警察が空港まで送った男が、戻ってきて犯行におよんだ。世田谷ストーカー殺人事件の裁判で明らかになった一部始終を振り返る。
激しくもみ合う男女に目撃者「どうしよう」
2025年8月30日、警察官が1人の男を自分の国へ帰すために、成田空港まで送った。午後1時28分、警察官は男が検査場を通るのを見届けたが、男はその日の夜、成田から60kmほど離れた東京・港区にいた。そこは1人の女性が住むマンションのすぐ近くだった。
その2日後、事件は起きた。目撃者のA子さんは、アメリカから帰国した娘を迎えに行き、もうすぐ自宅マンションに到着するところだった。国道から徐行し左に曲がると、右手の写真スタジオの前に、女性が立っているのが見えた。
すると反対から歩いてきた男が、車とすれ違っていく。A子さんはサイドミラーでその背中を見た。車を停めて降りようとしたその時、女性の叫び声が。A子さんはとっさに車のドアを閉め、後ろの窓から声のする方を見た。
男女が叫びながら、激しくもみ合いになっているのが見えた。後部座席の娘は「どうしよう、どうしよう、どうしよう」と動揺する。2人が向き合ってから男が走り去るまで、およそ20秒。男は一目散に走り国道に出て、右へ曲がり見えなくなった。
そこで初めて車を降りたA子さんが見たものは、首から大量の血を流して倒れていた女性と、止血している別の男性の姿だった。
別れ話でトラブル…警察に相談していた
男の身元は、すぐに特定された。国外に出るおそれがあるとして、警視庁が羽田と成田に捜査員を送り、その日の午後、羽田空港の第3ターミナルで男を見つけた。
殺人の疑いで逮捕されたのは、韓国籍で住居不定、無職のパク・ヨンジュン容疑者(当時30)。被害者であるバンさんと、パク容疑者は交際していたことがわかった。
そして2026年9月4日、東京地方裁判所はパク被告に、殺人とストーカー規制法違反の罪で、求刑通り拘禁刑20年を言い渡した。
被害者のバンさんは事件の3日前、警察に別れ話をめぐるトラブルと暴力を受けたと相談していたことも明らかになった。警察はバンさんを避難させ、交際相手だったパク被告を口頭注意。さらには帰国するというパク被告を駅や空港まで送り届けている。
事件のあと、警視庁人身安全対策課はこうコメントしている。「当時、被害者の意向を踏まえつつ、安全確保に向けた措置を講じていたものと考えている」。それでも防げなかった。いったい何が足りなかったのか。
日韓の遠距離恋愛、3度目の来日で「別れよう」
公判では、バンさんの姉による手紙が読まれた。
「ジウォンは4人きょうだいの2番目でした。中学生のころX JAPANを好きになって、留学もせずに日本語を話せるようになりました。やがて東京のファッションの学校に入学が決まりました。プロのデザイナーになる。その夢の第一歩でした。そして自分の会社を興し、成功しました。離婚し、ふさぎ込んだ時期もありました。家族が、とくに母親が支えました。ジウォンは常に困難に立ち向かう、私の大好きな妹です」
2024年10月、バンさんは7分だけ無料で話せる通話アプリで、年下の男と知り合う。それがパク被告だった。パク被告は韓国にいた。やがて2人はメッセージアプリ「カカオトーク」で連絡を取り合うようになる。
知り合って半年、交際が始まった。日本と韓国の遠距離だった。パク被告はその年、日本に3回来ている。その3回目が8月23日、泊まったのはバンさんの部屋だった。ここから事件までの9日間が始まる。
来日から5日後の8月28日夜、食事のあとカラオケ店を出たところで、バンさんがこう切り出した。「今日、別れよう」。そして走ってその場から離れていった。パク被告は「私が怖くなったからだと思う」としたが、被害者参加人弁護士は「それは暴力を恐れたからだ」とみている。
交番に駆け込み「追い出して」
しかしその後、パク被告はそのままバンさんの部屋に戻っている。被告が持ったカバンには、バンさんの部屋の鍵とスマートフォンが入っていた。
8月29日午前2時台、バンさんは港区の交番のドアを開けた。「別れ話をしたら彼が怒って、(彼が)部屋の鍵とスマホが入ったかばんを持ったまま、(私は)家に帰ってしまいました。家に帰ったら暴力を振るわれるかもしれない。追い出してほしいんです。2日前にも別れ話をしたらお腹を殴られました」。
左の肩にはあざのような痕が残っていた。ただ双方の言い分が食い違い、客観的な証拠も乏しく、バンさん自身も事件にすることを望まなかった。警察は防犯の指導をして、バンさんを知人の家へ避難させた。
そしてパク被告を警察署に呼び、通訳を介し、「これ以上続けばストーカー規制法違反になる」と口頭で注意した。被告は「直接連絡は取らない」という上申書を出し、帰国を促されている。
警察はバンさんの避難を確かめ、「帰る前に大阪に行きます」というパク被告を東京駅まで送った。実はこの時、バンさんのその後の行動は、すでにパク被告に漏れていた。
通報を受け、警備員が来るも「僕は悪くない」
バンさんが交番に駆け込んだ未明、バンさんの部屋にはパク被告がいた。そしてバンさんのスマホのLINEを見て、仕事相手とのやり取りを写真に撮った。そこに書かれていたのは、3日後の予定だった。「9月1日午前11時から午後7時スタジオで撮影」。
8月29日夕方、パク被告はバンさんのマンションに向かった。エレベーターホールにはカードキーがないと入れない。するとパク被告は、ほかの住人が解錠したタイミングで中へと入った。
午後5時29分、6時25分、6時46分。3回目のとき住人からの通報で警備員が来た。パク被告は「友達に会いにきた」と説明した。そして7時39分、8時5分、9時15分、10時6分、10時17分、10時25分。日付が変わって午前5時31分、6時8分、6時44分、6時59分。
このとき同じ警備員が見つけ110番通報した。前の日に注意した男だったからだ。パク被告は「彼女に薬を渡しに来た」「僕を助けてください、僕は悪くない」と言ったという。
成田空港の保安ゲートをくぐるも…
同じころバンさんのスマホにはメッセージが届いている。午後6時57分に「1」と送信。1分後からは「君が電話している話を全て聞いた」「禁止なのはわかっているけど謝罪したくて来た」「ドアの前にアイコスを置いておいた」「ごはんをちゃんと食べて」……。
バンさんは被告をブロックしていたが、それでも事件の日の朝まで、メッセージと電話で10回、送られ続けた。
8月30日午前11時59分、警備員の通報を受けて、警察はパク被告を任意同行。帰国すると話したパク被告を、警察官が成田空港まで送った。韓国行きの航空券は、本人が購入していた。保安ゲートを通る姿を警察は見送った。
午後2時18分、「ごめんじゃ足りない 申し訳なさが大きい」「生きていることすらつらい」「周りからは執着と思われるかもしれない」「僕におびえる君を覚えている」とのメッセージが送信されている。
被告スマホに登録されていた「被害者の名前」
一方で午後1時28分に、予約は取り消されていた。そして5時24分、「ウォン 君を信じたかった 最後まで」。被告が向かったのは、バンさんのマンションから220mほどのホテルだった。午後9時30分ごろ、チェックイン。9月1日までここにいた。
被告が検索していたサイトは、電話番号から位置情報を探すサイトで、バンさんの番号を12回。さらに別のサイトでも、バンさんのスマホで、消したメッセージ、通話履歴、位置情報を検索していた。
パク被告のスマホに、バンさんは名前ではなく、こう登録されていた。「モッピョン」、日本語で「目標」の意味。パク被告は「人生の目標という意味だ」と説明したが、姉は「これは韓国語でターゲットなどを意味する呼び方で、いったいいつから妹は狙われていたのか」と語った。
事件前日は「下見」、待ち伏せは5時間以上に
8月31日(事件前日)午前11時前、向かったのはバンさんが翌日入る予定の世田谷区の写真事務所だった。2日前バンさんが交番に駆け込んだ時間帯に、バンさんの自宅でスマホをのぞき見して知った場所だった。
「9月1日午前11時から午後7時スタジオで撮影」。現場周辺の防犯カメラに15分ほど姿が映っていた。下見だった。
午後3時40分、「あの人と6時間以上電話しているのをすべて聞いたよ」「なんであの男には僕に隠していたようなことも全て話すのか」とのメッセージ。この夜、バンさんは自宅にいなかった。元夫の家に避難している。
9月1日午前7時30分ごろ、犯行まで6時間。被告はホテルをチェックアウトし、タクシーで世田谷へ向かう。8時16分、写真スタジオの付近に着いた。バンさんがやってくるまでまだ時間があった。周辺の道を何度も往復する姿が防犯カメラに残る。
10時38分、「本当に感謝してるし申し訳ないと 僕に聞こえるように言ったことで 君の人間性がわかった」と送信。10時48分、バンさんがタクシーで到着。一緒に降りたのは、元夫だった。
2人は去年3月に離婚したあとも、仕事のパートナーとして一緒に働いていた。前夜にバンさんが避難したのも元夫の家だ。2人はそろって建物へと入っていった。パク被告は、その関係を知っていた。
手には、事前に買ったナイフが握られていた。被告の待ち伏せた時間は5時間14分。男はまっすぐ近づいていく。
「オッパ、オッパ」と助けを求める声
自宅に向かっていた目撃者A子さんが、バンさんを視界にとらえたのは午後1時31分。その時、歩いてきたパク容疑者と車がすれ違った。車を停めて降りようとしたその時、叫び声が聞こえた。
半ドアの扉を恐怖で閉め直せないまま、後ろの窓から見えたものは「明らかに男の人が女性にダメージを与えているような手の動き」だった。ただ、その手が何を持っていたのかは、わからなかった。
日本語なのか外国語なのかも聞き取れない。悲鳴と怒鳴り声だけだった。「オッパ、オッパ」。韓国語で年上の男性を呼ぶ言葉だ。助けを求める声だった。逃げようと背中に手を伸ばして、振り切ろうとしていた。
「女の人が『ああ』と言って、だんだんと後ろに倒れていく様子が見えた。それと同時に男が走り出したのが見えた。力尽きてその声を最後に一歩も歩けなくなったように見えた」(A子さん)
首をまっすぐ一突き、元夫が止血
男が走り去るのを見てから、A子さんは救急車を呼んでいるか周りに確かめて、自分でも119番をかけている。
A子さんの視力は裸眼で両目1.0。判決はこの証言を「信用性に問題なし」と評価している。「女の人は別の男性に首のあたりを押さえられ止血されていた」「首から大量の血を流して、倒れていた」。バンさんの首を押さえていたのは元夫だった。
司法解剖の結果、ナイフはバンさんの首の右の付け根から入った。深さ12.5〜13cm、刃の長さは12.8cm。根元まで入っていた。
切れていたのは、右の総頸動脈、右の鎖骨下動脈、気管、左の内頸静脈。刃は左の鎖骨の背中側まで達して止まっていた。ほぼまっすぐの一突きだった。
「刃物を意図的に把持するような状況でないと、このようにまっすぐに刃物が刺さるということは起こりにくい」(判決での医師証言)
バンさんの体に防御創はなかった。午後2時56分、搬送先の病院で、死亡が確認された。40歳だった。
犯行後、被告はすぐさま羽田へ
パク被告は走って現場を離れ、国道に出て、駅の方へ逃げた。途中でナイフを捨てている。また友人と、「2013年にビットコインを買っていれば今頃家を買えたのに」といった、事件とは何の関係もないやり取りもしている。
駅で電車には乗らず、タクシーで羽田空港へ直行している。羽田には30分ほどで到着した。警察がパク被告を割り出したのは、撮影現場にいたスタッフの話と防犯カメラだった。そしてパク被告が航空券を買い、手続きをする、その動きをつかんだ。
午後4時38分、3階のトイレから出てきたところを捜査員が見つけた。日付が変わった9月2日午前1時2分、殺人の疑いで逮捕した。男は黙秘した。
殺意は否定→判決は求刑通りに
裁判で弁護側はストーカー行為と、ナイフが刺さった事実は認めたうえで、死に至ったのはもみ合いが原因で、ナイフは自殺するために持っていたと主張し、殺意を否定した。
裁判所は被告の説明を「およそ不合理」として退け、反省の態度も見られないなどとして、求刑どおり拘禁刑20年を言い渡した。
被害者参加人が代読した姉の手紙には「妹の体は氷のように冷たくなっていて、今もあの情景と温度は忘れられない」「事件前には日本の警察も本人のことを信じず、空港まで連れて行ったと聞いたが、警察の手立てを欺く執念と、ぞっとするような手段で妹を殺害した」とあった。
そして手紙には、こうも記されていた。「妹を火葬したのは母親の誕生日でした」。
(『ABEMA的ニュースショー』より)