81回目の終戦の日を迎えるにあたり、自民党の古賀誠元幹事長が取材に応じた。太平洋戦争で父親を亡くし、幼少期に終戦を迎えた古賀氏は、これまで反戦や平和、そして靖国神社に関する問題に深く情熱を注いできた。憲法9条の意義や現在の高市政権に対する懸念、そして天皇陛下の靖国神社ご親拝実現に向けた思いについて、率直な胸の内を語った。
5歳で迎えた終戦
81年前の8月15日、当時5歳だった古賀氏は「記憶にないけれども記憶にあるという、不思議な思い出」としてあの日のことを生涯忘れられないと振り返る。2歳の時に父親が赤紙で召集されて出征し、父親の記憶はない。物心ついた時の最初の思い出は、苦労する母親の背中だったという。
戦後81年間、日本が平和を享受できた要因について、古賀氏は先人たちの覚悟と決意、そして憲法9条の存在を挙げる。「憲法9条は世界に例のない、自由と平和を全うできた大きな財産だ。無くしてはいけない」と強調した。
一方で、時代に合わせた憲法改正の議論自体については「憲法とは国民が国に守らせるルールであり、変化する時代の中で議論し勉強していくことは為政者として一番大切な使命だ」と肯定的な姿勢を示す。しかし、その中でも「9条だけは絶対に守り通さなければいけない。先人が決めた決意であり、大切な宝だ」と訴えた。
「戦争ができる国に近づいている」
今年2月の選挙で圧勝した高市政権の安全保障政策について、古賀氏は強い不安を口にした。特に4月に閣議決定された防衛装備移転三原則の改定に対しては、「戦争ができる国に近づいているのではないかという恐怖を率直に受ける」と述べた。
高市総理が「抑止力や紛争回避のため」と説明している点に対し、古賀氏は基本となる考え方が異なると反論する。「軍事力を強化することが抑止力になるというのは、とてつもない財政的負担が続きあり得ない。真の抑止力とは、世界各国とお互いに信頼・尊敬し合い、話し合う関係から生まれるものだ」と語った。
また、外交の基軸としての「日米関係」の重要性を認めつつも、故・大平正芳元総理が唱えた「楕円の哲学」を引き合いに出した。平和憲法と日米安保という2つの軸がお互いに引っ張り合うことで戦後日本の平和と外交が成り立ってきたとし、「日米だけに偏っても、平和主義だけでもダメだ」と述べた。
歴史の深掘りと感覚を肌にすり込ませる政治を
永田町で防衛力強化などの議論が堂々と行われている現状に対し、古賀氏は「戦争ができる国に近づきつつある」との危惧を強めている。
「戦争は理屈で言えば外交上の手段の一つかもしれないが、決して理屈で割り切ってはいけないものだ。必要なのは、感覚と歴史の深掘りであり、それを肌にすり込ませる政治だ」と語る。戦争のむごさを実体験や感覚として知る世代が減少している現状について、「知識や理屈だけで物事を判断する若い政治家が増えている」と指摘、そのうえで「感覚や歴史の深掘りをせず理屈で割り切るからこそ、戦争が外交の手段として浮上してしまう。だからこそ怖いのだ」と警鐘を鳴らした。
天皇陛下ご親拝への強い思い
終戦の日と深く結びつく靖国神社の問題について、古賀氏は「非常に残念な状況にある」と悲痛な思いを明かす。靖国に鎮まる英霊が一番望んでいるのは天皇陛下のご親拝であると信じ、「自らの死が無駄ではなかったと英霊に思ってもらうためにも、生かされている我々がご親拝できる環境を整えなければならない」と主張した。
昭和天皇のご親拝が途絶えた背景について、古賀氏は1978年に遺族へ相談のないままA級戦犯が密かに合祀されたためだと指摘する。また、サンフランシスコ平和条約第11条によって日本が裁判結果を受諾して独立を果たした経緯に触れ、「国際社会において受諾の事実を否定することはできない。歴史をしっかり認識した上で、A級戦犯の分祀を含め、天皇陛下がご親拝できる環境を作るのが我々の責任だ」と訴えた。
「憲法9条こそが恒久平和の宝」
自身に残された時間を見据えながら、古賀氏は「語り部として過去を語るだけでなく、次の世代にどう繋げていくかを考えなければならない」と語る。その第一歩が靖国神社へのご親拝実現と分祀問題の解決であり、残された人生をかけて取り組むべき最重要課題であると位置付けた。
最後に、戦争を知らない若い世代に向けて、古賀氏は強く訴えかけた。「日本の自由と平和、経済的豊かさを支えてきた一番大切なものは憲法9条だ。時代に合わせた憲法議論は政治家の義務だが、9条だけは変えてはならない」。
そして、若い政治家や国民に対し「戦争の愚かさを単なる理屈ではなく、歴史を深掘りすることで感覚として捉えてほしい」と語りかけ、深い学びと歴史認識の継承を切実に求めた。
(ニュース企画/ABEMA)