4シーズン目のジャパンラグビーリーグワン。今季は驚きの移籍がいくつかあった。そのなかの1人が、トヨタヴェルブリッツから東京サントリーサンゴリアスへ移ったスクラムハーフ、福田健太選手(28)だ。なぜサンゴリアスへの移籍を決意したのか、その思いに迫った。
■固い決意を胸に逆境へ
敢えてイバラの道を歩む男がいる。東京サントリーサンゴリアス・福田健太選手。主力選手として5シーズン在籍したトヨタヴェルブリッツからの移籍。これには多くのラグビーファンが驚いた。
なぜなら、ヴェルブリッツには、現役最高峰といわれるスクラムハーフ、アーロン・スミス選手(36)が加入。ワールドクラスの技術をチームメイトとして吸収しながら、さらなる高みに登ると考えられていたからだ。
「ワールドカップの後は移籍なんて考えていなくて。ヴェルブリッツに居続けたら成長できないかっていわれたら、そうではないですけど」
なぜ移籍という決断に至ったのか?何が足りなかったのか?そこには、世界を相手に戦った男だけが知るワールドカップへの思いがあった。
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■日本代表への強い思い■日本代表への強い思い
2年前、2023年の夏、福田選手は初めて日本代表合宿に招集されていた。
「素直にうれしかったです。合宿の前まで日本代表と全然縁がないと思っていたので、参加できたこともすごく光栄でした。そこでメンバーのなかにセレクトしていただいたことは選手冥利(みょうり)に尽きるところでもありますし」
ワールドカップ・フランス大会。福田選手は、日本時間の9月29日、サモア戦の後半35分、ピッチに立つ。わずか5分間のプレーだったが、ラグビー人生を変える濃密な時間だった。
「短い時間でしたけど、コンタクトのレベルだったり、日本のリーグワンでは経験できないフィジカルの強さを経験できました。僕自身まだまだ未熟だったので、10番の選手の声とか、耳を使って情報を得ることができなかったところもあったので、いいパフォーマンスができたかというと全然違う。ワールドカップでしか得られない貴重な経験ができた」
世界レベルのラグビーを体験し、心の中である思いが強くなった。
「ワールドカップと日本代表を経験して、より一層そこに立ち続けたいと思いましたし、現役である以上ずっと目指し続けたい場所」
より一層日本代表への思いが強くなった福田選手は、リーグワン3年目のシーズンに望む。くしくもチームには世界最高峰のスクラムハーフ、ニュージーランド代表オールブラックス(125Caps)のアーロン・スミス選手が加入。世界トップレベルの選手と切磋琢磨できるチャンスに恵まれた。
「本当にいろんなところが勉強だらけだと思うのですけど。アーロン選手のパスだったり、ゲームをどう組み立てるか。土曜日にいいパフォーマンスをするために、1週間の練習でどれだけいい準備を積むかということを、アーロン選手が口酸っぱく言っていた。その準備の仕方を僕も学んでいくべき点だと思っています。ただ、学ぶだけではなくて、自分自身のランニングなどの強みを忘れずに、そこからうまくプレーを教えてもらいながら、成長できていけたらと思います」
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■移籍を決めた理由■移籍を決めた理由
アーロン・スミス選手とスクラムハーフのポジション争いをしながら迎えた昨シーズンの第9節、クボタスピアーズ戦。福田選手をアクシデントが襲う。重度の太もも肉離れだ。
「これは長くなる怪我だなとグラウンドの中で分かって。ワールドカップ終わってチームに帰った時に、自分でも成長できたという思いがあった矢先の怪我だったので」
怪我でシーズンを棒に振る形となった福田選手。冷静に自分を見つめ、ワールドカップへの思いがよぎる。
「去年は怪我の影響もあって5試合しか出られず、プレータイムや練習で考え始めたのがきっかけ。ヴェルブリッツに居続けたら成長できないのかというと、そうではないですけど。アーロン選手などの一流のプレーヤーを見て学ぶことが大事なのも分かるし、ラグビーに対しての視点が勉強になるのも分かっています。そこは選手としての直感だと思います。ずっとリザーブだと日本代表には選ばれないのではないかという思いもあったし、自分の今後のラグビーに合ったプレーをしていくには、いいライバルと試合に出続ける方が成長すると思ったので」
日本代表になり2027年のワールドカップに出ること、この1点だけはどうしても譲れない。それにはプレー時間を増やすのが最短の道。これが福田選手が移籍を決めた理由だ。では、なぜサンゴリアスだったのか?
「(明治)大学時代の監督だったキヨさん(田中澄憲(49))が、サントリーで監督をやっていて、今、GMですけど。いるというところは選ぶ決断の理由の1つではあります。あとは、流大選手(32)と一緒に練習していて、すごく成長できると思いました。オフ・ザ・フィールドでの人との関わり方とか、本当にずっとラグビーを見てるので。そういった学ぶ姿勢とかは、同じチームとして生活することで自分自身にもプラスになると感じたので。その2つが大きな理由かなと思います」
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■シーズン開幕も…2連敗■シーズン開幕も…2連敗
リーグワン4年目のシーズン開幕。サンゴリアス初戦の相手は初代王者ワイルドナイツ。福田選手は先発を勝ち取っていた。
「僕がラグビーを始めた時からサントリーのファンだったので。初めてトップリーグのジャージを買ったのもサントリーで、それを着て小学校の時に練習していたぐらい応援していたチーム。大学時代も誰もが行けるチームではないと感じていたし、そのなかで9番として開幕戦に出場できたことは、今までやってきたラグビーの1つの目標がかなった思いはありました」
試合開始から、スクラムハーフとしてチームをコントロール、敵陣に迫るサンゴリアス。しかし、思うように得点を奪えず、福田選手は前半で交代。チームも初戦を落としてしまう。
「チームを前に出せていなかったので。ゲームチェンジをするしかなかったので。9番としての責任なので、どうとかはなかったですね。自分としての反省点かなと思います」
第2戦の相手は、世界的スクラムハーフ、ニュージーランド代表オールブラックス(89Caps)のTJ・ペレナラ選手(33)が加入したブラックラムズ。福田選手は開幕戦に続き先発出場。ペレナラ選手とのマッチアップにリズムを崩そうと奮闘、ヒートアップする。
「ブラックラムズのゲームコントロールをしているのはTJ・ペレナラ選手なので、自由にさせないようにという思いはありました」
しかし、福田選手はまたも前半で交代。1点差で敗れ、まさかの開幕2連敗となった。
「初戦よりはよくなっていたと思うんですけど。サントリーとして、アグレッシブアタッキングラグビーをリードする9番として、確実にチームを前進させることができたかというと、僕はまだまだだと思います」
それでも福田選手は、逆境に立ち向かう。
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■気のおけない親友と過ごす休日■気のおけない親友と過ごす休日
移籍後、調子が上がらない福田健太選手。リザーブスタートとなった3戦目の相手は、古巣ヴェルブリッツ。
「それはもう他のチームと対戦する時とは違う感触、感覚がありましたけど、ゲームが始まったらそこはあまり考えずに臨めたかなと思います」
後半31分、福田選手はサンゴリアスリードの場面で流選手に代わり出場。しかし、ヴェルブリッツに追いつかれ痛恨のドロー。ここまで0勝1分け2敗。第3節を終えても白星がない苦しい状態となった。
「同点だったので、そこに対する悔しさはもちろん残りました」
常に好調を保つのはどんな選手でも難しい。そんな時は気分転換が必要だ。
この日、コーヒー好きの福田選手が向かったのは、川沿いのおしゃれなカフェ。同じく今シーズン、ヴェルブリッツから移籍し、横浜キヤノンイーグルスに加入した古川聖人選手(28)とオフを過ごす。高校も大学も違う2人だが旧知の親友だという。
「17歳以下の日本代表で一緒のチームで。その時に初めて一緒にラグビーをして」
「大学を決める時に、2人とも最後は明治大学と立命館大学で悩んでいて。結構連絡していて。『どっちに行く?』って。古川選手は立命館で僕は明治を選んだ。4年間はまたライバルとして戦いました。大学選手権も4年生の時にキャプテンも一緒にやっています」
「僕の最後の試合は明治としました」
「泣いてました。負けて」
「泣いてない。(福田選手は)僕に倒されてちょっと試合中悔しい顔をしていました」
普段は2人でどんなことを話しているのか?
「真面目な戦術の話もするし、お互いのことを『そこはこうなんじゃない?』と言ったりもします」
「普通に言います。『お前の今日のパス、マジで取りにくかった』とか」
「あと古川選手はいつも『俺が勘違いしてると感じたらちゃんと言えよ』って言ってきます」
「福田選手も言ってきます」
「そういうところがいいと思います」
「よくないと思ったらよくないと言うし。そういう客観的にお互いを見れている」
「見れるようにしている。自分だけで感じられないところもあると思うので」
なんでも話すことができる気のおけない親友と過ごす休日が、福田選手をリフレッシュさせている。
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■福田選手にとってラグビーとは?■福田選手にとってラグビーとは?
4戦目の相手はクボタスピアーズ。福田選手は5点ビハインドの後半31分に出場。チームの攻撃をコントロールし、試合終盤同点に追いつく。
だが、終了間際のアタックが実らずドロー。サンゴリアスは4戦し、なんといまだ白星がないという結果に。復調しつつある福田選手だが、チームはまだ暗中模索の状況だ。
しかし、次のホンダヒート戦で光が差し込む。今シーズン台風の目となっているヒートに対し、サンゴリアスは苦戦しながらもリードを保つ。
そして、福田選手は後半38分に途中出場。ヒートの反撃を許さずゲームを落ち着かせ、最後は高本選手のドロップゴールをお膳立て。チームは5戦目にして初白星、福田選手も手応えをつかんでいた。
「80分経つまで、どっちが勝つか分からなかったので。自分が目立とうという思いは全くなかった。状況によって自分の役割を全うするだけかなという思いだけでした」
新天地で苦しむ福田選手だが、日本代表の先輩・流選手の言葉で救われたという。
「サントリーに来て約半年、そういう思いでやってきましたけど、流選手に言われてやはりそうだと思ったのが、『俺になろうとしなくていい』。自分に合ったスタイルを確立していけばいい。そこは本当にそうだなと思って。自分の強みを忘れてプレーしてはいけない。そのなかでも自分はラグビーが好きでやっているということを失わないで練習や試合に臨めているので。自分の状況を客観視できていると思うので、やり続けるしかない。パニックにならないで課題を潰して。流選手に言われた通り、自分の強みを見失わずに、自分のアグレッシブアタッキングラグビーが何なのかを考えて、それをサントリーのラグビーにどう結びつけるか。練習を無駄にせず、少しでもいいからレベルアップしていく。積み重ねなのかなと思っています」
あなたにとってラグビーとは?
「(Q.大学時代になんて言ったか覚えていますか?)自分を作ってくれるものです」
「(Q.今答えるなら?)人生かなと思います。いい時も悪い時も試合は来るし、自分も日々成長しなければいけない。失敗があるからみんなと勝った後の試合も楽しめる。ラグビーは自己犠牲のスポーツだからこそ、感じられる勝利の味わいは人生そのもの。色々なチームや国、背景を持った選手が入団して、ひとつのゴールに向かって共にプレーしていくので、そういった色々な国の仲間もできるし、それはラグビーでしか味わえない経験かなと思います。大きな目標は2027年のワールドカップ。後は自分のなかで設定したゴールをどう達成するかを考えながら、サントリーのラグビーを楽しんでプレーしたい」
サンゴリアスに移籍した福田健太選手。スピードと得点力もさることながら、その強みはいかなる時でもラグビーを楽しむ強靱なメンタル。
必ずや最高のパフォーマンスを見せてくれるに違いない。再び桜のジャージを着るために、逆境を乗り越え、さらに前に進み続ける。