男女間の格差をランク付けした「ジェンダーギャップ指数」で、日本は145カ国中117位となっている。男女平等の実現は必要とされる一方、多様性の時代に男性・女性という二元論で語ることを疑問視する声もある。
LGBTQ当事者を取り巻く環境は、認知の広がりとともに変化してきた。しかし、当事者一人ひとりが抱える「生きづらさ」の形は多様で、一括りにできない現実もある。『ABEMA Prime』では、当事者とともに“生きづらさ”について考えた。
■「普通に生きたいと思えば思うほど、活動になってしまった」

トランスジェンダーであることを公表し、日本最大のLGBTQプライドパレード「Tokyo Pride」を運営する東京レインボープライド顧問の杉山文野氏は、活動を始めた経緯についてこう語る。「関わるようになったのは約20年前。本の出版という形でカミングアウトしたが、『活動家になりたい』と思ったことは一度もなく、たまたまご縁があってできることをやった」。
「シスジェンダー(性自認と生まれ持った体の性別が一致する人)の異性愛者であれば、誰かを好きになったり、結婚したりすると『よかったね、おめでとう』で終わる。しかし、私たちは、誰かを好きになったら『気持ち悪いと思われたらどうしよう』から始まって、結婚したいと思ったら、国と戦わなきゃいけない。子どもが生まれるようなことがあれば、取材が殺到する。普通に生きたいと思えば思うほど、“活動”になってしまった」と振り返った。
パレードの参加者は、2012年の4000〜5000人から、2019年には20万人を超えるまでに広がった。「まず『当事者の可視化』、次に『課題の可視化』を経て、やっと『具体的な課題解決』というフェーズに入ってきた」と説明する。
その上で「婚姻の平等の実現」「差別禁止」「トランスジェンダーの性別変更」を大きな柱とする法制化が必要だとして、「たまたま窓口担当者に理解があったから家が借りられた、理解がなかったから就職できなかったという、ラッキー・アンラッキーで人生が左右されてはいけない」と訴えた。
■新宿2丁目から千葉の居酒屋へ「東京の方が生きづらかった」

新宿2丁目で約20年ゲイバーを経営し、現在は地元・千葉県の居酒屋で働くやすこママは、パレードとの関わりをこう振り返る。「吹奏楽の経験を生かして、2006年からグループで楽器を吹きながらパレードに参加していた」。
しかしある年、店に客から「なんでゲイの人は真昼間に原宿をパンツ一丁で歩いてパレードしているのか」と電話があり、十分に説明できなかったと明かす。「一緒に出ているゲイの子たちの中には、感情を持って何かを訴えている人もいる。それを汲み取ってあげられず、ストレートの人に説明できなかった」。そして翌年から参加しなくなった。
その後、テレビ出演などにより「カミングアウトしていないのに、世間は勝手に知っている状態」になった。「どこに行っても『やすこママ』と声をかけられ、苦しくはなかったが、違和感はずっとあった」と語る。
そしてコロナ禍で飲食店が大きな影響を受けたことをきっかけに、自身の今後について考えるようになった。「45歳を越えて、『これから60歳、70歳、80歳をゲイとして生きていく上で、この街にいて大丈夫かな』と思い始めた。その結果、一度地元に戻って、よく考えてみよう」と決断の理由を述べた。
現在暮らす千葉県富里市は人口4万5000人ほど。「東京にいた時は生きづらかった。今は生きやすい」と話す。「千葉に戻って初めて出会ったゲイの人は、千葉から出たことがなく、『東京に行けばゲイの人に会えるんだね、2丁目は知らない』と言っていた。田舎の20代後半でもそう。そういう人の方が生きづらいのかもしれない」と語った。
■「ラッキーな人はいいよね」で終わらないために

同性パートナーとの“弁護士夫夫”で法律事務所を開く南和行氏は、現在のLGBTQ活動について思いを語る。「昔はパレードで心が晴れやかになり、ゲイナイトに行けばリラックスできる場所があると希望が見えた。しかし今は『ラッキーな人はいいよね』と思われる場になっている気がする。事務所には『明日死ぬ』というような当事者からの相談の電話がかかってくる。目の前のアンラッキーな人に光が射すような活動になってほしい」。
杉山氏はこれに対し、「『1割の当事者だけでなく、9割の非当事者の意識が変わらなければ社会は変わらない』という思いでやっているが、『当事者が置き去りにされている』と言われてしまう」と応じる。「パレードの2日間では物理的限界があるため、マンス(月間)にした。日常の困りごとを解決するために、『Queer Space Tokyo』というコミュニティスペースの運営も始めた」。
東京都港区議の斎木陽平氏は「自分がゲイだとカミングアウトしていなかった時、企業まで応援していると知って、自分らしく生きられるかもしれないという希望があった。その価値は揺るぎない」と語る。
コラムニストの小原ブラス氏は「いろいろな人を巻き込むために、主張がほんわかしている印象を受ける。次のフェーズでは、具体的に何を主張しているのかをもっとアピールしていく必要があるのではないか」と指摘する。
レズビアンである大内アイミ(午前0時のプリンセス)は「言えなかった時期は暗闇にいる感覚だった。無理にカミングアウトしなくてもいい。私たちの活動や言葉から何か“すべ”になるものを見つけて、自分の環境の中でどう生きていくかを考えてほしい 」と述べた。同ユニットで、ジェンダーレスクリエイターの聖秋流(せしる)は「生きづらいかもしれないが、自分の人生を一番楽しんでほしい」と語った。
最後に杉山氏はこう締めくくった。「『言わない』と『言えない』は全然違う。政治家も、弁護士も、店長も、タレントも、学校の先生も、お父さんも、お母さんも、いろんなところに当事者がいて、それぞれの役割を全うして一社会人として暮らしていく。自分の選択肢が増えていくのが豊かな社会だ」。
(『ABEMA Prime』より)