高校で楕円球を追う者なら、誰もが憧れる「花園」。歓喜と涙が染みこんだラグビーの聖地だ。その夢舞台へ、あと一歩と迫っているのが、長野県 松本国際高等学校の新進気鋭のラグビー部だ。
強みはパワーを誇る留学生だけではない。未経験でも活躍できるチーム文化が、そこにはある。悲願の初出場へ。北アルプスの麓から花園を目指す、ワイルドな奴らだ。
当初の部員“3人” 未経験からのスタート
雄大な山々に抱かれた長野県松本市。かつての宿場で、今も江戸時代の面影を残す古き良き城下町だ。
ここに、松本国際高等学校ラグビー部がある。創部は、2015年と新しいが、2年連続で花園予選決勝に進出。だが、去年は一歩及ばず、今年、悲願達成を目指す。
チームを率いるのは、依田和也監督。2012年に、松本国際高校に赴任。まずはラグビー同好会からスタートした。今は部員が27人だが、当初の人数は…。
「3人ですね、3人。全員、ど素人からスタートです。1人は『ラグビーをやりたいっす』と言ってくれていた子で、残りの2人は自分の担任のクラスで、ふらふらしている奴を『お前ラグビーやれ』と、『面倒見てやるから、進路まで』と言って、無理やり入れました。当然のことながら無理やり入れられた奴は逃げたりもしますし、迎えに行ったりとか、家まで車でいって、ピンポンピンポンって、っていう頃が一番しんどかったなって思いますね」
部員が足りず、他校との合同チームで予選大会に参加。しかし、当時は、合同チームが優勝しても花園出場が認められていなかったため、単独でチームを作る方法を探ってきた。
そして、4年前にようやく…。
「単独(でチーム)を作るには、野球部を引退した子とか、陸上部とか、卓球部の子たちとか、サッカー部の子たち、僕のクラスの子を何人か集めて、出たという形です。だから助っ人です。助っ人」
2021年、他の運動部から助っ人を借りて単独チームを結成。初勝利をあげた。2回戦は大敗したものの、チームにとっては大きな一歩となった。
しかし、毎回、助っ人に頼るわけにはいかない。人を集めるには、チームを強くすることが急務と考え、国際高校の強みを生かすことにした。
現在の主力は、フィジー留学生、ナンバーエイトのボセナカリ・ペニアシ・セル選手(2年)と運動量豊富なフランカー、ソコヴァカヤワ・ヴァイタコマキ・ブラワウ・タブア選手(2年)の2人。
この日、依田監督が練習に連れてきたのは、体験入部の中学3年生だ。松本国際にとって、体験入部は大事なイベント。この日、参加した生徒はラグビー未経験だったが…。
「来てねって。来てねーという感じです。人数がいて、なんぼのところがあるので、1学年15人はほしいですね」
求める人材は経験者だけではない。初心者を育てる文化が根付いている。現在、部員の4分の1が高校からラグビーを始めた未経験者だ。
「ひとりひとりいつもの2倍、3倍、声を出してやっていきましょう」
大倉空翔キャプテンもその1人。中学までは柔道をやっていた。
「経験者の友達がくれて」
「(Q.何ていう本ですか?)『ラグビー上達テクニック』という、練習のときにも持っていっていたので、そういうところで傷んだりしたかもしれないです」
「自分は体も細いですし、全然足も速くなかったりするので、何かひとつ、武器を見つけたいと」
「(Q.武器見つけました?)武器はやっぱりタックルとか、体を張るプレーかなと思います」
自宅には花園に向けた決意を貼っていた。
松本国際が力を入れているのがタックル。大倉キャプテンは、しぶといタックルでチームのディフェンスの要だ。
花園にかける思いは家族も同じだ。
「空翔が皆を盛り上げて、士気高めてやらないといけないと思うので、それはお前の仕事だから」
「それは分かってる」
「盛り上げて、声出して、やって。この日のためにやってきたからさ」
家族も応援する「花園への決意」。
「(Q.これ(大倉キャプテンが書いた「花園に向けた決意」)はいつのですか?)これね、いつだったっけ」
「こうなっているだろう。こうなっているはずだと想像をすると、その通りになるっていう話を聞いて。とにかく全力で頑張ってほしいなというところです」
「未経験者でもやればできる」
初心者が多い松本国際では、基礎体力をつけるため、筋トレにも力を入れている。
「1年生のときはあまり重たいものも持てない感じでした。90キロくらい、スクワットとかは。今は3年生で180キロ、マックスになりました」
コメを朝は500グラム、夜は1キロ食べるのが目標だ。
「1年生のときは細くて、(体重)50キロ台だったんですけど、今は68とかです。いっぱい、めっちゃ増えたっす」
「未経験者でもやればできる」それがチームの合い言葉になっている。
「私もそうですけど、高校からラグビーを始めています。今までの選手もそういう選手が多くて、ちゃんと3年経てばそれなりのプレーヤーになるのは、今までの経験からもあるので、素人でも十分できると常々思っています。経験をさせることですね。どんどん試合に出しています」
監督の信念が実り、この春、長野県「総合体育大会」で優勝、創部以来、初のタイトルを手にした。
「留学生だけじゃない」勝負の決勝戦に挑む
しかし、この試合、点数に絡んだのは、すべて留学生。「松本国際の優勝は、留学生のおかげでは」との声も聞かれた。
花園への決勝まで、あと2日。ミーティングでは、チームのスタイルを信じ、進み続けることが確認された。
「みんなはさっきも言ったけど、強いねん。周りが、留学生がどうのこうのとか、だから、強くなったんやろ。違うって。やることやっているから、みんな強くなっているねん。体つきから何から何まで変わっているやん。強くなっているねん、その認識をしっかり持ってください。いいですか」
「はい」
「やっぱりでかい留学生がいるから勝ったっていうのは思われたくないし、一人ひとりがキーマンであったりとか、一人ひとりにいいプレーがあって、それが松本国際なんだと思うので、留学生だけじゃないというところを決勝でも見せつけることができたらいいかなと思います」
決勝前日のグラウンド。登場したのは、対戦相手・飯田高校と同じ柄のジャージを着せたタックルバッグ「飯田くん」。
タックルで、「飯田くん」にぶつかり、前に進めていく。全員で気持ちを盛り上げ、勝負の決勝戦に挑む。
花園初出場を目指して 決勝戦へ
迎えた県大会決勝戦。破竹の勢いで駆け上がってきた松本国際高校だが、まだ花園への切符を手にしたことがない。
花園出場をかけた大一番。相手は、去年、決勝で敗れている飯田高校、越えなければならない壁だ。
緑のジャージ・飯田のキックオフで試合が始まる。水色のジャージ松本国際がチェイスする。
開始すぐに、留学生ペニアシ選手への猛タックル。しかし、それをチャンスに変え1年生ロック、石田選手がグランディング。
最初のトライは、留学生の力だけでなく、パスをつないで決めることができた。
しかし、飯田が得意のモールでゴールに迫る。トライを奪われ、同点に追いつかれた。
前半18分、松本国際のチャンス。右に素早くパスを展開。しかし、ここで緊張からかハンドリングミス。キャプテンが声をかけ、仲間を鼓舞する。
その後、お互いにトライを取り合って、前半は、同点で折り返した。
「あと30分、30分にすべてを込めよう」
後半、飯田が再びモールを押し込みトライ。松本国際もトライを返し、2点差を追いかける展開。
キャプテンが相手ディフェンスの間を縫ってゲイン。しかし、飯田も必死に食い止める。
これ以上の失点は許されない場面。キャプテンがタックルで体を張って相手を止める。試合終了まであと2分、必死に守り、最後のチャンスを狙うが、スペースをつかれ、突き放されてしまう。ここで試合終了。19対26で敗れ、悲願の花園へ進むことはできなかった。
「きょうは遠くから応援ありがとうございました。不甲斐ない結果に終わってしまい、申し訳ございません」
「よかったぞ」
「これからも松本国際高校のことをよろしくお願いします。気をつけ。ありがとうございました!」
「1年間、こんな不甲斐ないキャプテンについてきてくれてありがとうございました。本当に悔しいという気持ちもありますし、1年生、2年生は絶対来年ここに戻ってきて、笑って写真撮影をして、12月に花園に向けて頑張って試合をしてくれていることを願っています。3年間ありがとうございました」
ここまで支えてくれた両親に感謝の思いを伝える。
「お疲れ。よかったよ。いい試合だったよ」
「ありがとう」
「自分自身も初心者から始めて、ここの舞台であったりとか、キャプテンを任せてもらえるというところもありますし、(松本国際ラグビー部は)一人ひとりの頑張り次第で成長ができると思うので、そういうところを大事に、後輩たちにしてもらいたいと思います」
「(Q.監督にとって、花園とは何でしょうか?)なんでしょうね。やっぱり簡単に行けるところじゃないよねみたいな、まだ終わりじゃないので、本当に前に進むしかないですね」
決勝から3週間後、グラウンドを訪ねると、そこには、普通なら引退するはずの3年生の姿があった。 進学が決まっているメンバーが練習相手を務めていた。部員が集まらない辛さを誰よりも知っている男たち。松本国際高校ラグビー部に引退はない。
悲願の花園出場へ、後輩のために体を張る、ワイルドな奴らである!
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