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1984年ロサンゼルスオリンピックで、柔道家の山下泰裕さん(当時27)は、けがのなか金を取りました。その後、日本オリンピック委員会の会長としてスポーツ界の発展にも尽力してきました。実は今、大けがを負い、過酷な現実と向き合っています。
温泉での転落事故
松岡修造さん
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
山下さん(69)
「わざわざ湘南キャンパスまで」
「わざわざ湘南キャンパスまで」
松岡さん
「とんでもないです。山下さん、本当に今回、機会いただいてありがとうございます」
「とんでもないです。山下さん、本当に今回、機会いただいてありがとうございます」
3年前、箱根で思いもよらぬ事故に遭いました。
山下さん
「家族で箱根の日帰り温泉に行って、後から分かったんですけど、ヒートショックですよね。露天風呂の一番端っこに座ってたから、息子に『そろそろ上がるぞ』と言って、立ち上がる時にそこから意識がぶつっと切れて」
「家族で箱根の日帰り温泉に行って、後から分かったんですけど、ヒートショックですよね。露天風呂の一番端っこに座ってたから、息子に『そろそろ上がるぞ』と言って、立ち上がる時にそこから意識がぶつっと切れて」
気づいた時には、露天風呂横の2メートル下の崖に転落していました。一命はとりとめるも、首の骨の中にある神経の中心部、頸髄(けいずい)を損傷。
約2年の入院生活で2回の手術。首から上と左手の一部しか感覚がありません。
松岡さん
「山下さん、僕、今から相当失礼な質問をします」
「山下さん、僕、今から相当失礼な質問をします」
山下さん
「何でも遠慮なく。もう本音で!」
「何でも遠慮なく。もう本音で!」
松岡さん
「山下さんは何があっても負けない人、スーパーマン的な感じなんですよ。このけがというもの、事故というのは、山下さんにとって負けなんですか?」
「山下さんは何があっても負けない人、スーパーマン的な感じなんですよ。このけがというもの、事故というのは、山下さんにとって負けなんですか?」
山下さん
「勝ち負けというふうには考えてなくて、それはまた一つの自分の運命だったのかなと。誰にでもいろんなことが起きる。ただ、それをどう受け止めるかはその人次第。周りの人が想像しているよりは、はるかに現実を受け入れることができたと思います」
「勝ち負けというふうには考えてなくて、それはまた一つの自分の運命だったのかなと。誰にでもいろんなことが起きる。ただ、それをどう受け止めるかはその人次第。周りの人が想像しているよりは、はるかに現実を受け入れることができたと思います」
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指導者になり気づいたこと
現役時代、国際大会で生涯無敗。
引退までの9年間負けなしの203連勝。とことん勝ちにこだわり、現役を終えた山下さん。その後、指導者になり、あることに気づいたといいます。
「私もう戦うことは嫌いになっていたんです。ずっと勝ってきたということは、ずっと相手の夢を打ち破ってきたわけでしょ」
「引退後、大学でも監督を務めて、私の教え子が日本武道館での全日本選手権でなかなか勝てない。なんで勝てないのかなぁと思った時に頭に浮かんだのは、この日本武道館には俺に敗れた選手の怨念がうずまいてるんじゃないか」
「これからの生き方は、たとえ私に敗れたとしても、『俺はあの山下と戦ったんだ』ということも、相手が胸を張れる生き方をしなきゃいけないと、そう思ったんですね」
「引退後、大学でも監督を務めて、私の教え子が日本武道館での全日本選手権でなかなか勝てない。なんで勝てないのかなぁと思った時に頭に浮かんだのは、この日本武道館には俺に敗れた選手の怨念がうずまいてるんじゃないか」
「これからの生き方は、たとえ私に敗れたとしても、『俺はあの山下と戦ったんだ』ということも、相手が胸を張れる生き方をしなきゃいけないと、そう思ったんですね」
「私自身のこだわりとしてあったのは、言っていることとやっていることが合わない。そこにギャップがあるのが、一番格好悪い。見苦しい」
「両手両足まひしているけど、できるだけギャップがないようにこれからも生きたい」
「柔道を通して心身を磨き高めて、それを社会生活のなかで生かしていき、より良い社会をつくっていくことにわずかでも寄与する」
「両手両足まひしているけど、できるだけギャップがないようにこれからも生きたい」
「柔道を通して心身を磨き高めて、それを社会生活のなかで生かしていき、より良い社会をつくっていくことにわずかでも寄与する」
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母校の教壇へ復帰
実は、去年から母校・東海大学の教壇へ復帰しました。
「鼻水をかんでもらいながらの授業になるけど、そこは了解ください」
どんな状況であっても信念を曲げない大切さを説いています。
「道場で大切にしていることを日常生活や人生で発揮していく。あいさつ、人の話を聞く姿勢、席をゆずる。いじめられている人がいれば、やめようよと止めに入る」
「単に柔道剣道のチャンピオンになるだけでなく、人生のチャンピオンを目指していく」
「単に柔道剣道のチャンピオンになるだけでなく、人生のチャンピオンを目指していく」
松岡さん
「表に出てこないっていうやり方もある、さらけ出さなくても」
「表に出てこないっていうやり方もある、さらけ出さなくても」
山下さん
「命が残った。その意味とは何なのか。そこを考えた時に、いろんな人の力は借りるけど、自分にできること、その役割を果たしていく。それが、首の皮一枚で命が残った私の務めだろうと」
「命が残った。その意味とは何なのか。そこを考えた時に、いろんな人の力は借りるけど、自分にできること、その役割を果たしていく。それが、首の皮一枚で命が残った私の務めだろうと」
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松岡修造「心が動かされた」
徳永有美キャスター
「山下さんが、ここまで過酷な状況にあったのかということと、それからこれまでずっと強くて優しかった山下さんだからこそ、これだけの山下さんならではの言葉というのが今、伝えられているのだなと胸に来ました」
「山下さんが、ここまで過酷な状況にあったのかということと、それからこれまでずっと強くて優しかった山下さんだからこそ、これだけの山下さんならではの言葉というのが今、伝えられているのだなと胸に来ました」
松岡さん
「皆さん聞いててどう感じたか、僕は本当に心が動かされた。ある意味、圧倒されたと言っていいぐらいですよ。そのくらいの山下さんの中に僕は大きなメッセージがあったなと思いましたね」
「皆さん聞いててどう感じたか、僕は本当に心が動かされた。ある意味、圧倒されたと言っていいぐらいですよ。そのくらいの山下さんの中に僕は大きなメッセージがあったなと思いましたね」
大越健介キャスター
「僕は山下さんにお会いできて良かったなと思いました。JOCの会長時代に東京オリンピック、コロナ禍に見舞われて何とか開催にこぎつけて、その時100年前にアントワープのオリンピックがスペイン風邪の感染症下にあってその時も何とか成功につなげた。自分たちも成功に導きたいんだという強い意思を語っておられて、その意思が衰えていないことに今一番、私も心を動かされました」
「僕は山下さんにお会いできて良かったなと思いました。JOCの会長時代に東京オリンピック、コロナ禍に見舞われて何とか開催にこぎつけて、その時100年前にアントワープのオリンピックがスペイン風邪の感染症下にあってその時も何とか成功につなげた。自分たちも成功に導きたいんだという強い意思を語っておられて、その意思が衰えていないことに今一番、私も心を動かされました」
松岡さん
「強いという意味は山下さんから教わります」
「強いという意味は山下さんから教わります」
(2026年8月21日放送分より)
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