ウクライナ侵攻 背後の情報戦(4) 中国の“裏切り”と「台湾有事」[2022/03/13 20:00]

ロシア軍に徹底抗戦するウクライナ。
実はウクライナはロシアによる侵攻後、中国に停戦の仲介を期待したことがあった。
3月3日、ウクライナのクレバ外相が中国の王毅外相に停戦交渉の仲介役を期待する発言をしたのだ。
ウクライナ侵攻の裏側で繰り広げられていた情報戦、シリーズの第4回は、中国はどう動いたのか、どう動くのか、検証する。

■ 「飛沫も共有?」プーチン氏と習近平氏の親密

ウクライナが中国に期待する理由はそれなりにある。軍事的台頭著しい中国だが、初期の軍事技術を支えたのは実はウクライナだったからだ。航空機エンジン、艦艇用エンジン、空対空ミサイルのほか、中国最初の空母となる「遼寧」の土台となる船体を提供したのもウクライナだ。ドイツのキール大学アジア太平洋戦略安保センターのサラ・カーチバーガー氏はニューヨークタイムズの取材に対し「ウクライナが退役空母をあの時提供していなかったら、今日、中国は空母を運用できていなかっただろう」と指摘する。2008年の北京五輪の際は北京の防空をウクライナ製の地対空ミサイルが担ったとも伝えられている。
しかしウクライナの淡い期待とは裏腹に中国の態度は初めから明らかだった。

ウクライナ侵攻の20日前となる2月4日、北京を訪れたプーチン大統領は習近平国家主席と会談して蜜月ぶりをアピールした。共同声明では米欧などの民主主義勢力との対決姿勢を打ち出し、核心的利益、国家主権、領土に関わる問題で中ロがお互いに支持し合うことも確認している。

要はアメリカなどの介入が予想される問題で、ロシアはウクライナ問題、中国は台湾問題で専制主義国家同士で孤立しないよう、協力し合いましょう、という約束だ。
注目すべきことに2時間半続いた会談では両首脳ともマスクなし。PCR検査結果のロシア側への提出を拒否したフランスのマクロン大統領を長大なテーブルの端に座らせたのとは打って変わって、プーチン大統領は習近平国家主席とはマスクなしの近距離で文字通り、飛沫も共有しながらの親密ぶりをアピールした。
「一番困ったときに誰が本当の友人なのか。中国は敵ではないが友人でもないことがわかった。敵と友人の間のどこかだ」(キエフにある陸軍軍縮センターのユーリ・ポイタ氏、3月10日ニューヨークタイムズ)というウクライナ。
もとより中国に淡い期待を寄せることが間違いだったのかもしれない。やっぱりと言うべきか、中国は「力の論理」でロシアとの連携を選んだのかもしれない。

■ ある中国外交官のつぶやき

その答えをはからずも当の中国の外交官が教えてくれていた。
「ウクライナ問題から銘記すべき一大教訓:弱い人は絶対に強い人に喧嘩を売る様な愚かをしては行けないこと!仮に何処かほかの強い人が後ろに立って応援すると約束してくれてもだ」(原文ママ)。
ウクライナ侵攻があった2月24日。在大阪の中国総領事が自身のツィッターに書き込んだ内容だ。

中国ウォッチャーの、ある国の外交官はこの総領事が「勇ましい発言をする『戦狼」外交官で有名な人」だと教えてくれた。「本来、外交官というのは任地の国との関係発展に力を尽くすものだが、この外交官は任地の日本のことなんかよりも、北京にアピールすることに余念がないのだろう」と解説する。
ちなみにウクライナ侵攻は「弱い人が強い人に喧嘩を売った」のではなく、強い人が弱い人に一方的に喧嘩を売ったものだが、中国は開戦前から「強い人」につくことを決めていたのかもしれない。

■ 中国の“裏切り”とアメリカの怒り

2月25日付のニューヨーク・タイムズはバイデン政権がウクライナを侵攻しないようロシアを説得することを中国に頼んでいたと報じている。この報道によれば、アメリカ側はロシア軍が集結していることを示す機密情報まで中国側に開示して複数回にわたって説得を依頼したが、ことごとく中国側はこれに懐疑的な姿勢を見せて拒否。この記事に出てくる米政府当局者の言葉を借りれば、中国はアメリカが提供した機密情報をロシア側に流すことすらしていたという。

ウクライナが大国ロシアに蹂躙されることがないよう、潜在的敵国である(刺激的な言い回しだが、実態を見ればそうだろう)中国に機密情報を開示してまで頭を下げる、という低姿勢はアメリカらしからぬ動きだ。それだけアメリカも必死だったのだろう。
中国はそうしたアメリカの、なりふり構わぬ必死の説得を袖にしただけでなく、受け取った機密情報を裏でロシアに流していたことになる。

中国による「裏切り」ともいえる態度がよほど腹に据えかねたのだろう。
アメリカの情報機関からのリークによる報道は続いた。今度は中国が「北京冬季五輪の開会前にウクライナ侵攻をするのはしないでくれ」とロシア側に求めていたというもので、またもやニューヨークタイムズが米欧の情報機関の報告書にある記載として報じた。当然これはアメリカ情報機関によるリークであろうし、軍事侵攻の食い止めよりも、大過ない五輪の開催という自己都合を優先させた中国に対するアメリカの怒りだと解釈していいだろう。

一方、中国側は「完全な偽情報」(中国外務省・汪報道官)だと、この報道を全面否定している。全面否定という中国リアクションのいつものパターンだ。インテリジェンス関係者と話をしていると「これは決してうまいやり方ではない」といつも話題にのぼる。
実際、日常生活においても全面否定はかえって嘘臭く聞こえることが多い。事実関係を認めるところは認めつつ、核心的な部分(譲れない部分)はエビデンスやディテールを添えて否定するのが説得力のある反論というものだ。ここは確かにこういうやり取りはあったが、こういう話をしていたもので、ご指摘の点などは話題にのぼっていない、といった具合だ。
「憶測だ、偽情報だ」、場合によっては「欧米の陰謀だ」といつもの通りに全面的に否定する強い防御反応はむしろ、一点の真実を含んでいるから激しく反応しているのでは、という疑問を呼ぶ。かえって間接的に報道内容を認めているようなものかもしれない、という議論は中国政府内でないのだろうか。いつも素朴な疑問をおぼえるのである。

■ ウクライナ侵攻で浮かび上がる「台湾有事」

専制主義国家同士、世界からどう見られようとも連携を深める。ウクライナ侵攻が浮き彫りにした、もう一つの薄暗い現実だ。

「中国政府高官たちがこの陰謀論を振りまいていることをアメリカ政府はわかっている。」
3月9日、ホワイトハウスのサキ報道官はツィッターで公然と中国を批判した。「アメリカとウクライナが共同で化学、生物兵器をウクライナ国内で開発している」というロシアの駐英大使館によるツィッター投稿に対する反論だ。
CNNは中国の国営テレビCCTVもこのロシアの投稿を報じていることを伝え、中国の国営メディアはウクライナがアメリカの傀儡で、ロシアではなくむしろウクライナの方が脅威を与えているという印象を広めようとしていると指摘した。さらには中国メディアがウクライナ攻撃に参加しているロシア軍に同行取材していることも報じている。
これまではニューヨークタイムズなど大手メディアにリークすることでアメリカ政府の主張を非公式に発信する穏当なやり方をとってきたが、3月9日を境にアメリカ政府が公然と中国のロシアとの連携を批判し始め、主要メディアもこの流れに加わった形だ。

ウクライナ侵攻でも存在感を示す中国。そして警戒を強めるアメリカ。
潮目の変化はこれだけではない。
アメリカの安全保障アリーナでは将来の台湾有事に備えて、ウクライナ侵攻からどんな教訓を学ぶべきか、という議論がすでに始まっている。

「ウクライナ侵攻 背後の情報戦(5)」では、日本は何をすべきなのか、考える。

ANN ワシントン支局長 布施哲(テレビ朝日)

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