前線へ送られるロシア兵の現実−−「兵士の母の会」の告発[2022/04/03 19:00]

ロシアがウクライナ侵攻で苦戦している理由として、ロシア兵の未熟さ、士気の低さがよく俎上に上る。前線に送られる若きロシア人兵士がどのように生み出され、どんな実情に晒されているのか、ロシア「兵士の母の会」ワレンチナ・メリニコワ会長のウェブテレビのインタビューでよく分かる。
今回掲載するのは”Skazhi Gordeevoy”と”Popularnaya Politika”にアップされたロシア語のインタビューを筆者がまとめたものだ。

「兵士の母の会」は、ソ連時代、ペレストロイカの流れの中で作られた、軍隊での人権侵害の実態を公表して兵士の権利と尊厳を守るための団体が母体となっている。1994年チェチェン紛争が始まるとロシア全土に草の根的に広がり、捕虜の交換に積極的な役割を果たしたり、消息不明の兵士の生死を軍に照会したりするなど、ロシア社会に反戦の機運を高めてきた。紛争地帯に赴いて人権状況を査察するなど、大きな信頼が寄せられている。

まず、前提としてロシアでは毎年、春と秋の二度に分けて、18歳から27歳までの男子を徴兵する。兵役期間は1年で、大学に在籍する者は徴兵が免除されるが、大学での軍事教練が必修となっている。今年は、ウクライナとの戦争を理由に、4月1日に総動員令が発せられるのではないかと懸念されていたが、7月15日までに例年並みの13万4500人を徴集することを目標とした。

徴兵対象者は、すぐに軍事作戦に送られることはないとされていて、プーチン大統領も約束したのだが、すでに多数の徴集兵たちがウクライナの最前線に投入されて犠牲となっていることが確認されている。また、入隊契約に署名した場合には職業軍人として扱われる。兵員不足から、署名への強制的な圧力が強まっていると言われている。一方で、いわゆる志願兵は入隊契約に署名し職業軍人として扱われる。
「兵士の母の会」のメリニコワ会長はインタビューで、こうした徴兵、軍務契約の実態と懸念について詳細に答えている。
(文中、1ルーブルは4月2日6時現在の1ルーブル=1.38円で計算)

ANN 元モスクワ支局長 武隈喜一

===以下、「兵士の母の会」メリニコワ会長のインタビュー===

◆戦闘員の実態について

徴兵対象者が前線に送られることはないというのは誤解だ。数カ月後には前線に送られる可能性がある。以前から、徴兵対象者に圧力がかけられ入隊契約を結ばされることがあった。心理的圧迫や、時には暴力で契約書に署名させられるケースが跡を絶たず、特に最近はこうした、「本人の意思」でない入隊契約が増えている。

◆徴集兵が契約に署名しない場合でもウクライナの前線に送られることはあるのか?

いまは誰でもが前線に送られかねない状況だ。誰が志願兵で誰が徴集兵かなど、軍当局では誰も気にしていない。2008年のジョージア紛争の際にも南オセチアに徴集兵が送られた。憲法には良心的兵役拒否の項目があるのだが。
「母の会」にも手紙がたくさんきている。ある女性は、「自分たちにはチェルニヒウに親戚がいる。もし息子がウクライナに送られることになったら耐えられない」と書いてきた。以前はロシアにもジャーナリズムがあったから、情報発信の場があったが、いまは会の活動を広報する場もないため、兵士の母親や妻たちはどこに照会していいのかわからない。捕虜になったか、戦死したのか、国防省に照会しても取り合ってくれない。ようやく国際赤十字委員会がその作業を肩代わりし始めたところだ。

◆戦場に送るには命令書が必要だが…

兵士を戦場へ送るには、本人を前にして命令書が読み上げられなければならない。もし彼らがどこへ連れていかれるのかわかっていないというのなら、それは彼らに対して命令書が読み上げられていないということだ。
今回は今までの紛争や戦争と大きく異なっている。まず戦闘の範囲がずっと広い。両軍の兵士の数が多い。そして破壊の程度がすさまじいことだ。チェチェン紛争でも首都グローズヌイは廃墟になったが、長い時間をかけてのことだった。
以前は「母の会」が捕虜になった息子たちを連れ戻したこともある。ロシア軍も協力的だった。しかし今は何もかもが違っている。この活動を30年やっていて、初めて恐怖を感じている。プーチン大統領が核の使用さえちらつかせて脅しをかけているからだ。

今でもモスクワの軍幹部とはコンタクトがあるが、わたしたちが持っているロシア軍の死傷兵リストは、ウクライナ側が提供してくれたものだけだ。IDナンバーやデータも正確だ。IDバッヂもある。チェチェン紛争の時はIDバッヂがなかったため、兵士の遺体は誰かわからないままグローズヌイの街路で野ざらしになっていた。
1月の演習時には兵員数はつかめていたが、今の兵員数はわからない。損害が大きくてロシアに戻った部隊も多いからだ。わたしたちはロシア軍中央医療局に、戦場に出た兵士たちの心理的なリハビリの実施を依頼しているところだ。

◆ロシア軍の兵士の死者数は?

正確にはわからない。ウクライナ側から提供されたリストしかない。そこには名前もあるので信頼できる情報だと思う。
住民のための人道回廊が話題になっているが、死んだ兵士や捕虜を回収する、戦場の人道回廊、一時的な停戦が必要だ。遺体は戦場に残されたままになっている。不思議なことにロシア側がウクライナ軍の死者をどうしているのか、捕虜をどこに収容しているのか、まったく明らかになっていない。明らかにすべきだ。

◆なぜ、兵士の両親らは声を上げないのか?

ロシア国内でウクライナの戦場の実態が伝えられていないからだ。もし戦場の動画がアップされ、テレビでも流れるようになればはじめて気づくのだろう。ある地方の18歳の徴集兵たちがまとめて部隊に入れられ、どこか戦場に送られるのを知って、母親たちはようやく、何か変だ、と情報交換をするようになり、事態が急変してからやっと、まとまって市や州やモスクワに陳情にいくことになる。それぞれがバラバラである間は動かない。リストから息子のいる部隊がわかったとしても、「詳細なデータをくれ」と親に言ったところで、誰も送ってこない。
わたしは兵士の親たちが抗議行動を起こしたりすることには期待していない。ロシアでは社会的意識がたいへん弱いのだ。
ロシア政府は、戦死者の数を正式に発表して弔意をあらわしたことのない政府だ。戦死者も負傷兵も戦場に残されたまま、「行方不明」とされて終わりだ。
わたしは、早急に死者の遺体、捕虜の交換をすべきだと思う。十字架を立ててやれないまま、名もなく朽ち果てていくことを見過ごすわけにはいかない。

◆戦死の一時金は500万ルーブル

ウクライナの「不明兵士家族連絡会」との接触は2014年から続いていて、今もZoomで連絡を取り合っている。しかし捕虜の交換にはウクライナ兵の捕虜がどこに何人いるのか、ロシア側が明確にする必要がある。「いない」というのなら、ロシア軍が銃殺したのだろう。
今回の「特別軍事作戦」で死亡した兵士の家族には500万ルーブル(約690万円)が一時金として支払われることになっている。保険金、補償金としては家族に742万ルーブル(約1023万円)が支払われる。合計で1242万ルーブル(約1713万円)だ。国防省が保険をかけている。また負傷の程度に応じて保険も支払われる。しかし国防省に資金はない。多くの人は「行方不明」とされ「死亡」したかどうかわからないままになってしまう。
最近もある母親が電話してきて「もうすぐ契約期間が終わるので、息子が帰ってくる」というのだが、息子がどこにいるのかもわからないままだ。

◆誰がウクライナで戦っているのか? 職業軍人か徴集兵か

兵士は志願兵も徴集兵も手あたり次第にウクライナに送り込まれている。去年の11月に徴集された兵士たちは、1カ月の訓練期間があるにもかかわらず、2週間でウクライナ国境付近の演習に送り出された。1996年には6カ月以内の軍務転換は禁止され、2014年にもこの規則は確認されている。しかし実態はこうだ――「ほらここにペンと紙がある。志願兵になる契約書に署名しろ」。
1998年から、民族紛争地帯には志願兵も徴集兵も送られている。誰もチェックしないのだ。これが前例となってしまった。違法だが、ロシアでは法のことなど誰も気に留めない。
2014年には署名を拒否したにもかかわらず前線に送られた約100名の若い兵士が、家族に電話した。電話をもらったわたしたちは軍の司法当局に連絡し、原隊復帰となったことがあった。
だからわたしの第一のアドバイスは、なにしろ「署名」をするな、ということだ。

◆「特別軍事作戦」の行方

わたしは停戦協議のロシア側、ウクライナ側双方に失望している。双方とも国際法や戦争法の知識がない。共感力もない。わたしたちは国際社会の支援を望んでいる。状況は大変困難だ。大統領府や人道機関からの反応がゼロなのだ。2002年までは、プーチン大統領の軍事顧問と直接電話で話すことができた。捕虜の交換が必要な時は軍事顧問に電話して、実現したこともあった。それ以降の20年間、誰に電話したらいいのかわからない。ロシア側の停戦協議の代表がメジンスキー(大統領補佐官)だと知って驚いた(註:メジンスキーは人権や仲裁には無縁の超保守派の人物として知られている)。人間の生死にかかわる場合には、この状況の中に飛び込む、という感受性が必要だ。遺体を葬ってあげたい、捕虜を故郷に返してやりたい、という意欲が大切なのだが、停戦協議のメンバーにそういったものはまったく感じない。
「母の会」が戦争を止めることはできない。一歩一歩できることをやるしかない。わたしたちは本能で活動している。
チェチェン紛争当時の1995年には全ロシアでたくさんの「母の会」が作られた。チェチェン側にもロシア側にも医薬品や食料などを届けることができたし、州知事たちもバスやクルマを用意してくれた。
戦争を止めることができるのは軍最高司令官のプーチンだけだ。しかし今回の「特別軍事作戦」の大統領令さえ、わたしは見つけけることができなかった。極秘にされているのだ。

心配なのは、捕虜となったウクライナ兵にロシアが何をしているかだ。もしルハンシクで虜囚にしているならとんでもないことだ。ロシア国内に捕虜として連れてきているのなら、救えるチャンスはあるかもしれない。だが、誰に問い合わせても回答がない。
2014年にプーチンがクリミアを急襲し、併合したときも、わたしたちは西側に警告を発したのに、欧州議会や人権団体は耳を貸さなかった。「ロシアと事を構えたくない」と当時も言っていた。「ロシアとは合弁事業がたくさんあるから」と。そしてこうなってしまった。

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