社会

ABEMA TIMES

2026年8月12日 07:00

「何も跡形もない…」崩壊した生家、生まれ故郷が一変…ド派手成人式の仕掛け人・デザイナー池田雅さんが見せた涙

「何も跡形もない…」崩壊した生家、生まれ故郷が一変…ド派手成人式の仕掛け人・デザイナー池田雅さんが見せた涙
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 8月6日、JR熊本駅を訪れる女性がいた。福岡県北九州市の“ド派手成人式”の仕掛け人、着物デザイナーの池田雅氏だ。批判の嵐から一転し、その衣装が世界から大絶賛。手のひら返しの評価を受けた人物である。

【映像】崩壊した生家(震災前と後の比較)

 生まれ故郷は、熊本県八代市鏡町。今回の地震で大きな被害を受けた地域だ。熊本駅から鏡町までは、車で南に約30キロ。移動中の車内で、池田氏は「県道14号を通った友達から『あの辺が一番ひどいよ』『全部周りが倒れているけれど大丈夫?』と電話がかかってきたりして」と振り返る。

同級生から届く被害情報

 気になるのは、生まれてから高校を卒業するまで過ごした生家。心に残るその風景は今、どうなっているのか。同級生たちで作ったグループLINEから届くリアルな情報が、ふるさとの今を教えてくれる。

「屋根瓦の落下問題を確認すべく、屋根に上がったら結構ひどくて、前職の先輩から『今から業者を向かわせるから、屋根から下りなさい』と電話がきて。どうしようもないから自分で何とかするしかないと考えがちですが、結果いろいろな人から助けられています。もちろん自分もできる事は協力するつもりです」「マイナーなレンタカー会社に勤務しています。今朝社長と話して、被災者への車貸出し案が決まりました」(グループLINEの投稿より)

 そして、懐かしい風景が目に飛び込む。「わー、鏡川や。懐かしい。昔友達のおばあちゃんに、船で天草の途中まで。潮の満ち引きが激しいので、海の真ん中くらいまで出て、潮が引いたら貝掘りできるんですよ。それに行っていました」。移動中の路面は、ところどころ割れていた。

 川沿いに水面から浮かぶように建つ住居は、「水の町」と称される鏡町を象徴する風景。川周辺の集落では家屋が崩れ、がれきの一部は川面に浮かんでいた。「危ない。家が落ちてる。何ももう跡形もない…」。

被災者が今、求めるものは…

 八代市鏡町は震度6強を記録。「お地蔵さんだけが残ってます。お花置いてくれてる、優しい」「鏡は、そう考えると水の街ですね」とつぶやく池田氏。近所には大きく傾き、赤い「危険」の張り紙がされた家や、窓が外れたり、屋根が崩れていたりする建物もあった。

「エアコンの室外機があったってことは、住んでたんですよね」と話しながら歩くと、目前の路上には、がれきが広がっていた。「塀が落ちてる」。

 池田氏は、地元で働く同級生のことが気になり、肥後銀行鏡支店を訪れた。同級生が左腕に包帯を巻いているのを見て「大丈夫?」と近寄ると、「大丈夫、軽傷。みんなに比べたら。鏡がこんな状況で」。池田氏が「本当にショックで、さっきから」と言うと、同級生は「見慣れた町並みが、懐かしい町が……。うちもあんな状況だし」と返す。

 そして「今、何が欲しい?」と質問すると、「なんだろう?……時間と体力。もう頭がパンクしそう。あれもこれもやることがあって」と応える。すると池田氏は、「唐揚げ弁当食べる?要らない?買ってきたんやけど、持ってきたけん。ちょっと待って」と、店の外へ取りに行き、手渡した。

 その足で、お世話になった同級生の両親にも会いに行く。抱き合った同級生の母親は、「何十年ぶり。立派になって」と再会を喜ぶ。そして「歳とってからこういうのは疲れます。10年前の70歳と、今の80歳はだいぶ体が違う。30歳くらい違う、動きが」と話した。

崩壊した生家に「わかってはいたが…」止まらぬ涙

 町の歴史を見つめてきた鏡川、生家はその川沿いにある。知人の家を前にして、「全部落ちてる」。そして生家を指さし、「ありました、あそこです。こっちから行けないよね、行けるのかな……」。人生の根っこに刻まれたその家に、近づくのが嫌だった。恐かったからだ。

 崩壊した生家を見て、「これです」と息を飲む。玄関も完全に崩れ、横を通る車の音だけが響いている。隣にかかっている橋をわたりながら、池田氏はすすり泣く。「わかってはいたんですけど……。(がれきを指さしながら)これが全部家です。家が落ちた感じですね。すごいですよね」。

 当時、写真館を営んでおり、着物デザイナーの道を歩む原点にもなった家。今は誰も住んでいないが、当時のまま残されていた。がれきの隙間を指さし、「だるまがある、あそこに。なんかいろいろ思い出して……」。

「そこのセメントが切れているところの下から、魚が揚がっていたんですよ。競りみたいなことをする所で。競りの声とかが聞こえてきていた、子どもの時」

 人は歳を重ねるごとに、自分の原風景に心を寄せるようになる。自分は何者なのか。生家とは自分を振り返る、人生のよりどころなのかもしれない。自ら壊す原風景もあれば、壊される原風景もある。

 池田氏はしばらく無言で家を見つめて、その場を後にした。「ありがとうございました。夢のような時間でした」

 現在、この生家には誰も住んでおらず、物置のように使っていたそうだ。池田氏の母は引っ越しし、別の場所で暮らしている。

(『ABEMA的ニュースショー』より)

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