今高校ラグビー界で注目を集めているのが、早稲田佐賀高等学校。創部4年目にして春の選抜大会に出場を果たし、全国の強豪相手に堂々の戦いを繰り広げた。その早稲田佐賀を率いるのが、早稲田大学ラグビー部でキャプテンも務めた山下昂大(やました こうた)監督(35)。佐賀県には高い“壁”があるが、その壁を乗り越えようと奮闘する姿に密着した。
※年齢・学年は2025年6月時点
■関東から集まる逸材たち
「鶴」のように美しい城に抱かれた佐賀県唐津市。高校生の夢舞台、花園への予選まで残り5カ月。この地に、飛ぶ鳥を落とす勢いで力を付けているチームがあるという。
早稲田佐賀高校ラグビー部は、創部からわずか4年で春の選抜に出場した。勢力図が40年以上変わらない佐賀県のラグビーシーンに、新しい風を巻き起こそうとしている。
佐賀県北西部、玄界灘に面し豊かな自然が広がる唐津市。2010年、この地に新しく早稲田大学の系属校として、早稲田佐賀高校が誕生した。「九州の早稲田」として建学の精神を掲げ、世界に羽ばたくグローバルリーダーの育成に力を入れている。
そんな新進気鋭の学校に、4年前ラグビー部が創設された。監督に就任したのは、早稲田大学で第94代主将を務めた山下監督だ。
「稲穂のエンブレムに赤黒のジャージを着られるというのは、そこに対しての重みであったり、プライドというのは軽々しく扱っちゃいけない」
ラグビー部をまとめるキャプテンに選ばれたのは、今年、高校日本代表候補に入ったナンバー8で主将・山崎圭介(やまさき けいすけ)選手(3年)だ。山下監督を慕い、関東からやってきた。
「もともとプロでも活躍していた選手だったので。そんな人に教えてもらえるというのはすごくうれしいことだなと思って。佐賀って40〜50年くらい連続で、佐賀工業が県大会優勝して花園出ているのですけど、それを倒したい。倒したらかっこいいじゃんと話し合いをして佐賀に来ました」
そしてもう一人、同じ思いを持つのが副将・吉廻温真(よしざこ はるま)選手(3年)だ。身長186センチの大型センターで、彼も高校日本代表候補に選ばれた逸材だ。
「強豪校で花園優勝を目指すのもいいですけど、それよりは、どこか強いところ倒して、歴史を新たに作るということに僕は魅力を感じたから」
中学時代、東京のワセダクラブで切磋琢磨(せっさたくま)していた2人の加入で、チーム力は格段に向上。県内トップに君臨する佐賀工業との試合でも、点差は徐々に縮まっていき、ついに今年、7人制の大会で初めて勝利をつかんだ。
「山崎に関しては賢くボールを動かせる。ハンドリングもいいですし、パスもうまいので。あとはタックルのところですね。しっかりと低く前に出るタックルができるのは彼の強みなのかなと」
「吉廻に関しては身長もありますし、キックも60メートルぐらい飛んでいたので、すごく光るものがありました」
そんなラグビー部に、試練の時がやってきた。高校総体だ。勝ち進めば、花園予選前、佐賀工業との最後の対戦となる。
試合に向け、激しいコンタクトプレーを繰り返す選手たち。順調に見えるが、山下監督はチームの現状に満足していなかった。
「フォワードの強化を最優先にしてはいるのですけど、けが人も多くてそこが進んでいないので、層を厚くしたい」
さらにブレイクダウンを徹底的に強化する。その理由は春の選抜、花園2連覇中の桐蔭学園に敗れた試合にあった。
「(Q.桐蔭学園とやってブレイクダウンの力の差をかなり感じた?)自分たちが早く寄っているつもりでも、2人目あっちの方が速くてボール取られるとか、やりたい展開ラグビーというのが継続できなくて。今回の総体ではまず継続する。ミスをしないのと、2人目の寄りを速くするというのを課題としてやっていくのでそれを出せたらと」
■「ワンチーム」秘訣は監督と選手の信頼関係
課題を克服したい、その思いがチーム全体をヒートアップさせる。すると、この部を象徴とする出来事が起きた。
(練習中、山崎選手に強い口調でミスを指摘する)
「じゃあ確認したらええんやない。お前の言い分聞くよ」
(激しい口調で、山下監督に抗議する)
「入ろうとしたら横って言われたから、ここ空いてないですかって」
(さらに山下監督に意見をぶつける)
「なるべく何でも話せるような関係でいたいと思っている部分もあります。ミスが起こった時に、どこからが間違えたのかというのを紐解けるようにしています」
「『山下監督』じゃなくて、『昂大さん』って言ってるくらいフレンドリーだけど、監督らしく厳しく接してくれるので、人としてもラグビーとしても、成長させてくれるので尊敬しています」
「昂大さんも本当に選手のように僕たちと接してくれるので。本当に、マジでワンチームだと思います。このチームは」
選手と監督の信頼関係がチームを強くする。練習が終わるとほとんどの選手が、グラウンドの近くにある寮へと帰る。
「(Q.みんなラグビーウィークリー見たことある?)ありますよ。佐藤健次(選手)とか見てました。ワイルドな奴ですよね?」
グラウンドを出ると、ちゃめっ気あふれる選手たち。高校生らしい、ピュアな笑顔を見せてくれる。
「(Q.2人とも東京から来てどれくらい大きくなったの?)自分は入学した頃から身長が8センチくらい伸びて、体重は10キロくらい増えました」
「僕は7センチくらい伸びて、体重は12キロくらい。食堂のおかげです」
「ここのご飯のおかげです」
食事の時間は、なによりの楽しみだ。選手たちは英気を養い、決戦の高校総体に挑む。
■早稲田伝統の“授与式”
高校総体・初戦を控える早稲田佐賀高校ラグビー部。春の選抜で見つかった課題を克服するため、最後の調整を行っていた。しかし試合前日、吉廻選手が向かったのはある教室。ラグビー部員が集まり、早朝から自習を行っている。
「(Q.朝練は?)朝練はないです。先輩はやっていたけど、僕は勉強します」
部員にも徹底されている早稲田の精神・文武両道。
この日グラウンドでは、あすの試合で使用するセカンドジャージの授与式が行われた。
水、塩、コメで清める早稲田伝統の儀式だ。
ジャージをもらった選手たちは試合に向けて調整。そして、ノンメンバーとなった選手たちによる走り込みが始まった。
「(試合メンバーは)60分ゲームするんだよ。それと同じ濃さを出さなきゃ。お前らの今日のランニングを見て、あいつらもあす頑張ろうって。それがチームの文化であり、雰囲気の作り方だよ」
「(ノンメンバーのランが)チームのメンバーや選手たちを鼓舞するということを本当に実感していますし、だからこそ緊張と責任が伴ってくる」
ノンメンバーが温めてくれたグラウンド。チーム一丸となって最終チェックを行う。
夜、山崎選手が部屋に案内してくれた。ビデオ通話の相手は母親のようだ。
「お母さん、まずあす総体初戦、鳥栖工とやります。しっかり勝ち切ります」
「けがないように。あすは行けないので念を送ります。決勝は行きます」
「さっきおコメが届いて、いつもプロテインも送ってくれて、体でかくなってます。ありがとうございます。まずは花園出られるようにチームとして頑張るわ」
「頑張って」
離れて暮らす両親への感謝の言葉。そして花園への決意を語った。
■新時代のワンチームへ
高校総体当日、初戦の相手は鳥栖工業を中心とした合同チーム。前半から積極的に攻め込む早稲田佐賀。課題だったブレイクダウンからの継続もでき、得意の素早い展開ラグビーからトライを量産。相手を完封し、勝利を収めた。
決勝の相手は佐賀工業。15人制では、いまだ勝利したことがない。
「春の時点で自分たちがどれだけ通用するのか、もしくは、もう勝てるのか。そこの距離感を測りたいと僕は思っています」
花園予選前、チームの実力を試す最後の場。しかし、相手の猛攻を止めきれず、前半で3トライを奪われる。さらに、エースの吉廻選手が負傷退場する苦しい展開となった。
「12番の吉廻選手が脳震盪(しんとう)途中で代わったのもあるのですけど、何もできない自分たちが悔しかった」
大量点を取られるも、終了間際の1トライが希望をつないだ。
「自分たちの持ち味、展開ラグビーを出せた時にはアタックラインがゲインできたのでそこは通用したのかなと」
「70点差つけられて、今までやってきたことがまだ甘いってことが痛感できたので、花園前に良い経験ができたと思っています」
常に前に進むキャプテン、そんな山崎選手が花園の先に見据えていることとは?
「自分将来の夢は教師をしたい。指導者になりたい。これからの高校生や選手に教えたいと思っています」
「(Q.山崎選手は将来指導者になりたいと)言っていましたね。僕はすごく意外ではあります。こういう立場になっている人間からすると、嬉しくはあります」
監督と選手が、熱く魂をぶつけ合う。その化学反応が、若き才能を次のステージへと押し上げる。
「(Q.あなたにとってラグビーとは?)一番自分を表現できるもの」
「ラグビーがないと楽しくなかった。これからも一生関わり続けたい」
選手と監督が固い絆で結ばれた、新時代のワンチーム・早稲田佐賀高校。超速で進化を続ける選手たちは、佐賀の地に新たな歴史を築くことができるのか。虎視眈々(こしたんたん)と花園を狙う!