社会

ABEMA TIMES

2026年8月31日 07:30

「トー横」は変わった?元“界隈民”の女性に聞く「大人の圧が強まって居場所が失われた」「身内のノリ」からアングラ化への違和感

「トー横」は変わった?元“界隈民”の女性に聞く「大人の圧が強まって居場所が失われた」「身内のノリ」からアングラ化への違和感
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 東京・新宿の歌舞伎町「トー横」周辺では、警察による規制強化や防護柵の設置、行政や支援団体による介入など、若者を取り巻く環境が急激に変化している。過度な補導や排除が進む一方で、若者が潜伏してアングラ化する危険性が指摘されるなど、居場所のあり方を巡る議論が絶えない。

【映像】歌舞伎町のホテル街にたまる若い女性たち

 そうした中、現在の「トー横界隈」という言葉やカルチャーが定着する以前から約3年間通い、現在はその場所を離れた「元トー横キッズ」の23歳女性・Rさんが『ABEMA Prime』に出演。当時と現在の様子の違いなどについて語った。

■地雷系もおらず「身内のノリ」だった初期のトー横

Rさん

 Rさんが歌舞伎町に通い始めた当時は、世間で広く知られる「トー横界隈」という名称や、SNS上で動画を撮影してバズらせるといったカルチャーは存在しなかった。通い始めたきっかけについて、Rさんは次のように振り返る。

 「当時はTwitter(現X)で友だちから『遊ぼうよ』と誘われ、待ち合わせ場所として指定されたのが始まりだった。その時は、TOHOシネマズ横の階段付近に集まっていた。待ち合わせていた友だちより先に複数の人がいて、『ここで合っているの?』と驚いたが、しゃべりかけてくれた。みんなでワイワイしゃべっているうちに仲良くなり、SNSを交換してまた集まるようになった」。

 当時の雰囲気について、Rさんは「地雷系ファッションの人も当時は正直ほとんどいなかった。何人か自撮り界隈の子たちが加わって広がっていったのが最初だ」と述べた。

 また、当時の若者たちの行動についても「当時は『ホテル暮らし』が始まった時期だったが、今よりもホテル代が高くなかったため、自分たちで費用を折半し合って集まれる空間を作っていた。大人や支援団体がいなくても、自分たちだけで完結していた」と語り、外部の介入や公的支援に頼らず、自分たちの「身内同士のノリ」で成立していた初期の状況を明かした。

■SNSによる拡大と変質…初期メンバーが離れていった理由

トー横周辺

 少人数の身内同士で成り立っていたコミュニティは、SNSの拡大とともにその姿を変えていった。Rさんは、人が増えるにつれて現場の空気が変質していったプロセスを次のように説明する。

 「もともとは身内のノリで楽しんでいた枠組みだったが、オープンチャットやInstagramなどを通じて『どんどん人を増やそう』という動きになっていった。その結果、身内で楽しんでいた枠組みではなくなってしまった」。

 コミュニティが巨大化し、当初の居心地の良さが失われていく中で、Rさんや初期からいた仲間たちはトー横から距離を置くようになった。「周りからはじき出されたというよりは、最初に作っていた側の人たちが離れていった。『もう、ここはいいや』となり、成人もしていたので、普通に別の場所で一緒に飲みに行ったりするようになった。今は同窓会のような状態で集まっている」と語り、初期メンバーが次第に現場を去った理由を明かした。

 Rさんが通っていた当時、若者たちが求めていたのは「保護」や「支援」ではなく、単に同世代と集う「場」そのものだった。Rさんは、大人や行政機関との関わりについて本音を吐露する。

 「当時も『大人に相談したい』とは思っていなかった。ただ『友だちと会いたい』『雑談したい』『カラオケがしたい』という思いで集まっていただけだった」。

 そうした若者たちの集まりに対し、行政やNPOなどの外部組織が介入を強めたことが、かえって彼らの居場所を奪う結果になったと指摘する。

 「それなのに行政やNPOなどが介入してきて、どんどん『大人からの圧』が強まっていった。その結果、自分たちの居場所が失われ、界隈がアングラ化していった。そして当時のメンバーは離れていってしまった」。

 Rさんは、若者救済の名目で行われた大人の介入や取り締まりが、当事者にとっては圧力となり、アングラ化を加速させた要因であると振り返った。

■離脱後も続く友情と、現在のトー横に向けた思い

 トー横を卒業したRさんは、現在は実家で暮らしている。歌舞伎町の広場を離れた後も、当時培われた人間関係は形を変えて続いているという。

 「今でも普段仲が良いのは、もともとトー横で出会った子たち。愛や友情はトー横でも十分に得られるものだと思っている。だからこそ、今通っている子たちにもそういうものをたくさん知ってもらえたらいいと思う」。

 また、変化を続ける現在のトー横に対しては「私が通っていた頃と、今の新しいトー横では環境も層も違っているが、まだ世間に知られていない初期のトー横の姿や歴史がたくさんある。そういうところも踏まえて話を聞いてもらえたら嬉しい」と述べた。 (『ABEMA Prime』より)

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