2025年11月、25年にわたり地元に愛されてきた「平吉ラーメン」が閉店した。店主の平吉さんは90歳で、引退を決めたからだという。平吉さんの作るラーメンは細いちぢれ麺に牛骨の醤油スープを合わせた、昔懐かしい味。その味を求める人でお店はいつも大盛況だったものの、その味は途絶えてしまうはずだった。
「やっぱり子どもの頃から慣れ親しんできた、祖父の味がなくなってしまうのはすごく残念だなと思って」と立ち上がったのは、孫の大類渉さん38歳。幼いころから祖父のラーメンを食べて育ち、大学時代からラーメンを食べ歩いた。食品メーカーに勤務していた会社員時代には、自作ラーメンクリエーター「わたふらい」として、県内外のラーメン店のプロデュースや、メニュー開発にも携わってきた。さらに自宅には製麺機まで導入。これまで作ってきた自作ラーメンのレパートリーは1000種類以上だという。
そんな大類さんは16年間続けてきた会社員を辞め、店を継ぐことに。お店を出すのは人生で初めてのことだという。受け継ぐのは25年間地元の人が慣れ親しんできた「祖父の味」だ。
最初の問題は、明確なレシピが残されていなかったこと。大類さんは「じいさんも職人なのでレシピは紙で残っていない」として「感覚で材料を入れているのを『ちょっと待って』と。重量を量ってちゃんと計算して」と、重さ・火加減・時間といった祖父の感覚を一つ一つ数字に置き換えていったことを明かす。作り方をひも解くほどに見えてきたのは、25年かけて磨かれた祖父の技と勘だった。
平吉さんが「いろいろと俺たちの時とも調味料が違うものだから。牛の味をなくしたくないって言うもんだから」と語ると、大類さんは「そこはやっぱり引き継ぎたかった、牛骨のスープをね」と応じた。
大類さんはかつて交流してきた"作り手”たちの力も借りることに。山形の人気ラーメン店を営む「麺辰」の鈴木敏彦店主、「城西金ちゃんラーメン」の荒木英之店主、「自家製麺たつ之也」の荒木達也店主が、大類さんの作るラーメンを試食した。これまで食べる側として交流してきた作り手に初めて自分の一杯を評価される。
「牛感はしっかり感じるよね」「嫌いな人はいないべな」といった前向きな感想もあったが、スープに関しては「一番主張するのはスープ?だったらもうちょっと塩味が強くてもいいんじゃない?」「油分ももうちょっと強くてもいいんじゃないかな」といったダメ出しも出た。「泣きそうだ」と話す大類さんに、店主らは「頑張って」と笑顔でエールを送った。
レシピのない祖父の味をどう再現するのか。大類さんの試行錯誤は続いていた。その日向かっていたのは「酒井製麺所」で、太さの異なる試作麺が用意されていた。
大類さんは太麺を手に取ると「見た感じはものすごくいいですね。形としても」「ちょっと大変ですけど、手もみが好きなので。ぷるっとした感じの軽い極太麺をやりたい。もんだ時に表面積が変わってくるから、やっぱり1ミリ太いとか細いとかで、手もみをガッツリしても結構幅が変わってくる。細かいですけれども」と、自身のこだわりを語った。
再現するだけでなく、次の世代にも愛されるラーメンを作りたいという目標から選んだのは、極太の手揉み麺。大類さんは「手もみによる不規則なちぢれ、これが口の中で踊る。“麺の大トロ”ここが一番うまいです」と話した。
受け継いだ牛骨の味をさらに際立たせるため、大類さんはあえて牛骨だけでスープをとることにした。その量も祖父の代のおよそ2倍に増やした。
「牛骨は山形の人にはなじみがあるけど、一歩間違えると芋煮っぽくなっちゃう。しっかりと牛骨の風味とか、牛の脂の旨味みたいなのを感じ取って欲しいので、すっきりした醤油ダレを使って、牛骨をダイレクトに感じてほしい」(大類さん)
祖父から受け継いだ優しい牛骨スープ。その持ち味は変えず、物足りない人には好みのパンチを加えてもらう。大類さんは3つの味変アイテムを開発し、食べる人が自分好みに仕上げられるようにした。
店舗には年間およそ600杯を食べ歩く、ラーメンライター井手隊長が来店。「実際お店で自分のでやるとなると、どうなんですか?」と問いかけると、大類さんは「全然違うフィールドだなと思っていて。効率的に作るとか、同じ味で安定して作るみたいな。やっぱり最初の1か月は苦戦しました」と応じつつも「『山形の人がこういうのが好きなんだろうな』というのが自分の中にあったので、それを形にして牛骨と融合させて、老若男女の山形のラーメン好きの人に食べてほしいなと思って」と語ると、井手隊長は「もう期待しかないですね」とコメントした。
祖父の一杯とは大きく異なる極太の手揉み麺。丼には牛骨の味を邪魔しない、すっきりとした醤油だれと風味高い牛脂、そこへ6時間かけて煮込んだ牛骨スープが注がれる。繊細な麺がちぎれないよう、大類さんは優しくゆっくりと湯切りした。
「太くて縮れていて、結構見た目インパクトあるんですけれども、ものすごく軽い食感を意識していまして。こんなに太いのに、ちゅるっと気付いたら無くなっているみたいな」(大類さん)
チャーシューには赤身の旨味が濃い、国産豚の前足の肉を使用し、薄くスライスして花びらのように敷き詰めていく。中央には祖父のレシピをそのまま受け継いだ、秘伝の辛ネギ、メンマ、なると、香ばしくあぶった海苔を添えれば、二代目平吉初の一杯が完成。「辛ネギチャーシュー麺1350円」これこそが祖父の味を受け継ぎ、自分のアイデアを加えた次世代のラーメンだった。
井手隊長は実食して「もっちもち。これは美味い、本当に美味い」「辛ネギ。これは美味い、たまげたね」「思ったより多分、おじいちゃんイズムまだ入ってるぞ」と、次々とコメント。
以前の試食会で受けた指摘への二代目の答えもカウンターに置かれていた。井手隊長が手に取ったのは「ラーメンが3倍ウマなる粉」。白コショウをベースに、魚の旨味やニンニクなどを加え、ブレンドしたという。井手隊長は「おじいちゃんもびっくりでしょう。ああおいしい」と絶賛。「チャーシューを麺に巻いて食えというメッセージが伝わってきた」と薄いチャーシューを麺に巻いて一緒に口の中に。思わず「うまい!」
最後に井手隊長は「もっと牛骨の輪郭を出すこともできたけど、これにしたんだよ。いいね。魂がつながっていって。新しい知識だけじゃなく、昔のものへの敬意や愛もありつつ仕上げたんだなと食べて伝わってきたので、ぐっときました僕は」と語った。
店は2026年4月1日にオープンを迎えた。店名の「やまがた牛骨ラーメン 二代目平吉屋」は、祖父と孫の時を繋ぐ思いが込められたものになった。店には待ちに待った常連客たちでいっぱいに。大類さんは「おじいちゃんの頃から来ていたんだというので、まず声をかけてくれて。祖父と私のラーメン食べ比べで感想を教えてくれる方もたくさんいます」と明かし、祖父の平吉さんは「牛のスープは多少は濃いみたいだけど、おいしいよ」と話した。
「子どもの頃しょっちゅう遊びに行って、いろいろ遊んでもらったから恩返しというとおこがましいかもしれないけど、こうやって一緒に引き継げるのが楽しいなと思って」と喜ぶ大類さんに、平吉さんは「まあ頑張って。とにかく一生懸命」とエールを贈った。
祖父から孫へ。昭和の味は孫のアイデアをのせて令和の一杯へ。山形で見たのは、新しい伝統のつなぎ方だった。
(『ABEMA的ニュースショー』より)