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2022年3月20日 11:00

ウクライナ侵攻 軍事動向を読み解く(1)ロシア軍の作戦 キエフと東部・南部戦線

2022年3月20日 11:00

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ロシア軍による激しい攻撃がウクライナ各地で続いている。
両国による停戦協議も行われる中で、ロシアの侵攻は今後、どのような展開を見せるのか。首都キエフ周辺での攻防、ウクライナ西部で激化するロシア軍の攻撃、そしてアメリカの支援など様々な要素を検討し、ANNワシントン支局長の布施哲が読み解く。

◆ 「キエフ死守」がウクライナの最優先課題

ウクライナでの戦闘の特徴は、都市部の奪い合いが展開されているという点にある。
ロシア軍は当初、電撃作戦を展開して首都キエフを数日後に陥落できると考えていた。しかし、予期せぬウクライナ軍の抵抗によってロシア軍の動きは停滞している。
一方で、ウクライナにとっては、ロシア軍の攻撃によって物理的にも政治的にも“分断国家”にさせないことが、当面の最優先課題だ。近い将来、現在行われている停戦協議が妥結に向けた大詰めを迎えた際、ウクライナが国家としてどんな体裁を保っているのか、どのような状態で停戦協議に臨むことになるかによって、ウクライナのロシアに対する交渉力が左右されるからだ。

もし、首都・キエフが陥落すれば、ロシアによる傀儡政権が樹立される可能性が高い。そうなればゼレンスキー政権(あるいは正統政府)はウクライナの西部に、場合によってはポーランドに退避をして、亡命政権を樹立することになる。傀儡政権と亡命政権が並列するなかで停戦協議を行うことになれば、ウクライナにとっては、政治力や交渉力が上のロシアを相手にさらに不利な折衝が予想される。ウクライナとしては、このようなことだけは避けなければならない。

ウクライナにとって、“絶対に負けられない戦い”である首都・キエフの防衛。
ロシア軍は主に3つのルート、北西、北、北東からキエフに迫っている。その中でもキエフに近づいているのは2つのルートで、1つ目は、北西部ルート。キエフの中心部まで、およそ15キロ地点まで迫っているといわれている。
ただ、少なくとも1週間程度は活動があまりみられず停滞をしていると、アメリカの国防総省はみている。

◆キエフ包囲への主要2ルートでのロシア軍停滞

衛星写真で有名になった、長さ50から60キロといわれる車列。この北西方面にいるとされている補給の車列も動いている形跡はなく、停滞していると国防総省はみている。一部は攻撃を避けるために森に退避しているという情報もある。いずれにしても、燃料や弾薬を輸送しているこの車列がウクライナ軍の攻撃によってか、燃料不足になっているのか、何らかの理由で動けないことから、首都キエフを包囲しようとしているロシア軍の戦車部隊に補給が届かず、キエフ攻略の停滞につながっているものと見られている。

そして、2つ目のロシア軍の進撃ルートである北東方面は、市の中心部からおよそ20キロから30キロの地点が先頭だといわれている。

北西と比べて、北東部分の戦闘は非常に激しく、これまでにロシア軍は3人ないし5人の将軍が死亡したとされているが、1人はこの北東ルートを巡る戦いでの戦死といわれている。暗号通信がない通信機を使っていた将軍がウクライナ軍に位置を特定されて攻撃を受けたという説も出ている。大佐クラスの戦死も報告されていて、短期間でこれだけの最高幹部クラスの戦死が相次いでいる背景には、部隊の動きが停滞し士気も低下している中で、将官クラスや佐官クラスが部隊を鼓舞する意味から前線に立つことが増えていることも背景にあるとみられている。

そうした中でアメリカ国防総省はロシア軍の一部に部隊の立て直し、再編成する兆候があると見ている。イギリス国防省も海外を含めた他の地域から増援を呼び寄せる動きがあると分析している。特に火砲をキエフ周辺に集中配備しようとする動きが出てきており、キエフ攻略がロシア軍にとっても最重要目標であることをうかがわせている。

◆戦局を握るベラルーシは参戦するのか

首都キエフ攻略にはまだ時間がかかるとみられる中、戦局を左右する動きとして注目されるのはベラルーシ軍の動向だ。

ウクライナ国境沿いに待機しているといわれているベラルーシ軍。アメリカ国防総省は、ベラルーシが現時点で動き出す兆候はないと予想しているが、ロシア側は参戦を要望していると見られている。キエフ攻略のための出撃拠点として自国領土をロシア軍に提供した経緯を考えれば参戦の可能性は消えない。今後参戦することになれば、兵力不足で困っているロシア軍の助けになることは間違いなく、首都キエフを「包囲する輪」も狭まっていくだろう。

特に、キエフの南側に回り込む戦力をロシア軍は必要としている。南側は今のところ包囲できておらず、ポーランドからの武器支援や補給のルートが通っていると見られている。ここを抑え込めば東西南北から全周包囲できることになるだけでなく、補給路も遮断することができて、兵糧攻めの態勢が整うことになる。

逆にウクライナから見れば、全周包囲の阻止はキエフ防衛の絶対条件となる。早晩、キエフ包囲網が狭まれば、ロシア軍が市内に侵入を開始して市街戦が始まるとアメリカの専門家たちは見ている。市街戦は防御側有利とされ、防御1に対して攻撃側は8の兵力が必要だという専門家もいる。建物ひとつひとつをめぐる戦闘は凄惨を極め、民間人被害も飛躍的に増えるだろう。水も食料も電気も薬も止められての市街戦と兵糧攻めで犠牲になるのは民間人である。

こうした中、ロシアのウクライナ侵攻から23日目となる18日、ウクライナ陸軍はキエフ侵攻の2つのルートを遮ることに成功したと発表した。この2つのルートでロシア軍は完全に停止しているという。事実であれば、キエフの抵抗は続けられ、市街戦が避けられる可能性も見えてくる。

◆支配できなければ破壊してしまえ?…第2の都市・ハリコフ

そして、東部の戦いでは、ウクライナ第2の都市・ハリコフを巡る戦闘も激化している。
ロシア軍はハリコフを包囲しているが、今のところ市内には入り込めておらず、ウクライナ軍の強い抵抗で、ハリコフ占領には至っていない。

市内は、既に通信とインターネットが遮断されているとの情報もある。ロシア軍が市内に入れない代わりにミサイルや多連装ロケットを使った攻撃を加え、民間施設の被害が拡大している。こうした中起きたのが、3人が死亡した最大の市場や大学への16日の砲撃だった。市内を占拠できないのであれば、都市そのものを破壊してしまおうという意図すら感じられる。

◆クリミア半島“陸上連結”狙う…激化する沿岸部の攻防

南部の動きも非常に活発だ。首都キエフや東部と比べてロシア軍の動きが大きい。

南部の港湾都市・マリウポリは、北と西からロシア軍が迫り、包囲されている。
アメリカの国防総省は、マリウポリがほぼ孤立状態にあるとみている。ただ、ウクライナ軍が非常に強い抵抗を示しているため、ハリコフと同様に市内にロシア軍の侵入を許していないと見ているが、ロシア側は市内の占拠を報じるなど情報が錯そうする混戦となっている。米CNNは1日あたり50〜200回にわたる空爆により建物の8割が破壊され、35万人がシェルターに退避していると伝えている。ここでもハリコフ同様、徹底的にインフラや民間施設を破壊する攻撃をおこなっている。ロシア軍はシリアでも同様の都市破壊をおこなっているが、ここでも「支配できないのなら破壊してしまう」という作戦が見て取れる。

重点的にマリウポリ攻略を狙う背景には親ロシア系の武装勢力が支配しているドネツクと、実効支配をしているクリミア半島を陸上で連結させるため、沿岸部の占領地域拡大を狙っていることがあるのは明白だ。まさに、マリウポリ攻略はそのためには避けて通れない位置にある。

そして、クリミア半島の西側では、ミコライウに対する圧力も強まっている。ロシア軍は西側にも進軍して沿岸部の占領地を拡大させようとしている。

ただ、ミコライウに向かっていたロシア軍の一部が、攻略がうまくいかないなか、北側に迂回する動きをみせていると国防総省は指摘している。

ミコライウを迂回して、どこに向かうのか?このまま真っすぐ北上してキエフを突く形になるのか。もしくは迂回して南部の要衝・オデッサを目指すのか。そこが、まだ見極めがつかないと国防総省は説明していたが、直近の動きを見るとロシア軍はオデッサには向かわず、北側のクリビーリフの攻略を目指しているようだ。因みにゼレンスキー大統領の出身地でもある。西のオデッサではなく北のクリビーリフを狙う理由は判然としないが、クリビーリフを抜ければ、その先にはドニプロがある。支配地域をより北に押し上げていけば、今後、仮にハリコフの攻略が終わった部隊が南下するとドニプロ周辺で北と南から合流できる。そうなればウクライナ東部を切り取る形でキエフや西部の地域と切り離すことができるが、それはあくまでロシア軍の補給と進軍のモメンタム(勢い)を維持できることが前提となる。

今後、北上ではなくオデッサを攻略すれば、沿岸部のロシア軍支配地域が西から東につながる形になる。また、オデッサはウクライナの海上交通路の出発点。キエフへの補給ルートの要衝であるため、ここをロシア軍に押さえられると、まさに補給を断たれることになる。
オデッサの沖合には揚陸艦5隻を含めた14隻のロシア艦隊が展開している。陸上部隊と連携してオデッサに上陸部隊を送るのかが注目されているが、今のところ大きな動きはみられない。
ただ、この艦隊からはウクライナ西部に向けて巡航ミサイルが発射されているという情報がある。また、18日には沿岸部のミサイル「バスチオン」でオデッサ近くの無線偵察センターを破壊したとロシア国防省が19日発表し、さらに、最新鋭の極超音速ミサイル「キンジャール」(ロシア軍は極超音速ミサイルとしているが正確には空中発射型の短距離弾道ミサイルである可能性が高い)でイワノ・フランコフスクにある地下150mのミサイル弾薬庫を破壊したとしている。ポーランドとの国境に近い西部の軍施設である。

「ウクライナ侵攻 軍事動向を読み解く(2)」では、もはや安全地帯でなくなった西部の状況と航空優勢を巡るアメリカの思惑について解説する。


(ANNワシントン支局長 布施 哲)
テレビ朝日政治部記者、報道ステーションなどを経て現職。防衛大学校大学院卒業(国際安全保障学修士)、フルブライト奨学生として米軍事シンクタンクCSBAで客員研究員。主な著書に『先端技術と米中戦略競争』、『米軍と人民解放軍』など。

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