ウクライナ侵攻 軍事動向を読み解く(2)西部攻撃激化と支援策に見るアメリカの意志[2022/03/20 19:00]

ロシア軍による激しい攻撃がウクライナ各地で続いている。
両国による停戦交渉も行われる中で、ロシアの侵攻は今後、どのような展開を見せるのか。
ウクライナ西部で激化するロシア軍の攻撃、そしてアメリカの支援など様々な要素を検討し、ANNワシントン支局長の布施哲が読み解く第2回。

◆深刻な意味合いをもつ“西部”への攻撃

そのウクライナの西部エリアには3月第2週の週末に気になる、新たな動きがあった。

11日、西部の都市ルーツク、イワノ・フランコフスクがミサイル攻撃を受けた。そして、12日と13日には、よりポーランドに近い、ヤボリウという町にも巡航ミサイルによる攻撃が行われた。
アメリカの国防総省によると、ヤボリウへの攻撃では空中発射型のロシアの巡航ミサイルで、少なくとも40〜50発が、ヤボリウに弾着したといわれている。

ヤボリウという町は、元々アメリカをはじめとするNATO軍がウクライナ軍をトレーニングする「訓練センター」が置かれている場所だ。
今、アメリカの特殊部隊が、この訓練センターにいるかどうかは不明だ。しかし、少なくとも、各国の支援を受けている訓練センターがある町に攻撃が行われたということで、ロシア軍はNATO(北大西洋条約機構)とウクライナの連携を強く牽制しようとしていると考えられる。

ヤボリウは隣国ポーランドまで車でわずか30分の距離にあるが、国境を越えてポーランドに入ってすぐの“あるところ”にアメリカ軍やNATO軍の航空拠点がある。そこはアメリカやNATO各国からの武器や支援物資が集まる場所だ。そこに集められた武器や補給物資はトラックに載せられて陸路でウクライナに運び込まれている。つまりヤボリウに対する攻撃は、NATOによるウクライナに対する武器支援、補給ルートに対する圧迫、牽制とも受け取れる。実際、ロシアは支援武器を運ぶ車列が攻撃対象になることを示唆している。

また、18日にプーチン大統領が「理想の兵器」とする最新鋭の極超音速ミサイル「キンジャール」がイワノ・フランコフスクの地下弾薬庫を破壊したと、ロシア国防省が19日に発表した。実際は空中発射型に改良した短距離弾道ミサイルが使用された可能性が高いが、仮にロシアの発表通り極超音速ミサイルだとすれば、実戦で使われたのは初めてとなる。

懸念されることはロシア軍の圧迫作戦の範囲が、ポーランドに近づいているということだ。ポーランドには、アメリカ軍をはじめとして、NATO軍も展開している。まさに、物理的にロシア軍の作戦範囲がNATO軍に近付いていることになる。そこで予期せぬ武力衝突のリスクが高まるという意味で、西部への攻撃は深刻といえる。

◆アメリカが「飛行禁止空域の設定」に反対する理由

そして、空の戦い。国防総省の説明によると、ロシア軍は、1日およそ200回の出撃(ソーティ)をこなしているという。一部はベラルーシ国内にある航空拠点から出撃する。また、これまでに少なくとも980発のミサイルを発射しているとされていて、その約半分がウクライナ国内に展開しているロシア軍から発射されたもので、残りの半分がベラルーシ領空を飛行している航空機から発射されたという。

ロシア軍爆撃機がウクライナ領空に至らず、ベラルーシ上空からミサイルを発射しているということはウクライナにおける航空優勢をロシアが握っていないことを強く示唆している(もちろん巡航ミサイルが長射程のため、あえてリスクをとってウクライナ上空に進出する必要がないという見方もできる)。

ウクライナの手が届かないベラルーシ領空を飛んでいるロシア軍から発射された、西部の都市に対する巡航ミサイル攻撃。

今、話題になっている「飛行禁止空域」の設定は、ウクライナが強く求めているが、アメリカ政府は「飛行禁止空域」の設定は意味がないと説明している。なぜなら、ウクライナ上空に飛行禁止空域を設定しても、ベラルーシ領空を飛行中のロシアの爆撃機には手出しできないからだ。手出しができないポジションから長射程の巡航ミサイルを撃ってくる状況では地上の被害を防ぐことはできない。巡航ミサイルによる地上への被害を食い止めようとすれば、ベラルーシ領空を飛ぶ爆撃機を攻撃せざるを得なくなり、そうなればベラルーシ軍とも交戦状態になりかねない。ベラルーシ軍だけでなくロシア軍も自軍の爆撃機を守ろうと、ロシア領内の地対空ミサイルで攻撃してくるかもしれない。飛行禁止空域をパトロールするNATO軍機が自衛のためにロシア領内にある地対空ミサイルを攻撃すれば、一気に米ロ軍事衝突に発展していく。この点が、アメリカ政府が飛行禁止空域の設定に消極的な理由の一つだ。

一方のウクライナ空軍は、アメリカの国防総省の説明によると1日当たり、5回から10回の出撃をこなしているという

ただ、ウクライナ北部や南部は、ロシア軍の地対空ミサイルの射程に入っているため、ウクライナ空軍が活動できるのはウクライナの西部もしくは中部の空域だと推測される。

◆「戦闘機供与」よりも有効な手立てとは

ウクライナ空軍は開戦当初、ロシア軍によるミサイル攻撃を避けるため、隣国のルーマニアに戦闘機を避難させたといわれている。現在は、40機ないし50機程度の航空機を保有していたのではないかといわれていて、そこから、1日5回〜10回の出撃をこなしていると考えられる。

国防総省は、ロシア空軍はまだ、ウクライナにおける航空優勢を握っていないという説明をしているが、ウクライナ空軍が低調ながらも活動を継続していることはその表れだろう。

そして、前述の飛行禁止空域の問題だが、渋るアメリカ政府に対して埋め合わせとしてウクライナが求めているのが戦闘機の供与だ。

16日のゼレンスキー演説に触発されたアメリカ議会でも推進論が出ているが、軍事合理性の観点からはほとんど意味がない、というのがアメリカ政府、軍事専門家の一致した見方だ。

ポーランドのミグ29を提供するにしても、搭載しているNATO用の暗号無線機を取り外す必要があるほか、ウクライナ軍の通信体系にポーランド軍機が適合するのか、という技術的な課題がある。またロシアの攻撃を受ける可能性がある中、どこの基地からどのようなルートで輸送をするのか、というロジスティクス上の課題もある。もちろん空中発射型、海上発射型の巡航ミサイルによる攻撃もあるが、ウクライナ側が最も悩まされている民間人や民間施設に対する攻撃の多くは、ロシア軍機による攻撃より、地上部隊の多連装ロケット砲や長距離砲、地上発射型の短距離弾道ミサイルによるものだ。

それらに対抗するのに有効な兵器は戦闘機ではなく射程の長い地対空ミサイルであり、ドローンだというのがアメリカ政府の見解だ。実際、ウクライナ軍はトルコ製のドローンを使ってロシア軍地上部隊の撃破で成果をあげている。

3月16日に発表された8億ドル規模の追加の軍事支援の中には、従来の射程の短い肩撃ち式の地対空ミサイルの供与に加えて、長射程の地対空ミサイル取得の支援が含まれた。

これはウクライナ軍も運用しているロシア製地対空ミサイルS-300の供与を指している。同ミサイルはブルガリア、スロバキア、ギリシャなどが運用していて、それらの国から提供してもらうおう、というものだ。すでにアメリカ側の働きかけを受けてスロバキアが提供に前向きな姿勢を示している。

S-300は敵の航空機だけでなく、限定的ながらも短距離弾道ミサイルに対する対処能力もあるとされている。ロシア軍による空爆、そして短距離弾道ミサイルによる攻撃に対処できるうえ、戦闘機と比べて運用コストや手間、メンテナンスにかかるコストが圧倒的に少なく済む。つまり戦闘機よりよっぽど効果的で使い勝手がいいものだ。

バイデン政権の追加支援にはドローン100機の提供も盛り込まれた。米メディアの複数の報道によれば、提供されるのはスウィッチブレードと呼ばれる「神風ドローン」だ。これはドローンではなくLoitering Missile/Ammunitionというもので、直訳すれば「空を徘徊するミサイル・弾薬」だ。空を自律的に飛行して滞空し、あらかじめプログラムされた戦車や対空レーダーといった目標を探知すると、それに突っ込んでいくというものだ。地上の兵士がタブレットで操作することも可能だ。これが列をなしている輸送トラックに襲い掛かったどうなるのか。また、大がかりな装備も訓練も不要である点も、導入後すぐに運用を急ぎたいウクライナ軍にとっては利点となる。

このようにウクライナ側やアメリカ議会から高まる感情的な訴えに対して、アメリカ政府は事態をいたずらにエスカレートさせない、しかし軍事的に有効な兵器を冷静に選択してウクライナ軍の抵抗を支えようとしている。

軍事行動で政治目標を達成しようしているロシアに対して、緻密な軍事的分析を加えた対抗策をとるアメリカ。まさに米ロ、そしてウクライナは好むと好まざるとにかかわらず「軍事」を通してシグナルを送り合っており、軍事領域の動向の理解なくして今後のウクライナ情勢を読み解くことは難しいと言える。

(ANNワシントン支局長 布施哲)
テレビ朝日政治部記者、報道ステーションなどを経て現職。防衛大学校大学院卒業(国際安全保障学修士)、フルブライト奨学生として米軍事シンクタンクCSBAで客員研究員。主な著書に『先端技術と米中戦略競争』、『米軍と人民解放軍』など。

【ロシア軍の極超音速ミサイル「キンジャール」(ロシア国防省)】

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