「46%削減」めぐる小泉環境大臣VS経産省の真相[2021/05/08 10:30]

「2030年度に温室効果ガスを46%削減することを目指します」。
菅総理大臣が先月22日に表明した、温室効果ガスの「46%」削減目標。さらに菅総理は「50%削減に向けて挑戦を続ける」とまで言い切った。
発表から2週間余り。「46%」という数値はどのように決まったのか、小泉環境大臣や経産省はどう動いたのか。菅総理自身、「野心的」だという数値決定の裏側にあった“せめぎ合い”を検証する。

◆ 削減値積み上げ 「できるだけ上限に近い数値を」

「現実的に積み上げると、39%。さらに政治判断で45%程度までは積み上げが可能」。
経済産業省でそんな数字が出来上がってきたのは、2月末ごろだったという。

温室効果ガスの削減目標を見直すにあたり、カギとなるのは排出量の8割を超える「エネルギー起源」の部分だ。
経産省では、年明けから、2030年の電源構成を示す「エネルギーミックス」の組み換えがどこまで出来るのか、省エネルギーはどのくらい見込めるのか、議論が交わされた。
日本は、CO2を出す火力発電への依存度が76%と圧倒的に高い。そのため、CO2を出さない再生可能エネルギーの数字を最大限まで引き上げる検討が進められた。

「これまでだったら中央値を取ったが、できるだけ上限に近い数値をとっていくのが野心的」「短期間で、ここまでよく数字が積み上げることができた。」
調整にあたった梶山経産大臣が振り返ったように、「39%」からさらに積み上げるため、まずは再生可能エネルギーについて、達成できるかギリギリの30%台後半(現在は18%)という数字を置いた。また原子力については、今の「エネルギーミックス」の20〜22%という数字を維持。さらに省エネの量では元々の計画から「2割増し」という、ほぼ実現性が見通せないとも取れる数字まで盛り込んだ。

目標数値の積み上げを図る中、経産省が最も警戒していたのが、環境省のトップ、小泉進次郎大臣だった。

◆ 小泉環境大臣「日本の発信、根本的に変えなければ」

「国際社会は高い目標を掲げ、そこまでは頑張ろうと。なのに日本は積み上げでできることしか言わない発想。発信のあり方を根本的に変えなければ世界に刺さらない」

これは去年9月、2050年のカーボンニュートラルを宣言すべきと主張した小泉環境大臣の会見でのコメントだ。当時、小泉大臣は自治体に2050年のカーボンニュートラルを宣言するよう求め、自治体から国を動かす活動を行っていた。それが菅総理による宣言やアメリカの政権交代によって、より活発な動きに変わる。

1月にバイデン政権が発足すると、すぐに気候変動対策のキーマンである、ジョン・ケリー大統領特使と電話会談を行った。その後も複数回行っている。アメリカの考えとズレが生じないようにすることが狙いだという。
3月に新たに気候変動担当に任命されると「担当として、必要な意見は他の省庁に対しても申し上げたい」と自信をのぞかせた。

日米首脳会談や気候変動サミットが近づくにつれて、官邸へ行く機会も多くなった。
記者に対しても「官邸へ行ったのは気候変動のこと」「目標が正式に決まるまではコメントできない」と調整中の数字については語らなかったが、環境省の幹部は「50%の削減を訴えている」と話した。また、政府関係者によると、小泉大臣は「アメリカは50%を求めてくる。削減目標は45%程度、政治的には50%欲しい」と総理や官房長官に求めていたという。

こうした動きに対し、経産省内では「小泉大臣は具体的な数字の積み上げは行わず、全体の目標だけ上げることを求めてくる。自治体がどのくらい太陽光を導入できるかも見通しを出さない。自分の持ち場で出せる数字をまず出して欲しい」という声が聞かれた。
数値の検討状況を小泉大臣側と共有しても、具体策のないまま目標を上げることを求められるのではないかと、詳細を知らせず数字の検討を進める空気が醸成されていった。

◆ 「46%」環境省に伝えたのは発表当日だった

こうした水面下の攻防が続く中、さらに政府内の緊張感を高めたのが日米首脳会談だった。
4月16日の期日を前に「会談では具体的な数値の言及を求められる」「アメリカは50%を視野に入れているので、日本も同調するよう要求されるのでは」などの情報が飛び交った。

しかし、ふたを開けてみると、会談の関心は安全保障に集中。気候変動について目標を迫られるような事態は起きなかった。政府内では、「バイデンは何も言ってこなかった。総理はほっとしているよ。どんな数字を出したって、これで縛られることはない」と安堵する声が上がった。

そして4月9日、各社の報道で「削減目標は45%を軸に調整」との文言が躍る。
実際、官邸と経産省で調整している文書には、欧米との比較や目標値として「45%」と記載。これを軸に進んでいくと目されていた。

しかしある経産省幹部は、「実は、もともと『46%』という数字が腹案だった」と明かす。「2050年の排出量ゼロを目指して2013年から直線を引くと、46%になる。国際的にも
説明がつきやすいし、納得が得られる数字だと考えていた」
ただし事前に数字が出ると、無理に上乗せするよう求める声が大きくなると考え、資料の上では「45%」と記載していたというのだ。

「菅総理と加藤官房長官には、経産省から発表前日に『46%でいきましょう』と最終的に相談し、採用された」という。

政府関係者によると、環境省などの他省に「46%」という数字が知らされたのは22日当日の朝。小泉大臣を遠ざける狙いがあったとみられる。ただ、総理や官房長官が小泉大臣と個別に、数字を巡るやりとりを行っていたのかどうかはわかっていない。

ギリギリまでせめぎ合いが続いた「46%」だが、菅総理はそこからさらに踏み込んだ。

◆ 直前に書き加えられた「50%」

「会議30分前に、総理みずから言及すると決めた」… 政府関係者が語るのは、「50%への挑戦」についてだ。菅総理は温室効果ガス削減目標について、「46%」という新たな数値を打ち出しただけでなく、さらに「50%削減に向けて挑戦を続ける」と表明したのだ。

気候変動サミットに向けて欧米各国が示した削減目標の数値に比べると、確かに日本の数字は低いようにみえる。ただ削減目標は、各国が何年と比べるかを自由に決めることができる。つまり、その国が削減幅を一番大きく取れるところを選べるのだ。日本は、2013年度の温室効果ガス排出量が約14億トンでピーク。各国の基準を2013年で揃えると、欧米も45%程度の削減幅になるという。

それでも総理は「50%の高みに向けて挑戦を続ける」と、あえて「50%」に言及した。
経産省幹部は「目標にとどまらない、46%が上限じゃないんだという気持ちを示したのでは」と分析するが、総理の念頭に直前に首脳会談を行ったアメリカや、小泉大臣の訴えがあった可能性は高い。

環境省では、歓迎の声が聞かれた。小泉大臣が主張してきた「発信のあり方を変えたい」「50%」を、ともに勝ち得た状況だったからだ。
また「目標決定のプロセスをいくら伝えても国民に理解を得られない」「今後どうするか示すのに必死だよ」と、積み上げではなく、実現に向けた取り組みの重要性を強調する幹部もいた。

◆ 再エネを増やす方法、まずは「太陽光」も…前途は多難

では、「46%削減」は本当に可能なのか?
達成に向けて政府は、今後9年で増える余地がある電源として、「太陽光」に目を向ける。ただし、平地でパネルを建てられる場所のほとんどを既に使っていると経産省は説明。今
後の具体的な手法として、自治体が適地を指定する「ポジティブゾーニング」や、太陽光パネルの設置義務化などが取り沙汰されるほか、河野規制改革担当大臣も、荒廃農地の利用にメスを入れた。しかし、それでも30%台後半まで到達するかどうかは不透明だ。

また、菅政権肝いりで最大45ギガワットを導入する計画の洋上風力も、目標としているのは2040年。足下で一気に拡大することは見通せないのが現状で、政策をフル活用して拡大することが急がれる。
 
そして今回、政府が20%以上必要としたのが、原子力だ。
「脱炭素」の文脈では、経産省は原子力の重要性を訴えることを隠さない。梶山大臣は先月、福井県知事と会談した際、「原子力を含む電源を最大限活用」と強調した。同省幹部も、「CO2を減らしましょうという中で、原発なしでどうやってやるのかという話になる」と語る。
ただし、日本は東京電力・福島第一原発の事故を起こした国だ。さらに柏崎刈羽原発での不祥事も相次ぐなど、国民に原発利用への理解が広がっているとは言えない状況だ。

「46%」「50%」と目標を引き上げ、取り組みを進めることは重要だが、実現に向けては高いハードルが待ち構えている。


経済部・中村友美(経産省担当) 社会部・藤原良太(環境省担当)

※写真:内閣広報室撮影

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