“雪国の移動販売人”買い物弱者の暮らし支える 倒れた兄の思い引き継ぎ…エリア拡大
[2024/02/17 17:00]
豪雪地で奮闘する“雪国の移動販売人”。大雪で交通が混乱し、時には吹雪のなか徒歩で配達することもあります。ただモノを売るだけじゃない、奮闘の舞台裏を追跡しました。
■交通混乱…大雪のなか徒歩で配達
岐阜県飛騨市の山あいに位置する神岡町が舞台です。「特別豪雪地帯」に指定されるこの町では、多くの家が重い積雪に備え、瓦ではなくトタン屋根です。
赤いトタン屋根のレトロな街並みが特徴ですが、冬になると一面が雪に覆われた銀世界となります。
「お年寄りの方でも雪かきして、一生懸命やっている人が多い。65歳以上の人がほとんど」
住民は、およそ7000人。その半数を65歳以上の高齢者が占める過疎の町で、移動販売人・坂本佳祐さん(39)が買い物弱者の暮らしを支えています。
「皆けいちゃん、けいちゃん呼んどる」
「けいちゃんのおかげで食べとるの」
“けいちゃん”の愛称で親しまれる雪国の救世主。冬はトラブルが頻発します。
突然、移動販売車を降り、歩き始めたけいちゃん。前方では雪道にハマり、立ち往生した車が道をふさぎ通れなくなっています。
「ダメ。スタックしています。戻ってください」
すぐさま、後続車に状況を伝えるけいちゃん。そのまま、警察に通報し、救助を依頼しました。もちろん、手にはお客さんに届ける商品を持ったままです。
「登りで2台止まっていて。車を今、誘導している。知らない車が次々と上がってきてしまって」
冬場は、こうした事態が日常茶飯事だといいます。雪のなか歩いて、常連客におでんを届けました。
「雪が降るでね。アンタに申し訳ないと思うの」
「とんでもない。雪国生まれ雪国育ち。『雪が降って来られない』って言ったら笑われてしまうで」
「ありがとな」
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■週5日、一日およそ40カ所で移動販売■週5日、一日およそ40カ所で移動販売
この日は、大雪警報が発表されました。
「怖い怖い怖い。先にわだちがあるので、アレを目指して」
この時期は移動だけで、神経をすり減らす毎日です。
この町出身の“けいちゃん”は、移動販売を続けて8年経ちました。
「『一日まわって話しているだけやろ』みたいに言われるけど、その裏には結構色々ありまして」
その一日は、まだ朝日の上らない午前6時前から始まります。
一人暮らしの高齢者に人気のお惣菜を、けいちゃん自ら手作りしたら、休む間もなく午前7時にトラックに商品を積んでいきます。
「(バナナの)中はきれいなんですけど、外がこうやって(黒くなる)。この辺では『風邪をひく』って言う」
寒さによる変色を「バナナが風邪をひく」と言うそうです。
「ごま油」が、完全に凍ってしまうほどの寒さ。この日は氷点下11度のなか、午前9時に出発です。
移動販売は週に5日、一人暮らしの高齢者が多い地域を中心に一日およそ40カ所を回っています。
「ここで色々なものが買えるから、ありがたいなーって。車を運転しないから。なくてはならん人」
「持ってくで」
「いい」
「転ぶよ。持ってくって」
「とうとう持って行ってもらった。いつも配達してくれる」
心配のワケは、この大雪。高齢のお客さんを気遣い、商品は玄関先までお届けします。
「(玄関先で転倒)ダメや」
どれだけ注意を払っても、気を抜く暇はありません。
「ありがたいの。こんなばあさんに優しくしてくる人は、どこに行ってもいない」
安心して買い物をしてもらうためにも、行く先々で雪との戦いです。
「ご年配の方なんで、なかなか雪重たいからできない」
ただモノを売るだけではありません。
「元気に歩いていた人が杖をついていくようになり、今度は手押しぐるまを押して行くようになり、この町でも買い物に困る人がいっぱいいるかもしれない。地域貢献って言ったら言葉が大きいかもしれないけど。育ててもらった町に何かお返しをしたい」
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■販売エリアを拡大 そのワケは?■販売エリアを拡大 そのワケは?
早朝6時から12時間。お客さんのため全力疾走のけいちゃんは、自宅に帰れば2児のパパです。
「4つずつ入れた箱が6箱あります。こんな難しい計算するの?」
「優しいお父ちゃんです」
妻のユウさん(36)は、高齢者のため奮闘する夫を誇りに思っているといいます。
「朝早くて夜遅くまでやっていて、ずっと忙しい。サポートができれば、いくらでもやります」
実は、けいちゃんの移動販売は忙しさを増していました。
以前は神岡町だけだった販売エリアを隣町まで広げていました。
そこには、移動販売を待つお客さんだけではなく、ある人への強い思いがありました。
「本人はやり続けたかったのに、やめなきゃいけなかった。僕が引き継がなきゃいけないなって」
初めてけいちゃんを取材したのは4年前。当時、一緒に奮闘していたのが、けいちゃんの兄・坂本良威さん(よしさん)でした。
「こんなに感謝される商売ってあるんだな。『ありがとう、ありがとう』って、すごい言ってくれて」
元々、東京でサラリーマンをしていたよしさんは、ふるさとのため奮闘する弟の姿に刺激を受け、脱サラしUターン。自らも移動販売を始めました。
「こんなばあちゃんを大事にしてくれる、ありがたい。大事にしてくれるよ。優しいもんな」
「(Q.よしさんは、どんな存在?)友達かな。恋人かな(笑)」
けいちゃんとよしさん、2台で回る移動販売は、より大勢の買い物に不自由する高齢者の暮らしを支えていました。
でも今、この町によしさんの姿はありません。
「兄ちゃん元気?」
「元気にしていますよ」
「良い人だった。お兄ちゃんが来てくれていたの一番初め。具合が悪くなったもんで、弟さんが来てくれるようになった」
実はよしさんは、脳梗塞(こうそく)で倒れ、2年前から名古屋でリハビリ生活を送っています。
「ただがむしゃらに働いていたんですけど、結果的に倒れてしまった。戻りたくても戻れない。やっぱり(弟が)回ってくれているのは、地域の皆さんを結果的に助けていることにもつながる。ありがたいなと思っています」
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■燃料代高騰するなか…客は年々減少■燃料代高騰するなか…客は年々減少
この仕事を続けたかった、兄・よしさんの思いを背負い、兄が大切にしていたお客さんたちに不自由な思いをさせたくないといいます。
「あの人たちが来ないと、何にもしゃべることがない」
以前の松永さんは、よしさんとの何気ない会話が、何より楽しみだったといいます。
兄のよしさんがしていたように、ちょっと長めにおしゃべりすることを心がけているそうです。
「ホウレンソウある?」
「あるよ。松永さん自分で料理するの?あんまりもうせん?」
「するよ」
「えらいな」
「ご飯炊いて、味噌汁作って」
「嫌なことも言わんし、楽しい人やよ」
「けいちゃんは一生懸命、地元のために不便な所も行ったりしてえらいで。買ってやろうって」
販売するエリアが広くなっても、売り上げが増えるわけではないのが、つらいところ。燃料代が上がる一方で、お客さんは年々減っているといいます。
「今減って110人くらい。初めのころは150人くらい。施設入ったり、入院されたり、やっぱり減ってきている」
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■事故で通行止め6時間 どうする?■事故で通行止め6時間 どうする?
この日、それでも買い物弱者を支えるけいちゃんの信念を目の当たりにすることになりました。
「(通行止め解除が)6時間とかもっと…」
「そんなに!?」
大型トレーラーとワンボックスカーの正面衝突事故に遭遇しました。長時間の通行止めに巻き込まれてしまいました。
「これはどうしようかな。なかなか初めてかもしれない事故で…」
普段なら10分で行ける道も、迂回(うかい)すれば1時間半以上かかりそうです。すると、けいちゃんは常連客へ電話をし始めました。
「1〜2時間遅れると思います」
「きょうは家にいる。いつでも良いよ」
「またあとで行くで、待っとってね」
迷うことなく迂回路へ。いつものテンションで、常連客の元に向かいました。
「お待たせしてすみません。ありがとうございます、待っていただいて」
「2610円です」
結果、往復4時間かけても、売り上げは普段より少なかったようです。それでも…。
「お客さんを自分で選んでいるわけじゃない。信頼されているのを肌で感じるし。モノを売るよりかは何かをお客さんに届けて、自分ができる最大限のことを生きている限りしていきたい」
「どう、名古屋?」
「寒いよ」
今も、気持ちはお兄ちゃんと二人三脚で…。けいちゃんは、お客さんに笑顔を届けています。