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ABEMA NEWS

2026年10月5日 07:00

お腹には赤ちゃんが…ぬいぐるみにタグ付け住所特定→そばつゆ作っていた大晦日に起きた“悲劇” 水戸ネイリスト殺害事件の一部始終

お腹には赤ちゃんが…ぬいぐるみにタグ付け住所特定→そばつゆ作っていた大晦日に起きた“悲劇” 水戸ネイリスト殺害事件の一部始終
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 2025年12月31日、茨城県水戸市のアパートでネイリストの小松本遥さん(当時31)が殺害された。帰宅した夫が、玄関先で血を流して倒れている遥さんを発見した。そして事件発生から22日後(1月21日)、殺人の疑いで逮捕されたのは、東茨城郡城里町の会社員、大内拓実容疑者(当時28)。殺害された女性は大内被告の元交際相手だった。

【映像】大内拓実被告、逮捕時の様子

「出会う前に戻って人生をリセットしたい」

 8カ月後の9月14日、水戸地裁での初公判。裁判長の「起訴状の内容に、間違いはありますか」との問いに、大内被告は「あ、ないです」。事実に争いはなかった。「被害者と出会う前に戻って人生をリセットしたい」と言ったが、そのリセットがなぜ「見つけたら危害を加えたい」になるのか。

 公判で明らかにされたのは、身勝手な動機と残忍な手口。そして被害者の無念さだった。遥さんのお腹には赤ちゃんがいた。

 夫は「遥は性別もわからないのに、ディズニーのレディー服を買ってきた」と明かす。母は「明るく活発で、気が強く、ズバッと言ってしまうタイプです」と、遥さんの性格について語った。

交際中、被告は度々不機嫌に…1年経たずに交際解消

 遥さんは茨城県笠間市で育ち、洋服の販売員からネイル学校へ。水戸のサロンで半年働いて、2025年5月、念願の自分の店を構えた。そして“令和7年7月7日”に結婚。これから幸せな人生が始まるところだった。

 一方の大内被告は茨城県内で育ち、高校を出て福井県の会社に勤めた後、20歳で実家に戻り、27歳ごろ車のバッテリーを作る工場に転職。実家で両親と兄との4人暮らしだった。前科も前歴もなかった。

 2人が交際を始めたのは、2024年1月ごろ。遥さんは夫に交際について話をしていた。休みが近づくと、大内被告から「週末、泊まりに来て」と連絡が来た。遥さんが「なんでよ」と返信すると、大内被告は不機嫌になったという。さらにデートでも、大内被告は運転中に前の車に対していらだつことがあり、デートが楽しくなかったという。

 遥さんの友人は「お金を貯めなかったり。雨に濡れたら怒ると言っていた」とも聞いていた。

 そんな交際は1年も続かなかった。別れを告げたのは遥さんのほうだった。夫が聞いていた別れの理由はふたつ。「破局は、遥がネイリストを頑張りたいという理由でした」「別れた理由として被告の態度や言動をあげていました」。

着信拒否も連絡取りたがり…店や知人に相談

 遥さんは、その翌月から今の夫と付き合い始めた。2025年1月から、2人は一緒に暮らし始める。大内被告の知らない新しい家だった。そして6月、「もう一度ちゃんと話せたらと思ってる」と、大内被告から連絡が来た。遥さんはSNSをブロックし着信も拒否した。それでも大内被告は遥さんと連絡を取りたがった。

 しかし、遥さんの居場所がわからない。7月の初め、遥さんがかつて勤めていた店に、大内被告が現れ、店の人にこう尋ねた。「遥さん、出勤してますか」「彼女インスタやってますか」。その後、共通の知人にも「遥と話せないかな」と頼んでいる。声をかけられた知人は、1人や2人ではなかった。

 弁護側によればこの間、大内被告は自分の精神状態が普通ではないと感じ、8月から10月にかけて、メンタル治療を目的とした4つの窓口をあたっている。8月28日付の相談メールには、「ストレスや体重減少、恐ろしいことを考えたりする」。

 1年で体重は6キロ落ちていたという。さらに9月上旬には、オンライン診療を受けている。医師は「薬を飲むか、環境を変えるか。この2つしかありません」としたが、大内被告は「薬漬けにはなりたくない」。精神科病院の予約は取れず、治療には結びつかなかった。

 そして月が変わり、10月。弁護側は、被告にこんな気持ちが芽生えたと述べている。「見つけたら危害を加えたい」。

ぬいぐるみに紛失防止タグを仕込み…

 しかし、この時点でも大内被告は、遥さんがどこに住んでいるかを知らない。そこでとった行動が、宅配用の段ボールと大きなぬいぐるみのネット購入だった。ぬいぐるみの中に縫い込んだのは、紛失防止タグ。それを、自分のスマホとペアリングし、位置情報がわかるようにした。

 目的は、遥さんの居場所を探し出すためだった。中には自作した、キャンペーン当選の送付状を同封。送り先は遥さんの実家。実家の住所を知っていたのは、以前立ち寄ったときに、母親宛てに届いていたはがきを写真に撮っていたからだ。

 12月26日(犯行まで5日)、段ボールは実家の玄関先に置かれた。

遥さんは警察に電話も…名乗らず「後で行く」

 12月27日(犯行まで4日)、父親から連絡を受けた遥さんが、段ボールを受け取り、自宅へ運ぶ。午後5時30分ごろ帰宅し、その7分後、AIにこう聞いている。「キャンペーン品が突然届いた 安心できるもの?」。AIからの回答は不明だ。この日を境に、遥さんの自宅の位置が、大内被告の手に渡った。

 その1時間あまり前の午後4時18分。遥さんは車の中から、水戸警察署に電話をかけていた。「元カレからのストーカーみたいなことを相談するとしたら、どこの課に行けばいいですか?」「生活安全課に来ていただければ相談できます」。

 遥さんが「夜でも相談できますか」と聞くと、警察官は「できます」「お名前と連絡先を教えていただけますか」と答えた。しかし、遥さんは名乗らず、後で行くとだけ伝え、警察官は「気をつけて来てください」と呼びかけた。通話は2分間、記録も残されず、匿名の問い合わせとして処理された。

自宅を特定→犯行前日、ハンマーなどを購入

 そして距離は、徐々に近づいていった。12月28日(犯行まで3日)深夜3時ごろ。遥さんの自宅アパート付近をうろつく男がいた。大内被告だった。大内被告は、スマホでタグの位置を検索し続け、遥さんの自宅を探しあてた。

 翌29日午後には、アパートの敷地に掲示されていた管理会社に電話をかけ、部屋を特定。あとは在宅時間を割り出すだけだった。

 12月30日(犯行前日)、大内被告は100円ショップで眼鏡、帽子、ショックレスハンマーを購入。検察側は、遅くともこの日までに殺害を決意していたとしている。午後1時40分ごろ、段ボールを抱え、宅配業者を装って遥さんの家を訪ねた。だが留守だった。

 同じ日、遥さんと夫は、警察へ行くと決めていた。しかし「12月30日までに警察に行こうと決めたが、予定が合わず『年明けに』ということになっていた」(夫)という。

 一方、大内被告はこの日、遥さんが留守だったため、2つ目の紛失防止タグを購入した。12月31日(事件当日)未明、夜中に再び遥さんの自宅アパート付近を訪れた大内被告は、駐車場に停まっていた遥さんの車に、紛失防止タグを取り付けた。遥さんの車の動きも把握できるようにした。

 大晦日のこの日、昼すぎまで夫婦ひたりで自宅の大掃除をした。夫によると、「不要なものをリサイクルショップに出し、スーパーで夕飯の食材を買って15時ごろ帰宅した」。大晦日の普通の1日だった。

 同じころ、大内被告は友人とツーリングに出ている。

「そばつゆ作らなきゃ」母と交わした最後の言葉

 午後3時45分、アパートを出た遥さんは、注文していたそばを受け取り、実家にそれを届けた。午後4時8分、「夫におもちおすそ分けしてもらったから」と話す遥さんを見て、母は「いつもと変わった様子はなかった。たわいもない会話をしました」という。そして、遥さんは「そばつゆ、作らなきゃいけないから」と帰宅。それが母と娘の最後の会話になった。

 午後4時41分、ツーリングから戻った大内被告のスマホに、タグの位置が表示される。遥さんの車は実家の近くに停まっていた。弁護側は、この瞬間をこう述べている。「同車両に被害者が乗っていることを確信し、犯行の実行を決意した」。大内被告は車で自宅を出る。

 午後4時51分、実家を出た遥さんは、夫に「今から帰るね」と電話をかけている。夫は、職場へ出る直前だった。大内被告は位置情報で、実家からの移動を確認。行先を自宅アパートに変えた。

ハンマーで殴打、包丁を突き刺し逃走

 午後5時16分、遥さんは帰宅し、1人台所でそばつゆを作り始めていた。そして玄関のベルが鳴り、午後5時34分ごろ、玄関のドアを開けた。

 玄関のドアを開けて出てきたところを、大内被告は段ボールで視界を遮り、持参したハンマーで遥さんの頭を多数回、殴打。そして家にあった包丁を、首に2度突き刺した。午後5時41分ごろ、大内被告は現場を立ち去っている。

 夫が職場から帰り、玄関に入ろうとしたところ、インターホンの真下に袋が落ちていることに気づく。中には透明な粘着テープとビニール袋、そして結束バンド2本が入っていた。「心当たりがなく、『遥に聞いてみよう』と玄関から家の中に入ろうとしたところ、鍵が開いていることに気づいた」。

 そして、「左下に遥の足があることに気づいた」。上半身も下半身も血だらけだった。「『はるか』と名前を呼びながら駆け寄り、震える手を抑えながら、119番しました」。

 玄関の外には袋が置かれたままだった。結束バンド2本、養生テープ、持ち手にビニールひもを通したビニール袋は使われていない。犯行後、大内被告は那珂川にかかる橋の上で、ハンマーと包丁と眼鏡を川に捨てている。

 夫は救急隊が到着するまで、やったことはなかった心臓マッサージを必死に続けた。しかし、救急隊が到着するも意識はなく心肺停止。それでもまだ手にはぬくもりが残っていた。鍋に残されたそばつゆは煮込まれ、火は止まっていた。

 午後8時15分ごろ、搬送先で死亡が確認。母親が病院に着いたときには、すでに亡くなっていた。体には、頭蓋骨骨折3カ所、脳挫傷、頭部・顔面に多数の挫裂創。頸部に少なくとも2回の刺創、深さ最大9cm。全身48カ所の傷、両腕に防御創とみられる痕が残っていた。

拘禁刑20年、夫の自責「早く帰っていれば…」

 法廷で遺族の供述が読み上げられた。

「早く帰っていれば殺されていなかったのではないか。守ってやれなかったという怒り、自分自身を責めています」(夫)

「すべてが奪われました。七夕のころに生まれる予定だった赤ちゃんも娘も帰ってきません」(母)

 母親は極刑を望むと述べたが、水戸地裁の判決は拘禁刑20年だった。

(『ABEMA的ニュースショー』より)

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