今回の熊本地震で、1カ所の被害としては最も多い9人が亡くなった日本製紙八代工場。高さ80メートルの煙突の倒壊に、9人全員が巻き込まれていたことが分かりました。5日に会社側が初めて記者会見を行い「正直、何もできなかった」と当時の状況を振り返ると共に、煙突は1970年に建てられたもので、10年前の地震の後に補強工事をしていたことを明らかにしました。
80mの煙突倒壊 建屋に直撃
「会見はできるだけ早く開きたいと思っていました。ただ発災後、工場関係者の安否確認、被害の拡大防止・安全確保を優先せざるを得なく今日になった。遅くなった点についてはおわびを申し上げたい」
会社側の説明から当時の状況を整理します。工場の敷地内には社員186人。さらに協力会社などの228人。合わせて414人が勤務していました。工場には5本の煙突。このうち、3本に被害が出ました。高さはそれぞれ、80メートル、110メートル、70メートル。このうち死傷者を出したのが、真ん中から折れた80メートルの煙突です。目の前にある2階建ての建屋を直撃しました。
2階にはデスクワークをしていた8人の社員がいて、6人が亡くなりました。2人は救助されて、現在も治療中です。さらに、1階にいた工場のメンテナンスをしていた協力会社の社員ら3人が亡くなりました。
救助活動にあたった隊員が語る当時の状況です。
「削岩機を使い、コンクリートを少しずつ砕き、手掘り作業で。事務所というところで、デスクがあるところで、座った状態で天井や煙突の崩落、落下という状態で、はさまれていたということが一番多かった」
半世紀前の煙突 10年前に補強も
八代工場は市民にとって、街のシンボルでもあります。その歴史は古く、戦前の1924年から、この地で稼働を始めました。新聞紙やコピー用紙などを製造し、東日本大震災の時には、被災地の工場が稼働を停止したため、供給量を増やしてカバーしました。
今回、死傷者を出した煙突は鉄筋コンクリート製で、1970年の設置。発電用のボイラーの煙突で、地震発生時は停止していたといいます。
「今回倒壊した煙突は2006年、その前1997年に点検しています。(2016年に)熊本地震が起きて、その後、補強工事をやっています」
被害を受けた他の2本の煙突。2009年に設置された強化プラスチック製の煙突に先端が折れる被害が。そして、鉄筋コンクリート製で1958年に設置された煙突も倒壊しました。
「老朽化していたかどうかは、事故調査委員会の方で調べないと。私どもも今近付けない状態。現時点では分からない」
(Q.煙突の交換時期はないか)
「一般的に鉄筋コンクリートの寿命かと思います」
長周期振動が倒壊に影響か
なぜ煙突は倒壊したのか。今回の地震で観測された“揺れ方”が影響しているとの指摘もあります。震度6強の八代市。工場付近では長周期地震動の階級4を観測しました。これは「立っていることができない」とされる最大値です。
専門家は、煙突の形状が関係した可能性があるといいます。
「一般に塔状の建物は、長周期地震動で揺れやすい代表的な構造物。細長い構造物の場合、ムチのようにしなる。特に大きく揺らされたと考えられる」
日本製紙は、操業再開のめどは立たないとしていますが、現時点で閉鎖する考えはないということです。




