社会

ABEMA TIMES

2026年8月11日 11:00

「走って逃げなかったら…」店内で被災したシングルマザーのカフェ店主、自身も被災しながら支援物資の拠点に「いま自分にできることを」

「走って逃げなかったら…」店内で被災したシングルマザーのカフェ店主、自身も被災しながら支援物資の拠点に「いま自分にできることを」
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 8月3日、熊本県宇城市の焼肉店の駐車場を利用して、ラーメンの炊き出しが行われた。炊き出しと支援物資の配布は、この日が初めて。SNSで呼びかけたのは、Tonari Coffee店主の土谷玲穂さんだ。

【映像】支援物資を求めてやって来る被災者の様子

 「カップラーメンとかばっかりだったから、人が作るご飯のありがたみがね。こうやって、いろんな方々にお水が届くことだけで」と語り、県外から手伝ってくれた人に「忘れません、この御恩は」と感謝する。

カフェ店内で被災「走って逃げなかったら…」

 「なんか胸が痛いですね。お友達に飲食店がとても多いから、みんなが大変な思いしているから」と話す土谷さんは、7歳と4歳の男の子を育てるシングルマザー。家のこと、子育てだけでも精いっぱいなはずなのに被災者のために動き続ける。「1本で足ります?大丈夫? 毎日物資が届くので、周りの方にも、ここに来たら物資があるとお伝えください」。

 土谷さんは3年前、念願だったカフェをオープン。おいしいコーヒーで人気の、地元に愛されている憩いの場だった。店内を「ガラスとかね、割れ物は全部撤去したんですよ。これでも、めっちゃきれいになった」と案内する。

 土谷さんは地震発生時、キッチンの中にいた。店の中にある全てが崩れ落ち、揺れと恐怖で動けず、お客さんの「走れ」の声で慌てて外へ。「走って逃げなかったら、挟まって、後ろから電化製品とか全部あたって、スタッフ2人とも走ってなかったらつぶれてました」。

 店の再開のめどは立っていない。「復帰のめどは全然かな。やっぱりコーヒーって、飲むと落ち着きますよね。みんなのルーティンだったから、そのルーティンをつくるために、早くドリンクだけでもしたいな。みんな頑張ってるからね」。

「物資がこんなにすぐなくなるとは」

 現在、土谷さんのカフェは、各地から届く支援物資の中継地点となっており、地元の人へはもちろん、他の地域にも届けている。その役割も土谷さんが中心となって担っている。

 そして、同じ被災者から状況を聞き、今どこに何が足りないのかを把握し、SNSで呼びかけを行っている。

 「大人用のオムツとか、体拭きとか」があるか聞く被災者に「来てます。今日は残りこれだけなんですけど。なんか使えればですけどね、一応あるだけ」と物資を手渡す。オムツを探していた別の被災者も。土谷さんは外の段ボールにオムツを見つけ、それを渡しながら「あっ、1個あるある。お水は大丈夫?気をつけて」と見送った。

「物資がこんなにすぐなくなるとは思っていなかった。びっくり。ほぼないもんね、もうね。もうなくなっちゃったね」

土谷さんのもとには“差し入れ”も

 土谷さんのもとに届いた物資には、「熊本地震で被災された方々へ、少しでもお役に立てますように」といったメッセージも添えられていた。

 また、「うちはそうでもなかったから、みんなに配っといて。頑張ってもらってますから」と、食べ物を差し入れられることも。「大好きなやつだ。いきなり団子大好き。みんな優しいですね。ありがとうございます」。差し入れの優しさに涙ぐむ。

 こちらの拠点に来た給水車ははるばる仙台から来ていた。土谷さんは給水車の隊員に感謝を伝える。

 炊き出しの協力者にも、「おかげさまで、みんなの笑顔が見られたのでよかった。汗だくの中、本当にありがとうございました」と、ねぎらいの言葉をかける。「頑張んなきゃね。頑張ろう」と自らを励ます。

物資配布に立ちはだかる「抵抗感」

 8月9日時点の現状を語る。「お店の営業のめどが立たない。宇城市では断水が続き、暑い日々が続いている。今日は炊き出しと、ずっと物資をお店の前で、皆さんの力になれるように配っている」。

 物資はどのように届くのか。「全国の物資が集まる拠点地として登録し、皆さんがSNSで拡散してくれることで、必要な人に物資を届けられるようになっている」。

 拠点地はどの程度あるのか。「近場にあり、市役所や防災センター、避難所にあるが、抵抗があって、必要な物を取りに行くのが難しい人もいる。公営住宅も近く、お年寄りも多い地域なので、ここにとりに来て必要な方に配るというお客様が多い。常連の皆さんが協力して、お年寄りや車中泊の人に配っている」。

なぜ被災者みずから支援を?いま必要なものは?

 地震発生時は「店内にいて営業中だった。子どもは夏休みだったので実家に母といたが、すぐ机の下に隠れて大丈夫だった」という。

 自分自身も被災者だが、なぜ支援に尽力するのか。「10年前の熊本地震の時、私は東京にいて渋谷で募金活動をしたが、自分が実際に体験すると、立てずに、震えも止まらず、すごく怖い思いをした。断水や停電で不安な夜を過ごす中、お店が営業できない今、私ができることは何かと思ったときに、みんなの力になりたいと感じた。『いま困ってることない?』とか、ちょっと話せただけで楽になる。今できることを精いっぱいやりたいと、皆さんの力を借りつつ、物資をたくさん送ってもらい、皆さんを助けられたらと思っている」。

 不足している物資について聞くと、「水はたくさん届くが、びっくりするくらいなくなる。トイレも流れない。ちょっと水が出ても、濁っていて使えない。お米を炊く水もない。赤ちゃんの粉ミルクも足りない、すぐになくなる」と答える。

 断水の復旧めどは立っているのか。「『8月末までには必ず』と聞いたが、どうなるか…」「みんな水風呂を浴びていたり、この時期なので『お風呂に入れないのはつらい』という声を聞く」。

 車中泊の被災者も多いが、ガソリンの供給状況はどうなのか。「地震直後は、どこのガソリンスタンドも開いておらず、開いていても長蛇の列。『何リットルまで』『何千円まで』と規制もかかっていた。やっとガソリンが通常通り入れられるようになった。車中泊の人も減ってきていたりはする。でも車中泊で亡くなったお年寄りの方もいて、胸が苦しくなった」。

「少しでも皆さんを笑顔にできたらと…」

 カフェの営業再開については、「生計もあるため、『ドリンクだけでもできたら』とは思うが、いまは『困っている人に物資を届けたい』という気持ちを優先している」と説明する。

 全国の人々に向けたメッセージを聞くと、「地震後、『お店はいつ営業できるの?』『営業したら必ず行くからね』といった言葉をいただいている。私に今できることをしていて、少しでも皆さんを笑顔にできたら」と返す。

「粉ミルクや、紙オムツ・大人用、介護施設も断水が続いているので、体拭きなどもたくさんの人に渡したい。皆さんの力をもう少し貸していただければと思います」

Tonari Coffee 熊本県宇城市松橋町両仲間3-1

(『ABEMA的ニュースショー』より)

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