ウクライナ侵攻 背後の情報戦(5) 「日本に核攻撃」のリアル[2022/03/15 20:00]

ウクライナ侵攻でも存在感を示す中国。
アメリカでは既に、この事態から将来の「台湾有事」への教訓を見出そうという動きが出ている。
ウクライナ侵攻の裏側で繰り広げられていた情報戦、シリーズ第5回は、「日本は今、何をなすべきか」、考える。

■ それでも「最大の脅威は中国」だ

3月9日、アメリカ下院軍事委員会の公聴会。
民主党のスミス委員長は開会のあいさつで「中国の極めて危険な好戦的姿勢を見ていれば、ロシアによるウクライナ侵攻と中国による台湾侵攻は重ね合わせて見ざるを得ない」と口火を切った。
米インド太平洋軍司令部のアキリーノ司令官は、議員からウクライナ侵攻で中国が学んだ教訓は何だと思うかと問い質されると遠回しな表現を使いながら、侵攻に伴うロシア軍の犠牲者数の多さ、国際社会の一致結束した抵抗と反対、国民にかかる経済的負担の3つを挙げた。この3つが台湾侵攻を検討する際の中国の戦略計算に影響を与える変数になり得ると、間接的に指摘した形だ。
加えて中国による台湾侵攻を抑止するには強力なアメリカ軍部隊を前方展開させることが重要だとも述べている。

ウクライナ侵攻が起きてもなお、アメリカの脅威認識は変わらない、ということなのだろう。
最大の脅威はロシアではなく中国である、と。

■ 7年以内に「米中の対決」という想定

この点、アメリカ海軍は特に明快だ。アメリカ海軍副作戦部長のレスチャー提督は中国による台湾侵攻に関連して3月3日の下院軍事委員会において「アメリカ海軍としては2020年代を最も懸念すべき時期だと捉えている。リスクが最も高まる時期であり、それに対応できるよう備えを進めている」と踏み込んでいる。
これは事実上、アメリカ海軍は2020年代が終わるまでの間に、つまり今後7年以内に中国との対決があると想定して準備を進めている、と言っていることに等しい。
ケンダール空軍長官もまた同じ日に開かれたアメリカ空軍協会主催のイベントで「ウクライナ侵攻が起きたが、最大の差し迫った脅威は中国だ」とはからずも歩調を合わせている。
ウクライナ侵攻は世界の耳目を集めているが、アメリカが最も警戒の眼を注ぐ相手は全く変わっていない。主敵は中国である、と。
(ちなみにある欧州の外交官は筆者に対して、この強い経済制裁の背景には将来、中ロ2国の脅威に同時に対処しなければならなくなるリスクを軽減するために、アメリカが強力な経済制裁で最大限、今のうちにロシアを弱体化させておきたい狙いがあると解説している)。ウクライナ侵攻は台湾侵攻と無関係どころか、多くのインプリケーション(含意)が読み取れる、というのがアメリカの立場だ。むしろウクライナ侵攻から中国が何を学び、アメリカが何を学ぶべきか、という台湾有事を想定したリアルな検討を始めている。

■ 浮かび上がる「小型核」のリアル

その中でも重い課題が中国の核兵器、とりわけ小型核だ。
プーチン大統領が核戦力の警戒態勢を上げることを示唆する発言をして以来、アメリカでは小型核が使われる脅威が公然と議論されている。たとえばCNNの生出演時に連邦議員、軍事専門家、現場の記者などが、プーチン大統領が戦術核を使う可能性について驚くほどオープンかつ活発に議論している。その多くは可能性が低いが、可能性は確実に存在する、というものだ。
そして現役軍幹部からもー。
3月8日、上院軍事委員会に出席したアメリカ海軍所属のリチャード提督。アメリカの核戦力の運用を担当する戦略軍司令部のトップだ。リチャード司令官はあらゆる核戦争のシナリオに備えてきたことを強調するとともに、今回のウクライナ侵攻のような通常戦争における限定的な核攻撃に対応する訓練もしてきたと明らかにした。

ロシアが通常戦力での劣勢を挽回するために小型核を使う可能性を公の場であっさりと認めたことに筆者は少々驚いたが、これが今のワシントンの空気だ。確率はともかく、可能性が少しでもあれば備えをする、ということなのだろう。
続けて同司令官は中国が核兵器を「息をのむほど拡張」させていると警鐘を鳴らしている。「毎日、中国が核兵器を使用する際の思考回路、判断基準について考えを巡らせている。我々がどう動けば、彼らが核の使用を思いとどまるだろうか」と、きわめて率直に中国の核の脅威と日々、向き合っていることを語っている。

■ 「日本に核攻撃」の現実味

台湾有事でも中国の小型核が使われるシナリオに備えるべき、だと指摘するのが、ワシントンDCにある大手保守系シンクタンク、ハドソン研究所の村野将研究員だ。核戦略を専門とする村野氏はアメリカの核戦略コミュニティに人脈を築いている数少ない日本人である。

アメリカ戦略軍やNATO軍司令部の幹部が参加して行われる対ロシア紛争をめぐる議論にも頻繁に参加している村野氏は「軍事合理性に基づいてプレイヤーがシミュレーションを重ねていくと、対ロシア紛争シナリオではポーランドに対するロシアによる核恫喝を受けて、西側は手詰まりに陥ってしまうことが少なくありません。この過程で選択を間違えると、ワルシャワは壊滅してしまいます」と指摘する。

ポーランドが狙われる理由は主に2つあるという。NATO軍が対ロシア作戦を展開するうえで部隊の集積、編成、補給、出撃の拠点となるのがポーランドであり、そこを叩く軍事的意味があること。そして、2つ目は全面核戦争のリスクを招く米本土や米領土に対する核攻撃は避けながらロシアの強い意志を伝え、アメリカやNATOに停戦を強いるという戦略的な理由があるという。
「対ロシア紛争でのこうした結末は台湾有事で起きても決しておかしくありません。中国のドクトリンや専門家の議論をみると、通常戦争から核使用にエスカレートすることも排除できません」
では台湾有事で中国の核攻撃のターゲットになるとすれば、どこか。
台湾だろうか?
「日本です。アメリカ軍の基地が集まる沖縄もそうですし、場合によっては横須賀、厚木の各基地を抱える首都圏も考えられます」。
ただ、まず最も懸念するべきことは核の使用を匂わせる「核の脅し」だと指摘する。
「在日米軍基地の使用を禁止させればアメリカ軍の動きを封じ込められますから、核の使用を匂わせて日本政府に対して中立宣言や在日米軍基地の不使用を宣言させようとすることが最も考えられるシナリオです。つまり、日米は核エスカレーションが常に起こりうるという“核の影”の下で、中国との通常戦争を戦わなければならない。この現実を直視する必要があります」。
ウクライナで起きた「まさか」が、台湾で起きない保証はない、ということなのか。

■ 日本が高めるべきは「安保リテラシー」

アメリカはすでにウクライナから将来の台湾有事に備えた教訓を学ぼうとしている。インテリジェンスを駆使しながら懸命に状況に対応しようとしていることもすでに記した通りだ。大国ロシアの攻撃を受けるウクライナもまた命がけで知恵をしぼって生き残ろうともがいている。
日本はどうか。
安全保障は日本人が苦手としてきた分野であることは間違いない。重箱の隅をつつくような法的解釈論や結論ありきのイデオロギー、“べき論”が大手をふり、時には現実からかけ離れた好き嫌いの感情論が先行するきらいもあった。
一方、世界の現実はものすごいスピードで私たちの想定、想像を上回る展開を見せる。専制主義国家が決意すれば、いつウクライナ侵攻と同じ事態が東アジアで起きてもおかしくない、しかもそれを止める術はほとんどない。ウクライナ侵攻が教えてくれているのは、そうした厳しい現実であり、アメリカは冷静にそれを織り込みながら動き出している。
感情論でも単なる法律論でも、無批判なアメリカ追従でもない、世界のリアルに対応できる安全保障のリテラシーを高めていけるか。
日本がウクライナ危機から学ぶことはあり過ぎるほど、ある。
なぜなら、明日は我が身、だからだ。 (了)

ANN ワシントン支局長 布施哲(テレビ朝日)
テレビ朝日政治部記者などを経て現職。防衛大学校大学院卒業(安全保障学修士)、フルブライト奨学生として米軍事シンクタンクCSBAで客員研究員。主な著書に『先端技術と米中戦略競争』など。

画像:14日 攻撃されたキエフの住宅からの救助活動(ウクライナ非常事態省のツイッターから)

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