「海外出稼ぎで給料2倍」成功談の裏で“未払い”過酷労働も 「若者の日本離れ」現実は[2023/05/03 10:00]

今年のゴールデンウィーク。大手旅行会社の試算によると、海外への旅行者数は20万人に上り、去年の4倍になる見込みだという。

一方で、去年から話題になっているのは、旅行ではない「ある目的」で海外に渡航する若者たちの存在だ。

国内の低賃金や円安を背景に、日本の若者が仕事を求め海外へ−
海外の飲食店でのアルバイトで、収入が日本にいた頃の倍になった−

こういったエピソードが、“出稼ぎ日本人”や“若者の日本離れ”といった鮮烈なフレーズとともに、報じられた。

“成功談”が大きな注目を集める反面、「住める家が見つからない」「最低賃金が守られない」「給料が支払われない」などといった、渡航先でのトラブルも報告されているという。

また、最近は一時期より円安が落ち着いている。巷を騒がせた「出稼ぎ日本人」は、今も増えているのだろうか。

■ホールのバイトで給料「日本の倍」…ネットが騒然

18歳から30歳までの日本国民が海外渡航の際、利用できる「ワーキングホリデー」制度。オーストラリア、カナダ、ニュージーランドなど27の協定国との交流推進が趣旨で、滞在期間中の就労も許される。

このワーキングホリデーを利用して、去年の春、カナダ・バンクーバーに渡航した、ともみさん。日本で会社員をしていたころの給料は、月20万円ほどだったが、カナダの日本食レストランでホールのアルバイトとして週5日・一日8時間ほど働き、収入は日本で働いていたころの“倍以上”になったという。

ともみさん
「毎月旅行に行っても、貯金が50万くらいできたんです。本当にびっくりするくらい貯まっていて」

世界的な観光名所であるナイアガラの滝や、夜景で有名なニューヨークのエンパイアステートビルなどの名所を巡ったともみさん。そもそもは海外生活を経験したいというのが動機で、初めから「稼ぐこと」を目的とした海外渡航ではなかったが、“豪遊”していても予想外にお金が貯まった背景には、現地の高い賃金や、お客さんからもらえるチップ、さらには去年の間にみるみる進んだ円安の影響がある。

去年、テレビ朝日の取材を受けてくれた彼女をはじめ、海外で高収入を得る若者たちがメディアに取り上げられた。すると、SNS上では、その生活を羨む声とともに「日本はオワコンだ」などといった、国内の状況に対する悲観的な声も上がった。

■ストレスで「吐いた」…“おいしい話”だけじゃない?

報道の後、ともみさん自身にもSNSを通じて反響があった。金銭的な目的も含め「自分も海外に行きたい」といったような声が多かったそうだが、ともみさんは、報道されたような“おいしい話”ばかりではないと注意を促している。

「まず、土地代がかなり高騰しています。バンクーバーのダウンタウンで一人暮らしする場合、月20万円くらいの家賃がかかるので。その半額くらいで済む、シェアハウスに住むことが前提になります」

現地でシェアハウスの住人と馬が合わず、人間関係に悩まされる人も多いらしい。共同生活をおくることに抵抗がある人は、この時点で、渡航のハードルは高くなるだろう。

共同生活をすること自体が問題なかったとしても…

「家が見つからなさすぎて、吐いた」

こう話す、ともみさん。カナダに到着してからシェアハウスを探したが2週間見つからず、焦る気持ちに追い詰められたという。

レストランでのアルバイトも、閑散期は早上がりさせられることもあり、その時期は収入も減ってしまう。もしも、現地の閑散期と渡航する時期が重なってしまうと、新たに雇用してもらうハードルも高くなるのではないかと話していた。

■「時給1000円」で重労働、給与未払いも…

ワーキングホリデーの利用をサポートしている「日本ワーキング・ホリデー協会」の真田浩太郎さんは、「“出稼ぎ”を目的としたワーキングホリデーの利用や、関連する問い合わせは、去年から明らかに増えている」と話す。

「これまで、ワーキングホリデーを利用する主な層は、語学などのスキルアップを目指す人たちでした。これとは違う、“出稼ぎ”目的で海外へ渡航する人たちは、去年あたりから現れた新しい層だといえます」

実際、最低時給が約2000円で、休日は給与が倍増するような制度も設けられているオーストラリアでは、ブドウ園で収穫するような業務で月60万円ほど稼ぐ例もあるそうだ。確かに、報道にあるような「出稼ぎ」も可能な環境といえるが、給与を巡るトラブルもいくつか報告されているという。

「オーストラリアのファームで、“時給1000円”で働かされたという話を聞いています」
「手渡しされるはずの給料を、払ってもらえなかったという“露骨なトラブル”も報告されています」

オーストラリア政府も問題視して改善に向けて動いているものの、明らかなオーバーワークを課されたり、最低時給が守られなかったりと、必ずしもルールを守る業者に巡り合えるとは限らないようだ。

■考えるべき「出稼ぎした後」のこと

さらに、「現地でのリスク」よりも起こり得る問題として注意を呼び掛けているのが「日本に帰国してから」のことだ。

真田さん
「ワーキングホリデーは、1年の滞在期間中は何をしてもいいわけで。極端な話、働かず遊び続けてもいいんです。目的・目標を持っていないと何も産まない制度ともいえます」

何となく「お金稼ぎ」のために過ごした海外生活。現地の言葉をあまり使用せず、語学力も大して伸びない人も少なくないという。なかには、そのような環境から帰国して、 TOEICの点数が日本に居た頃より下がってしまう人もいるそうだ。

また、日本の“バブル世代”が持つ「ワーホリ」への印象が、帰国後に就職を目指す際のハードルになってしまうことも…。

「『ワーホリ=遊びにいく』といった認識が強かった世代の人たちが、今、多くの企業で部長・課長クラスになって人事を握っていることが多い。ワーホリをしてきた人たちは、こういう人たちから印象を悪く持たれてしまうこともあります」

今でこそ、語学などのスキルアップを目的に利用する人も多いワーキングホリデーだが、制度が始まった1980〜90年代は、“観光の延長”として利用する人たちも多かった。そんな世代の人たちからすると、「ホリデー」の名の通り、「ワーホリ=遊びに行く」といったような認識が強いのだという。

これといった目標を持たず、日本からの“現実逃避”として制度を利用する人たちは、結果的に苦労している印象とのこと。ワーキング・ホリデー協会は、しっかりと目標を持ったうえでの渡航を強く勧めている。

■日本はもう「オワコン」なのか

円安も背景のひとつに、確かに増えているという海外への「出稼ぎ」。しかし、去年10月の1ドル150円台を超えていたような時期と比べると、円安も落ち着いてきている。

真田さんは、円高の時期でも、渡航前に用意しなければいけない準備費用を安く抑えられたり、日本からの仕送りで得をしたりすることもあるため、海外との最低時給に大きな差がある日本の状況が改善されない限り、「今後も円安・円高に関係なく“出稼ぎ”目的の若者は増えていく」とみている。

先述のようなリスクがあったとしても、「給料が上がらない日本の環境に限界を感じて」「学校の奨学金を返すため」などの動機で「出稼ぎせざるを得ない」と考える若者にとって、海外の賃金が魅力に映るのは自然なことだ。

そんな日本の状況に対し、悲観するのも無理はないが、真田さんは「若者の目が海外に向くことは、日本にとってメリット」と話す。海外の環境を体験することで初めて、「日本の良さ」「故郷の良さ」を実感し、帰国後に地元での就職を選択する人もいるそうだ。

冒頭で紹介したともみさんは、ビザの関係で今年3月に日本へ帰国。伸ばした語学力を生かし、貿易関係の仕事をしている。日本食がおいしいことや、上下関係がはっきりしている点など、「日本が好き」だと語っていて、今後は日本を拠点に、インテリアコーディネーターの資格をとって国内外の人にサービスを提供したいそうだ。

一昔前とは様変わりした『ワーキングホリデー』。海外で働くことのメリット・デメリットをしっかり考えたうえで、若者たちが、今の日本を改めて見つめなおす機会になれば良いのではないか。

テレビ朝日報道局 稲垣保武

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