自分が殺されてもいいから止めたかった[2020/02/29 20:54]

 当時、小学4年だった栗原心愛さんが千葉県野田市で虐待されて死亡したとされる事件。父親の勇一郎被告の裁判は28日で5日目を迎えた。この日は小学校の担任だった女性教師、心愛さんが千葉県柏市の児童相談所で一時保護されていた際に担当していた女性職員と同じく職員で、児童心理司の女性が証言台に立った。勇一郎被告家族の威圧的な態度、クレーマーぶりが明かされる一方、大人たちの口から語られたのは自らを責める悲痛な言葉だった。

 ―心愛さんが発したSOS
 「自分の体は大丈夫かな?」
 これは心愛さんが担任の女性教師に問い掛けた言葉だ。
 心愛さんが一時保護されるきっかけとなったのは小学3年生の時、学校で行われた“いじめに関するアンケート”だった。
 「お父さんに暴力を受けています。先生どうにかできませんか?」と書かれていた。
 当時の担任だった女性教師も証人として呼ばれ、その時の様子を振り返った。「お父さんに口をふさがれて『息が止まらない』と言われた」「お母さんがいない時に頭を殴られる。10回くらい殴られる、グーで殴られる」「お母さんはお父さんに沖縄にいる時にやられている」「きのうも頭と背中を蹴られて今も痛い」「お父さんに口をふさがれる」
 心愛さんは自ら手を口に当てる動作を行い、泣きながらその様子を再現した。
 そして「自分の体は大丈夫かな?」と担任に聞いた。
 アンケートの内容は児童相談所の会議にかけられ、心愛さんは一時保護されることになった。死亡する2年前のことだ。

 ―2人の児童相談所職員の証言
 午後からは一時保護中の心愛さんの担当だった職員と児童心理司の女性2人がそれぞれ証言台に立った。2人の姿はパーテーションで遮られ、見ることができなかったが、若い女性の震える声だった。心愛さんに心を寄せる一方、勇一郎被告家族の対応への苦悩、そして激しい後悔が語られた。
 
 ―差し出された手に引っ込んだ手
 児童相談所では保護された当日から心愛さんとの面談が行われた。心愛さんはアンケートに書いた“父からの暴力”について児相の職員にも話した。
 「お父さんが怖いから家に帰りたくないからここに来た」とも言っていたという。
 2人の職員の心愛さんへの第一印象は同じだった。
 児童心理司:「初対面の大人に対してもきちんと敬語を使って話してくれて、知識も豊富で自分の考えた言葉できちんと説明できることが印象的でした」
 職員:「受け答えがはっきりしていて、この子の言うことに嘘はないと思いました」
 児童心理司との面談でも心愛さんは父からの暴力についてぽつりぽつりと話し始めた。
 心愛さん:「お母さんがトイレに行った時や料理をしている時などほんのわずかな時間に背中や首をたたかれる」
 児童心理司:「他に嫌なことはある?」
 心愛さん:「…(顔がこわばる)」
 児童心理司:「言うのはためらっちゃうことかな?」
 心愛さん:「うん」
 児童心理司:「命に関わることかな?」
 心愛さん:「うん」

 別の日にはこんなことを話していたという。
 「夜中に起こされ、家の外に人がいるから見てこいと、嫌だと言ったが、見て来いとズボンを脱がされ、パンツを脱がされた」
 「夜中に口と鼻をふさがれ布か布団で押さえられた」
 「息ができなくて死ぬかと思った、口が腫れてしばらくマスクをして学校に通った」

 検察官:「その時の様子は?」
 児童心理司:「…(泣き出す)きちんと自分の言葉で教えてくれました」

 心愛さんは両親の関係性についても児相に伝えていた。
 職員:「お母さんは父に注意したけどやめてくれなかったと話していた」
 検察官:「暴力は心愛ちゃんだけか確認した?」
 職員:「しました」
 検察官:「どう確認?」
 職員:「他に嫌なことをされてる人はいないかと確認」
 検察官:「何と?」
 職員:「沖縄にいた時に父から母に暴力あったと聞いている」
 検察官:「現在は聞いた?」
 職員:「野田に来てなくなったと話していた」

 そんななか、保護されてから2週間後、心愛さんは両親と面会することになった。別室から心愛さんを両親が待つ部屋に連れて行こうとすると、心愛さんの顔がこわばり始めた。
 職員:「面会室に近付くにつれてこわばり始め、面会室に近付いた時は私と児童心理司の後ろに隠れていました」「心愛さんは部屋に入れましたが、隅っこから動けず、下を向いて泣きそうでした」
 その時、勇一郎被告は「家に帰ってくるのを待っているよと」と手を差し出した。すると、心愛さんは手をさっと引っ込めたという。職員は「時期早々で申し訳ないことをした」と証言した。

 ―暴力暴言がないおうち
 その後、職員は心愛さんにとって「安全なおうちとはどんなおうちか」を尋ねた。心愛さんは「1つ目は暴力暴言がないおうち」「2つ目は見張りをやめてほしい」「3つ目は夜中に机の中を触るのをやめてほしい」と答えたという。
 初日の面談で「お父さんの暴力がなくなったら家に帰りたい」と話した心愛さん。心から安らいで親と過ごすことができる“おうち”。そんな誰しもが当たり前に与えられるべきものを心愛さんは求めていた。

 ―一時保護解除 
 心愛さんが児童相談所で保護されてから1カ月半後。一時保護が解除されることになった。心愛さんの両親とは複数回、面談を重ねて「お父さんに2人きりで会わせないこと」「被告の両親(祖父母)の家で生活すること」を条件として一時保護が解除された。職員は理由として「おばあちゃんに話をするなかで、心愛さんのことを楽しそうに話したり、安全に配慮するといったので適していると思いました」と話した。
 心愛さんにも一時保護解除を伝え、その条件を伝えると「それなら安心できる」と話したという。職員の言葉を信じた心愛さん。しかし、その条件は守られることはなかった。

 ―祖父母は虐待を信じていなかった
 一時保護が解除されてから約3週間後、2人は祖父母宅を訪問した。職員は心愛さんと2人で話をしたいと思ったが、祖父母はそれを拒んだ。「たたかれたりしてないよな?」「お父さん怖いとかないよな?」祖父が心愛さんに聞くと心愛さんは「うん」と答えた。2人の職員はそれが明らかに誘導尋問だと感じた。その後、再び訪問した際も祖父は「まず一時保護に納得がいっていない」「そもそも虐待とは思っていない」と言った。祖父母は息子の勇一郎被告が虐待をしたとは思っていなかったのだ。自分の息子を信じ、心愛さんの声を疑ったのだろう。そんな家に心愛さんを戻した児童相談所の判断は誤りだった。

 ―反故にされた約束
 「そもそも虐待とは思っていない」祖父はそう言った後、電話で勇一郎被告を呼んだ。1時間後に被告が現れ、職員に対する追及が始まった。
 勇一郎被告:「一時保護については一切、認めていない。どういう法的根拠を持ってきているのか」「前回の訪問の時に心愛が会いたくないといったのは覚えていないのか」
 そして、勇一郎被告は心愛さんの署名が入った紙を示してきた。「お父さんに暴力を受けたというのは嘘です。小学校の先生に言われて思わず言ってしまいました。児童相談所の人に会うと嫌な気分になるので、今日でやめてください」と書かれていた。「今回のことは納得がいっていない、児童相談所ではなく個人的に訴える」。勇一郎被告は女性職員2人にまくしたてた。わざわざこの日のために心愛さんに嘘の内容の手紙を書かせ、若い女性2人を理詰めで精神的に追い込んだ。そして、心愛さんの気持ちだけが置き去りになっていった。「今日で心愛のことは連れて帰る」。一時保護が解除されてから2カ月余り。約束は破られ、心愛さんは被告の家へ連れていかれた。その後、虐待はエスカレートしていく。

 ―「今でも夢に見ます」児相担当者の慚愧
 児童心理司と職員は心愛さんが被告の家に連れていかれた後、こっそりと小学校を訪問した。心愛さんにあの手紙の内容は本物か確認しに行った。
 心愛さん:「ちょっと言っていいのかな…」「お父さんからお母さんにメールが来て内容が書いてあってそれを手紙に書くように言われた」
 児童相談所は手紙が嘘だと聞いた後、特段何もしなかった。2人は今も自分を責めている。

 検察官:「ここからは今の心境について聞きます。被告人のことをどう思いますか?」
 職員:「…適正な法の下で、適正に裁かれてほしいと思います」
 検察官:「心愛さんことで覚えていることはありますか?」
 職員:「…(涙声で、鼻をすする)心愛ちゃんはとても素直で控えめな、
笑顔が印象的なお子さんだと思いました」
 検察官:「今、心愛さんに対してどう思っていますか?」
 職員:「…(涙声で、鼻をすする)守られるべきはずだった、尊い命を守ってあげることができなくて、本当に後悔しています」

 児童心理司は…。
 検察官:「被告に対してはどう思っていますか?」
 児童心理司:「…(10秒ほど沈黙)色々と複雑ですけど、無理やりにでも児童相談所が止めるべきだったと思います」
 検察官:「あなたは心愛さんと何回もあっていますね。心愛さんに対しては今どう思っていますか」
 児童心理司:「…(泣きながら)すごく何か…たくさん…私にお話しをしてくれて…でも利発のいい子で、私が…私がどうなってもいいから、潰されてもいいから、殺されてもいいから止めてあげたかったなと事件の当日から思っていて、今でも夢に見ます」


 ―かなわなかった心愛さんの平凡な願い
 児童相談所は今回の対応で過ちを犯した。一時保護解除の条件が被告の実家という、いつでも被告が立ち寄れる場所だったこと。「父親とは絶対に会わせない」と市には伝える一方、記録では「父親と2人きりでは会わない」となっていたことなどだ。事件後、マスコミは一斉に児童相談所叩きに走った。しかし、2人の話を聞いて現場の職員は苦悩しながらも心愛さんの話に耳を傾けていたこと、そして心愛さんへの償いと自らの至らなさへの悔悟が伝わってきた。ただ、その一方で組織としての児相の過ちについては全く触れなかった。千葉県の検証委員会は児童の保護の方向性を決める際に、3回の会議を経るべきところを担当者レベルで方向性が決まっていたと指摘した。2人の担当職員は一生懸命だったが、誤った判断を下した。しかも、本来の判断プロセスを経ずに。そして、組織としての児相もそれを見過ごしたのだ。残念ながら、裁判ではそこまで踏み込んだやり取りはなかった。
 心愛さんは「書かされた手紙で『お父さんとお母さんと暮らしたい』のは本当のことだよ」と職員に言ったという。心愛さんは父親の暴力に悩みながらも、いつか父親が自分を受け止め、愛情を持って育ててくれるのではないかと信じていたのではないだろうか。
 心愛さんは自分をしっかり持っていて、素直で気を使える子だったのだろうと感じた。だからこそ、勇一郎被告は気に入らず、虐待に走ってしまったのだろうか。切ない。

(DV・児童虐待問題取材班)

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