社会

ABEMA TIMES

2026年8月2日 17:30

「穴からやっと出られた人も多い」倒壊した家屋や崩れた墓石…地震から3日後の現地取材で目にした熊本の被害実態「水が足りない」「ガソリンが入れられない」住民の切実な声

「穴からやっと出られた人も多い」倒壊した家屋や崩れた墓石…地震から3日後の現地取材で目にした熊本の被害実態「水が足りない」「ガソリンが入れられない」住民の切実な声
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 7月23日、熊本県で最大震度7の地震が発生。ABEMA的ニュースショーは地震発生から3日後の7月31日から熊本県で取材。熊本市内は10年前の地震と比べ機能しているといい、街は普段通りの印象があった。しかし地元の人によると、次の地震に備えて店を閉めている飲食店も多いという。

【映像】倒壊した家屋、崩れた墓石…現地の様子

 取材班が向かったのは、震源地に近く被害が多数報告されている八代市だ。鏡町に入ると、多くの家屋が倒壊し、道路にはみ出るほど潰れた家が広がっていた。

 家屋だけでなく、神社も完全に潰れていた。墓地では多数の墓石が倒壊しており、元の形状が全く想像できないほど粉々に砕け散っていた。

 取材の途中、地元の人から「あまり取材されていないが被害が甚大な場所がある」と聞き、急遽、氷川町へ向かった。氷川町の被害状況は、死亡者4人、避難者335人、全壊163棟、半壊195棟(8月2日時点)。田畑が広がる静かな町だが、現地に足を踏み入れると、あちこちで家屋が倒壊していた。

 取材を続けていると、倒壊した建物の前に白いドーム型のものを設置しているところに遭遇した。これは「インスタントハウス」と呼ばれる簡易住宅だ。直径およそ5メートル、高さおよそ4メートルで、防炎シートに空気を入れて膨らませ、内側から断熱材を吹き付ける仕組みとなっている。暑さ対策としてクーラーも完備されており、2024年の能登半島地震の際にもおよそ300棟が設置された。

 このインスタントハウスを開発した名古屋工業大学の北川啓介教授に話を聞くことができた。

「(Q.いつ頃持ってきた?)今日名古屋で備蓄していたものを持ってきた」

「(Q.実際に人が住めるようになるのは?)内側から断熱材を吹き付け終わって、掃除をしたらそのまま」

「(Q.1日で住めるようになる?) 1日というか、私一人でやると、一人で10棟くらい作れる。私というよりも生業再建もあるから、自分で作れた方がいいので、作り方を伝授している。ちょっと丁寧にやっています」

 さらに街を歩いていると、家は倒壊していないものの、家財道具などを外に出しているお宅があった。住人に話を聞くと「状況的には家の中のものが散乱している感じ。中はほぼ全滅。建物だけが壊れてないだけで、中は全然です」と語る。

 中の様子を見せてもらうと、部屋の中は大きく荒れていた。鏡台などの家具は倒れたまま、さらに「こっちがまだ全然手付かずの状態」と案内された部屋は、物が散乱していた。「(Q.揺れで全部落ちてきた?)そうですね。全部ひっくり返った感じ」と当時の激しい揺れを振り返った。

 部屋は散乱状態だが、ペットがいるため避難所には行けないのだという。今一番困っていることについては「一番は水です。(水道が)出れば助かるんですけど、今、みんなからもらいながらやっている状態なので。水が出ないとどうにもならん」と切実な思いを明かした。

 さらに取材を進めると、家は無事であったものの、軒先にテントを張って避難している家族に出会った。住民の女性は「外観が大丈夫なところも中はどこもぐちゃぐちゃなので、一旦全部外に出して…」と語る。

「(Q.水関係はたまたまあった?)たまたま、いろいろな人が持ってきてくれた。友達とか友達の友達とかが」「いろいろな人が運んできてくれたので。あと給水所に行ったり」「『これよかったら(持っていって)』とか言われたり」「近所さんで協力して」「今回かなり団結したと思います」「うちなんてマシなほう…」「地下水とか井戸水だったけどポンプが壊れて使えないと言われて、女性もいるから水風呂だけど昨日は(水が)出たので」「(食料は)本当に善意ですね。できることはお互い様で……」

 今、一番困っていることについて尋ねると「ガソリンが一番困ります。うちは地震のあった日にガソリンを入れる予定でいたのでほとんど入っていない状態。ガソリンを入れに行っても何時間も待たないといけないとか。待っても入れられなかったとか聞くと入れにいけない。水とか物資も取りに行けない」「歩くのが大変なお年寄りとかは本当に困っている」「水車も必要ですけど給油車みたいなのがあったらとても助かる」と答えた。

 外にあるテントについては「夜寝るための」と話す。「今もまだ寝る場所がないので。昼も夜もここで寝ています」「夜はでも幸いに涼しかった。蚊との戦い。蚊がこのへん(顔まわり)にきてしまうから。腕とか足も…」と話し、腕や足には蚊に刺された跡が10カ所以上あった。

 「(Q.着の身着のまま避難された?)着の身着のままだと思いますね」「穴からやっと出られた人のほうが多いと思う」「お孫さんや息子さんがいたから抱えて出られたというお年寄りの方もいる」と当時の壮絶な避難の様子を明かした。

(『ABEMA的ニュースショー』より)

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