疲れた体を癒やそうと、指圧や鍼灸(しんきゅう)に通う人も多いのではないでしょうか。ふと疑問に思いませんか。なぜ、体のツボを刺激するだけで楽になるのでしょうか。そんな少し不思議な東洋医学が近年、最新の科学によって解明されつつあります。島根大学医学部附属病院の大野智教授に聞きました。
経験の積み重ねから世界基準へ
最初に、東洋医学と西洋医学の違いについて尋ねました。
「東洋医学というのは、一説には3000年くらい前からあるというふうに言われていて、例えば手のこういったところ(ツボ)を押さえたら、肩こりの痛みが良くなったみたいな感じの、あくまで経験的にここを押さえたら良くなったというものの、積み重ねというのが東洋医学の考え方になっていて」
「じゃあ、みんなが実験してきた結果を集めたみたいなことですか?」
「まさに、おっしゃる通りだと思います」
一方、体の仕組みを理解し、症状の原因などに対して科学的な知識でアプローチしていくのが西洋医学だといわれています。鍼灸は、中国で最も古い医学書と呼ばれる『黄帝内経』にも登場するほど、漢方薬と並んで東洋医学を代表する治療法です。鍼灸の「鍼」は細い針を刺したり、「灸」はモグサを置いて燃焼させたり、あるいは指で押したりして、「経穴」と呼ばれるツボを刺激するものです。
「中国が発祥って言われている中で、韓国経由、あるいは日本にダイレクトに伝わってきて、韓国は韓国、日本は日本で独自に鍼灸って発展してきた経緯があって、若干その3000年の歴史の中でツボの場所って変わってきたりとか、同じ名前のツボでもちょっと微妙に場所が数センチずれていたりとかということがあったりするんですよね」
そこで、ツボの世界基準が定められることになりました。西洋医学も東洋医学を取り入れる時代になっています。
「WHOが主導して、2006年にですね、日本のつくば市で会議を開いて、ちょっと微妙にずれていたツボの場所を一致させましょうと。最終的に公表されたのは、その2年後の2008年なんですけども、361個のツボっていうのが今、世界共通のツボの場所というふうになってきていて」
ツボが統一化されると、世界各国で臨床試験も増えました。アメリカ国立衛生研究所では、約800人の高齢者を対象にした慢性的な腰痛に対する鍼治療の有効性など、現在も数々のデータが発表されています。
足三里に見つかった科学的な根拠
そんな鍼灸の効果には、どのような科学的根拠があるのでしょうか。
「ある体の場所を押さえると生理学的な反応が起こる場所。じゃあなぜ反応するのかというところが、そもそもなかなか分かっていなかった。それがですね、本当に最近です。2022年の論文になるんですけども、ツボの中でもすごく代表的な、その膝の下に足三里というツボがあるんですけども」
その場所は、ひざのお皿の下、靱帯の外側のくぼみから指4本分の所です。松尾芭蕉が『奥の細道』で「三里に灸すゆるより」と詠んだほど、足の疲労回復や胃腸の働きを助けるとして、古くからよく知られるツボ。ここに科学の目が向けられました。
「そこを顕微鏡でよく見てみると、他の場所よりも神経の末端の部分ですね。要するに、いろいろと外部からの刺激をキャッチする神経線維が他の場所よりもたくさんあったとかですね。そういうのがつい最近分かってきたということがあったりします」
また、アメリカのハーバード大学と中国の復旦大学の共同研究チームの調査では、足三里にある神経線維の中から抗炎症作用を持つ神経が発見されました。このように、東洋医学の効果が科学的に解明されつつある事例が増えてきています。
「じゃあなぜ効くのか。やっぱりメカニズムが気になるところだと思うんですよね。そこでやはり西洋医学の知恵と知識というのがものすごく役に立ってきて、最近やっと少しずつ分かってきた」
大野教授によると、ツボが痛みを和らげる仕組みには大きく3つの要素が関係しているそうです。1つ目は血行促進です。こちらは、ツボに鍼灸の施術をしている画像です。鍼(はり)を刺した部分を中心に赤くなっています。
「鍼を中心に丸くモヤッと赤くなってくるんですね。血流が改善するというふうなことを表しているような感じで、フレアというふうに専門家の中では言っていますけども、信号が入ってくると神経がピュッと元に戻って、起きた信号に対して何か生体反応をこの局所で起こしてしまうということが1つ分かっています。そこのところでいろんな物質が出されてきて、ざっくり言うと血流が改善するということがいろいろ分かってきていて、その血流が改善されることで痛み物質が流されていくとか、いろんな説明はされているんですけども、それで痛みが良くなる」
脊髄で痛みの信号を弱める
続いて、2つ目のメカニズムは、脊髄(せきずい)で痛みの信号を弱めることです。
そもそも痛みは、脊髄を通って脳に伝わると感じるとされていますが、その信号のすべてが脳に届くわけではないそうです。
「ある程度の選別というのをこの脊髄のところでうまく調節。門のゲートコントロール理論というふうに言うんですけど、この痛みの信号を頭に伝えるから開く、この信号が頭まで伝える必要ないからちょっと閉じとこうみたいな感じで、痛みの調節を脊髄のところにしているということが分かっていて」
神経線維には太いものと細いものがあり、ツボへの刺激が太い線維から脊髄へ届くと、細い線維から脳へ痛みを伝えるゲートが閉じ、痛みが和らぐと考えられています。
「例えば腰痛ですごく悩んでいる人とか、肩こりがいつもひどい人というのは、ゲートコントロールの、要するに扉がちょっと壊れちゃっている状態、痛みの悪循環みたいなのが起きているというふうに言われています。もともと痛いというのはもちろん、そこに何かしらあることは事実なんですけども、それを過剰に痛いと感じるか感じないかのところの、そこに行く入り口のところを閉じたり開いたりの壊れた扉を元に戻してくれて、必要以上の痛みが頭に変な信号が行かないようにしてくれるというような、そんな仕組みが鍼にはあるということが分かってきました」
この仕組みによって、痛みのある場所から離れたツボを刺激しても、痛みを和らげる効果が得られるという考えだそうです。
脳内の鎮痛作用と今後の可能性
3つ目は、脳内での鎮痛作用です。
「鍼を刺すとチクっと痛いですよね。痛みがあると、その痛みをなるべく感じさせないようにということで、脳内麻薬ってちょっと物騒な名前かもしれませんが、実際どの方も痛みを感じると、その痛みを和らげるための生理学的反応としてβ−エンドルフィンと言われるような物質がぽっと頭の中に出てくるということが分かっています。頭に直接作用することで、痛みをなんとなく和らげるというような、全体的におさえ込むみたいな形の反応というのも起きているということが分かってきています。ただ、それも西洋医学が発展してきたから分かってきたということはもちろんあるんですね」
これらの要素を導き出せたのも、近年、医学や科学が発展・進歩してきたからこそです。今後、鍼灸はどのようになっていくのでしょうか。大野教授に未来について聞きました。
「鍼灸については、臨床試験が本当に数多く行われています。鍼灸というとその痛みとかということで、肩こり、腰痛、実際これはもう今の医療現場においても医師の同意書っていう形で手続きがちょっと必要にはなるんですけども、保険診療で鍼灸って受けることもできるんですよね。ただ、それだけではなくて、実際の臨床試験の結果を見てみると、肩こり、腰痛といった整形外科疾患だけではなくて、ちょっと変わったところでいうと、うつ病・メンタルに関わる病気でも、いわゆる抗うつ薬を飲んで通常のケアを受ける人と、抗うつ薬を飲みながら鍼灸もあわせて行った人で、比較検討すると、鍼灸をあわせてやった人の方がうつ病の症状がより改善した、良くなったということが臨床試験で言われていて、お薬だけではなかなかちょっと満足いかない部分が出てきた場合に、1つのオプションとしてお薬と併用することで、そのプラスアルファの効果が得られるかもしれないということが臨床試験で証明されてきていますので」
このほか、生理痛などの婦人科系の症状、便秘など消化器系の疾患にも効果が期待されています。
「さまざまなものに鍼灸の効果というのは、臨床試験で証明されてきていますので、その西洋医学とうまく組み合わせながら上手に使っていただくというのが今後の鍼灸の進んでいく方向なのかなというふうに個人的には考えています」
(2026年9月2日放送分より)











