社会

ABEMA TIMES

2026年8月27日 11:30

シカが苗を食べ尽くし…ひまわり180万本“全滅”で祭りも中止に ほかの農作物被害も深刻「そば栽培続けられない」

シカが苗を食べ尽くし…ひまわり180万本“全滅”で祭りも中止に ほかの農作物被害も深刻「そば栽培続けられない」
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 夜の闇に浮かび上がるいくつもの影は、畑に現れたシカの群れ。作物を食べながらその数は次第に増え、6頭になった。

【映像】シカが畑の苗を食べ荒らす様子(動画あり)

 映像が撮影されたのは福島県郡山市にある郡山布引風の高原で、標高はおよそ1000メートル。夏になると33基の巨大な風車の足元に、一面のひまわりが埋め尽くす。ひまわりの時期には1日およそ3500人が訪れることもあったが、行われるはずだった「郡山布引風の高原まつり」は、突然中止となった。

見渡す限りの更地に…

 ABEMA的ニュースショーが現地を訪れると、例年なら風車の足元を埋め尽くしているはずのひまわりだが、見渡す限りの更地で一輪も咲いていなかった。

 案内してくれた、郡山湖南まつり実行委員会の村松千尋副委員長は「もう完全にひまわりはないですね。ここから見える360度、約9ヘクタールが180万本のひまわりを植えまして。例年だとこのぐらい(首に届くくらい)の背丈になって満開になって見られるはずだった」と話す。

 村松氏は「これ全部シカの足跡。ヒヅメの跡もある。5〜6頭の単位ではなく、50〜100頭くらいが一遍に入って、小さい苗を上から食べてしまう。もう全滅になった」と説明。さらに「これ(シカに)食べられたあと。一帯の全部、本当はコスモス」と、秋に見ごろを迎えるコスモスもほぼ全滅したことを明かした。

 ひまわりが消えたことで失われたものがもう一つある。倉庫に眠っていたのは「高原まつり」と書かれた看板などの道具で、村松氏は「今年は使わないです」とコメント。8月23日におこなわれるはずだった「郡山布引風の高原まつり」の中止が決まり、今年これらの道具が使われることはない。「大変残念ですね……」(村松氏)

そば農家も被害

 取材中、畑で作業する人たちと出会った。そば農家の桑名秀一郎氏は「これ全部青いのはみんなそばなんだけど、このそばの半分くらいはシカさんが食べちゃうんだ」とそば畑を見つめた。

 郡山市ではシカによる農作物被害を防ぐため、電気柵の設置などの対策を支援しているが、追い付いていない。被害を少しでも防ごうと農家の対策も続いている。桑名氏たちがおこなっていたのは、電気柵の張り直しだ。

 しかし桑名氏は「これが電気柵。これに電気を通してシカが触ると電流が流れる。シカはこれを飛び越えちゃう……。だから飛び越えられないように来年は5段にしようと。今は3段だけど5段。シカもオリンピック選手みたいなのがいるから、飛び越しちゃうのよ。これでは到底追いつかない」と苦労を明かす。

「そばは種を撒いてしまえば、収穫まであまり手間がかからないということで、かなりの面積を作れることになっているのだけれども、逆にシカ・イノシシ・クマとかの対策に人手がかかってしまって、そば作りをやめなくちゃならないんじゃないか、というところまで来ている」(桑名氏)。

住民が語る「シカの猛威」

 街を走っていると、小さな直売所「湖南四季の里直売所」を見つけた。店先に並ぶのはその日の朝にとれた野菜で、従業員は「今日から発売になりました布引大根、甘い」と、高原の寒暖差のなかで育ち、甘味を蓄えたこの土地自慢の布引大根。

 しかし「今年はシカは多い?」と尋ねると、従業員は「下の方の民家の近くでも(シカが)カボチャとかをそのままきれいに食べていく。明日収穫しよう、というところを食べます」と証言。米農家は「イノシシも困るけど、シカも。それぞれ食べるところが別。イノシシが掘り起こして食べる。シカは(葉っぱの)先っちょをパクパク食べる」、プラム農家は「シカの鳴き声がすごい。『キャンキャン』みたいな。近くにやっぱりいるんですよ」と、シカ問題が身近なものになっていることを明かした。

 直売所に並んでいた布引大根にも被害が出ている。布引大根農家の佐藤氏は毎年「郡山布引風の高原まつり」でも大根を販売してきた。しかし畑を訪れると、土から引きずり出され、無残にかじられた大根が多数あった。佐藤氏はシカについて「(今でも)入っていますね…。ここ5年くらいから段々増えてますね。(収穫量は)少なくなってしまいまして」と語り「毎年恒例だったので、できないのは残念」と、食害に加え、祭りの中止で販売の機会まで失われたことを嘆いた。

 被害は農家の畑だけではない。近隣住民は畑を指して「これがシカの足跡」「1個も無くなっちゃった」と1年かけて育てたカボチャが、すべて無くなっていたと証言。千葉に暮らす孫もこのカボチャを楽しみにしていたという。

 その住民は「川を下ったところで、シカが母親と子どもで水を飲んでいた姿を見て『素敵だな、かわいいな』と思った。4〜5年過ぎたら、自分がこんな被害に遭うとは思わなかった。獣たちも生きていかなくちゃいけないから致し方ないことなのかもしれないが、おばちゃんにすれば心が痛みました」と複雑な胸中を明かした。

ひまわり農家の無念

 ひまわりが消えたことを誰よりも残念に思っている人がいた。ひまわり農家の増子保雄氏(80)だ。

 増子氏は「18年目で今年最後だったから、本当にがっかりした。布引高原に上がる気持ちがなかなか湧いてきません……」と話す。

 始まりは18年前、減反政策で使われなくなった畑を活用しようと郡山市から頼まれ、ひまわり栽培を開始した。

「畑が余ってしまって、あんな風に草だらけにしておけないから。『増子さん、ひまわりやってくれないか』って、それから始まったんだよ。その時はひまわりの栽培なんてやったことないから、やったらやったであの頃はハトに全面やられた。そして(種を)まき直したの」(増子氏)

 失敗を重ねながら少しずつ作り上げてきた、高原のひまわり畑。少しでも長く楽しんでもらおうと種を撒く時期も畑ごとにずらしてきた。ただ種を撒けば出来上がる光景ではない。18年の年月と人の手が作ってきた景色だった。

18年かけて作られた景色が…

 高原を下った先に、ひまわりが咲いている場所があった。村松氏は「湖南地区では、唯一残っているのはここだけ。本来であればこういう感じで高原の方も9ヘクタール。360度ひまわりのパノラマが観られるはずだった」と、ひまわり畑を見つめた。本来なら、あの高原すべてが同様の景色になるはずだった。

 増子さんには今年のひまわりを見せたかった人たちがいた。9月に開く、80歳の同級会。集まるのは17人だ。18年かけて作ってきたこの景色を最後に観てもらうつもりだったが、叶わなかった。

 増子氏は「『80歳の同級会、今後どうする?』と聞かれるが、もうダメだね。シカには負ける。防護柵なんてやりきれないよね。ガッカリしてしまった」と肩を落とした。

 人と野生動物がどう折り合って暮らしていくのか。高原には新たな課題が残されている。

(『ABEMA的ニュースショー』より)

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