SNSで誰もが気軽に言葉を発信できる時代に、あえて「日記」を書く人が増えている。
新潮社が2025年12月15日に発表したプレスリリースによると、日付と曜日のみが記された文庫本『マイブック』は、2026年版の発行部数が24年ぶりに15万部を突破。特に20代女性の販売数は昨年比260%、一昨年比430%と急増しているという。また、手書きの日記やノートの写真をSNSにアップする「日記界隈」という言葉も広がりを見せている。
SNSに書く言葉は、いつも誰かの目を意識している。では、誰にも見せる必要のない言葉は、どこへ向かうのか。なぜ今、日記なのか。その理由を探るため、東京・下北沢の日記専門店「日記屋 月日」を訪ねた。
(テレビ朝日報道局 前川真澄)
「日記界隈」急増の舞台裏
東京・下北沢の商業施設「BONUS TRACK」にある「日記屋 月日」は、日記にまつわる本や文具を扱う専門店だ。2020年4月に開店以来、日記を書く人、読む人が集まる場所になっている。
「本が好きな人は本屋さんに行けば、新しい本に出会ったり、本好きな人と出会ったりできる。でも、日記が好きな人が新しい日記に出会ったり、日記が好きな人同士でつながったりする場所はなかった。『日記屋』を作れば、それができるのではないかというのが経緯です」
背景には、出店者が自らの作品を手売りする「文学フリマ」などで、個人が日記本を作る動きが広がっていたことがある。
「日記屋 月日」では、日記本の持ち込みや相談が年々増え、今では「一日1件ほど」届くこともあるという。
日記といえば、誰にも見せない私的な記録というイメージが強い。だが、平安時代の『土佐日記』『更級日記』といった古典から日記文学が存在しており、近代でも永井荷風の『断腸亭日乗』、武田百合子の『富士日記』といった作品は今でも読み継がれている。
一方現在では、職業作家ではない市井で生活する人が日記を本にして売っている。そして、知らない誰かの日記を買って読む人もいる。
なぜ、ネットではなく「本」なのか。栗本さんは、そこにSNSとの距離感があると話す。
SNSでは、投稿した言葉がどのように広がり、受け取られるか分からない。時に部分的に切り取られ、誤解や炎上につながることもある。一方で日記は、その時の状況や感情を含んだ個人的な記録として、日ごとの揺れや矛盾も含めて書くことができる。読み手もまた、それを一つの主張としてではなく、ある日の記録として受け取りやすい。
「脱SNS」ではなく…
店を訪れる客層は20代が最も多く、次いで30代が多いという。
SNSが日常にある若い世代の間で日記への関心が高まっていることについて、栗本さんはこう話す。
栗本さん自身もSNSを使い、店の発信も行っている。ただ、書く内容は日記とは「全然別物」だという。
SNSを完全にやめるのではなく、目的ごとに場所を分ける。栗本さんは、SNSについて「テレビや広告っぽい場所」になっているとも感じている。
「バラバラのまま誰かと一緒に」
「日記屋 月日」では、2022年から日記のワークショップも開いている。定員は15人ほどだが、通常でも50人、多い時には100人ほどの応募があるという。
参加者の目的はさまざまだ。日記が続いたことがない人、人の日記を読んだことがない人、誰かと一緒に日記をつけることに興味がある人。生活の変化をきっかけに、「いったん整理したい」「何かを残しておきたい」と参加する人もいる。
栗本さん自身も、ワークショップを始めた2022年から毎日日記を書くようになった。紙ではなく、オンライン上のドキュメントファイルを使い、参加者同士で見える状態にして書く。日記を書き続けることで、どのような変化があったのか。
「人との関わり方として日記がある気がしています。直接コミュニケーションを取るのではなく、バラバラのまま誰かと一緒にいる方法としての日記があるのではと」
休職中も「メンタルにプラス」
実際に日記を書き続けてきた人は、そこに何を求めているのか。
都内在住の男性・なかむらさん(31)は、小学5年生のころから日記を書いてきた。最初は、休日の出来事をノートに書く学校の宿題だったが、次第に「誰にも言えないこと」を書く場所になっていったという。
自身が同性愛者であることを周囲に話せなかった当時、なかむらさんにとって日記は、誰にも言えない思いを書ける場所でもあった。
高校時代にはガラケー向けSNS「モバゲー」の日記機能も使った。知らない人からコメントがつくこともあり、「自分の日記を書いてつながれる面白さ」を感じたという。
大学生になってからは手書きの手帳に戻り、社会人になってからはスマートフォンのアプリやメモ機能も使うようになった。
昨年、心身の不調で休職していた時期には、主治医から認知行動療法を勧められたことをきっかけに「よかったこと日記」をつけた。
「深夜に病む」時も…
一方で、なかむらさんもSNSを使っている。だが、SNSとの距離を取りたい気持ちは強くあるという。
SNSと日記で書く内容は違うのか。なかむらさんは、日記には「本当に私的なことばかり」を書くと話す。誰かの目は「全く意識していない」という。
「誰かに見せるための文章を、SNSで書く前に、いったん自分のために文章を書く方を大事にしたいなという気がします」
過去の日記を読み返すことも好きだという。
今後、なかむらさんは自身の日記を、個人制作の小冊子「ZINE(ジン)」にまとめ、それらの即売会「ZINEフェス」で販売する予定だ。テーマは「上京」。東京にいてもやもやしている人や、地元に帰ろうか迷っている人と、文章を通じてつながれたらと考えている。
共通の趣味や話題がなくても、人にはそれぞれ生活がある。その生活の断片を読むことで、他者への見方も変わると、「日記屋 月日」の栗本さんは指摘する。
日記を書くことで、自分の気持ちに気づき、自分を許せるようになる人もいる。人の日記を読むことで、「他者にも生活がある」と想像できるようになる人もいるという。
「(日記には)自分の話と、他者を想像する話。その二方向がある気がします」
気軽につながり、発信できるSNSの時代に、あえてすぐには届かない言葉を書く。それは誰かに評価されるためではなく、自分の気持ちを確かめ、時には他者を想像するための行為でもある。
誰かに見せる前に、まず自分のために書く。日記は今、古い習慣ではなく、自らの言葉を取り戻す場所として見直されているのではないだろうか。






