文部科学省は、次期学習指導要領の改訂に向け、高校国語の科目構成を見直す案を示した。現行の学習指導要領では、高校2年以降の選択科目に文学・小説を扱う「文学国語」が設けられているが、理系の生徒の多くがこの科目を選択しない状況が続いている。改訂案では、小説や古典を含む「言語文化II」を標準科目として新設し、より多くの生徒が学ぶ形にする方向が示されている。その狙いの一つとして挙げられているのが、「他者の感性」や「情緒を理解する力」を育むことだ。学校教育で小説を学ぶことにどのような意義があるのか。そもそもこの“タイパ”とAIの時代に小説を読む意味とは何なのか。『ABEMA Prime』では、言葉の専門家や多様な立場の出演者とともに考えた。
■「小説は他者理解のための一番いいツール」

明治大学文学部教授の伊藤氏貴氏は、小説を学校教育で扱う意義について「他者理解を勉強するには一番いいツール」と述べる。また、小説の実用性にも言及、「現実の生活では服装や様子など外見の情報から相手の内面を推測している。小説には登場人物の様子や服装が書かれていて、それが内面を読み解く重要な手がかりになっている。そういう意味では小説はすごく実用的だ」と説明する。
また、ふくしま国語塾の主宰の福嶋隆史氏は、「小説は読んだ方がいいのは間違いない。断片的にしか読まない人もどんどん増えている」としながらも、授業で扱うことへの懸念を示す。「授業に入れると“道徳”になってしまう。心の押し付けみたいになってしまうのが最大のネックで、だいたいの生徒は嫌だと思う」と述べ、指導技術を持った教員が「淡々と言語に基づいて表現を読み取る」授業ができれば、小説を学ぶ意味は十分あると語る。
テストを実施することについては、「授業とテストは切り分けて考えるべき。授業では小説をどんどんやっていいが、テストではなるべく出さない方がいい」と福嶋氏は主張する。伊藤氏も「1つの正解を求めるテスト形式は確かに問題がある」と同意しつつ、「『ここまでは共通に読める』という部分は存在する。ある程度まで読み解いたうえで、その先はそれぞれが解釈してよい、という授業の進め方はできる」と述べた。
■小説の必要性に疑問を持つ声も

一方、小説を読む必要性そのものを疑問視する声もある。30代会社員のロン毛さんは、「小難しくて、全く頭に入ってこない。その割に時間がすごくかかる。エンタメとしても弱いと思っていて、感情や情緒を理解するなら他のエンターテインメントで十分だと思った。自分の人生に小説はいらないと思っている」と率直に語る。今回の出演にあたって、EXIT・兼近大樹の小説を読もうとしたが、「10ページほどでダウンしてしまった」とも明かした。
ギャルタレント・あおちゃんぺも、学生時代にあった朝の読書時間を振り返り「ただ本を開いて見つめていた。読んでいなかった」と明かし、「テストなど理解度を測る機会がなければ、読む気がない人間はそのまま終わると思う」とする一方、読書そのものには一定の意義があるとの考えを示した。「ネット社会になり『待つ』ということができなくなった。AIで省略せずにちゃんと本を読むことで、忍耐力など別の力も確実につくと思う」と語った。
東京大学文学部出身で、生涯に1万冊ほど小説を読んできたというダイニー創業者の山田真央氏は、「小説は大好きだが、学校で習う必要はないと個人的には思っている。他者の気持ちをおもんぱかることや行間を読むことは、友達と遊んだり普通に会話したりしていても学べる。あくまで娯楽の一つとして、小説好きな人は読めばいい」と述べた。
■「文脈の読めなさ」が格差を広げている

小説執筆の経験を持つ兼近は、現代の若年層が長文を読み込む力を失いつつある問題に着目する。「分かりやすいものしか理解できない時代になってきていて、切り取りの短い動画で一部だけを拾うことが流行っている。賢い人が何かを発信した時、文脈全体を理解できないから一部分だけを拾って『この言葉はダメだ』となる。全体で見れば問題ではないのに、文脈の読めなさが広がってどんどん差が広がっている」と語る。
兼近自身は「文字を読み始めたのは20歳を超えてから。最初は全く理解ができなかったが、それでも読んでいくうちに少しずつ分かり、誰かの発言に対して自分の言葉で『でも自分はこう思う』と言えるようになった。今それができない人が結構いるのではないか」と自身の経験を交えて述べる。そのうえで、「“知識格差問題”は絶対に広がっている。格差の下の層では、ここでの議論自体が意味がわからないし、どうでもいいと思っている人もいる」と指摘。「知識がない子たちが、ある程度、人の言っていることを理解できるようになれば、伝えやすくなる」と小説を読む意義について話した。
山田氏は言語表現の観点からも小説の優位性を認め、「小説や文学に触れていない人は『雨がヤバかった』という伝え方しかできないが、小説を読んでいる人は輪郭をなぞるように事象や感情を相手に伝えられ、相手も追体験できる。その言語化力は、小説や文学を読んでいないと獲得しにくい」と述べた。
伊藤氏は、こうした議論を踏まえたうえで、「できない人がいっぱいいるという事実を見た時に、ここを読んでなぜこの人はこういう考えをするのかを、きちんと結びつけてあげながら読んでいくことも必要だ。映画を使う手もあるかもしれないが、小説はページを止めてみんなで同じ箇所を読み、その文言と気持ちを一緒に確認しやすいという便利さがある」と、教育ツールとして小説が持つ利点を改めて示した。
兼近はさらに踏み込み、「仕組みを作っている人たちや、何かを教える人たちが、小説を好きすぎるのではないか」と指摘。「子どもたちがどうしたいか」という“他者理解”が足りていないとした上で、「ショート動画で子どもたちに『これはどういうことでやったのか』『この前と後の物語を考えてみませんか』など、みんなが興味のある分野で作っていけば学べると思う」と提案した。さらに、「上の世代が下の世代の他者理解をできていない。ここも問題だ」と語った。 (『ABEMA Prime』より)