詩について見ていきます。
■江戸の夏も暑かった!?当時の気温は
江戸時代の夏です。
1861年7月14日 午後1時、江戸の気温は34.5℃でした。
木陰で測った気温だということです。
ドイツ人の医師で博物学者のシーボルトが日記に記録しています。
記録したシーボルトの考察です。
江戸でヒートアイランドのような現象が起きていたのではないかと日記に記しています。
『厚くて黒い瓦をもち、その熱に包まれたこの巨大なる町が異常なほど暖められた当然の結果』
「徒然草に『家は夏の暑さを基準として作るべきだ』とある。冬は着込めば何とかなるが、夏の暑さには耐えられない日本の昔からの感覚」
■江戸の“暑さ対策”『麦湯』が流行 砂糖と白玉入り『冷や水』も
江戸時代、夏限定の出店がありました。
『むぎゆ』麦茶のことです。
江戸時代に大流行しました。
「夏の夕方より、町ごとに麦湯という行燈を出し、往来へ腰かけの涼台を並べ、茶店を出すあり。これも近来の事にて、昔はなかりし事なり」と、江戸時代に流行したと書かれています。
麦茶が、熱いまま提供されていたことについてです。
江戸時代、麦湯の店は現代の喫茶店のようなもので、麦湯の専門店、温かいのが普通でした。
江戸時代の健康指南書には、夏の過ごし方について、
「温かいものを食べて内臓を温めるべし」と書かれていて、夏でも温かいものが勧められていました。
その後、昭和30年代に冷蔵庫が普及すると、冷やして飲むようになり、『麦茶』という呼び名が定着したという事です。
人気の理由は、『麦湯の女』と呼ばれる女性の店員です。
当時の書物には
・化粧をした若い娘が給仕した。
・浴衣姿で帯は緩やかに締められていた。
・とても愛嬌がある。
と書かれています。
涼をとる移動販売もありました。
『冷や水売り』です。
砂糖と白玉が入った冷たい水を、歩いて売っていました。
値段は、白玉入り冷や水が、1杯4文。
現代の価値だと大体80円から160円です。
特注もできました。
砂糖マシにすると1杯8文、砂糖マシマシにすると1杯12文。
「他には『暑気払いに辛い物を食べる』という考えもあった。江戸には、唐辛子売りもいた」
■熱中症にはどう対処?今に通じるスタミナ食『うなぎ』
江戸時代の『熱中症』についてです。
江戸時代の民間向けの救急医療辞典で紹介されているのが、中暑と呼ばれる病気です。
原因は、炎天下の往来などで、症状は頭痛、発熱など。
熱中症のこととみられます。
江戸時代の民間療法では、
・ニンニク、またはショウガをかみ砕いて水で飲むなど。
・また、道で倒れている熱中症の人には、レンコンの汁を飲ませる。
と書かれています。
江戸時代から食べられていたスタミナ食、うなぎです。
うなぎ屋さんの浮世絵には、『今日、うしの日』と書かれています。
土用の丑の日とは、立春、立夏、立秋、立冬の直前、約18日間を土用と呼びます。
昔は日にちを干支で子の日、丑の日、寅の日、と数えていました。
この土用の期間の丑の日が『土用の丑の日』です。
夏の土用の丑の日に、うなぎを食べると夏バテ防止になると言われています。
「うなぎは隅田川でとれた。江戸前うなぎと呼ばれていた。万葉集には、夏痩せしている人に『うなぎを食べるといいよ』と勧める歌があるほど、日本人の生活に浸透している食べ物」
■夏の風物詩 隅田川花火大会のはじまり “怪談”ブームも
江戸時代が起源と言われる『涼を感じる』風物詩があります。
涼を感じる、1つ目は『花火大会』です。
7月25日に開催予定の隅田川花火大会。
そのはじまりは、1733年、8代将軍・徳川吉宗の時代に行われた『両国川開き』と言われています。
両国川開きとは、当時、大飢饉や疫病の流行による死者の供養などを祈願するもので、両国川開きの初日に花火が打ち上げられたといわれています。
その後、中断期間はありましたが、江戸や東京を代表する年中行事となりました。
浮世絵には、手前の橋に多くの人が詰めかけている様子が描かれています。
『千人が 手を欄干や 橋涼み』
涼を感じる、2つ目は『風鈴』です。
風鈴は、江戸後期に庶民に広がり大人気になり、風鈴の音で涼を感じようとしていたということです。
江戸時代の風鈴売りは、商品を売るための掛け声が必要なく、風鈴の音が宣伝になった、ということです。
現代でも、上野公園 不忍池周辺では、うえの夏まつりが行われていて、4000個の風鈴の音色を聞くことが出来ます。
「風鈴で少しでも涼しさを感じてほしく、2024年から始めた」ということです。
涼を感じる、3つ目は『怪談話』です。
1677年、4代将軍・徳川家綱の時代、『諸国百物語』という怪談本が刊行されました。
武家や町人の身分を問わず『百物語』がブームとなりました。
百物語とは、100本のろうそくを立て、1人ずつ怪談話を披露し、話し終えると火を1本ずつ消していきます。
最後の1本が消えると化け物が現れるというもので、暑い夏の夜に集まって行われていた、ということです。
ブームに乗じて、妖怪などを描いた浮世絵が増えました。
歌川国芳の『相馬の古内裏』という浮世絵で、巨大な骸骨が描かれています。
■『扇風機』もあった!?江戸時代 暑さの過ごし方
涼をとる道具は、江戸時代にもありました。
手動式扇風機です。
後方の取っ手を回して、4本のうちわを回す仕組みです。
江戸城の大奥でも、浮世絵には、扇風機を回す女性が描かれています。
「自分で使うというより、有力者などに対して使われていたと思われる。殿様や大商人くらいしか持っていなかったのでは」
暑さの過ごし方です。
1つ目は、日陰で休む。
2つ目は、川に飛び込む、川で泳ぐ。
3つ目は、着物を脱ぐ。
(「羽鳥慎一モーニングショー」2026年7月20日放送分より)




















