「求ム兵士、経験不問」ロシア求人サイトで志願兵募集が急増する理由とは[2022/04/19 17:00]

ロシアの求人サイトで志願兵を募集する広告が目立っているとBBCが伝えた。「HeadHunter」や「SuperJob」といった求人広告サイトには、いつもなら「会計士求ム」「秘書求ム」「急募プログラマー」などの求人が載るが、ウクライナ侵攻後の3月初旬から見慣れない広告が現れるようになった。それらによれば、月収は約5万2500円から7万5000円、経験不問。「迫撃砲兵」など、写真付きで軍務内容が紹介されているものもある。

ここで示された月収は特殊技能を持たない一般兵士のものと思われるが、他の募集欄にある銀行の会計士の給与、11万円から18万円と比べると高い額ではない。BBCによると、シベリアのノボシビルスクでは、地下鉄の車内広告にまで「短期契約志願兵募集」のステッカーが張り出されている。その背景には長引くウクライナ戦がある。増え続けるロシア軍兵士の戦死、さらには兵役拒否や脱走も相次いでいるとされる。

■兵員補充はロシア軍の死活問題に

ウクライナ国防省の発表によれば、ロシア軍の死者は4月半ばで2万人を超えた。戦場での死者は正確には数えらないため、破壊された軍車両や航空機などから概数を推定するしかないが、英米の情報機関も1万5000人から1万7000人と見ている。

ロシア側が最後に公表した死者数は3月25日の1351人で、これ以降、損害に関する数字は発表されていない。しかし、ロシア大統領府のペスコフ報道官が4月8日に英国Sky newsのインタビューに答えて「ロシア軍は甚大な損害を被った。これはわれわれにとって巨大なる悲劇だ」と述べたように、人的損害はロシア側の公式発表よりはるかに大きいと考えられる。

ロシアでは春と秋に定期的に徴兵をおこなうが、今年4月1日の春季徴兵では、18歳から27歳までの男子13万4500人をリクルートした(『前線へ送られるロシア兵の現実「兵士の母の会」の告発』記事参照)「徴集兵は前線には送らない」と言うプーチン大統領の約束は守られず、戦場では多くの徴集兵が死傷している。

ロシア軍は徴集兵も志願兵も区別なく戦場へ送っていると見られるが、ロシア軍の志願兵数は約40万人と言われている。一時、50万人への増員が目標とされたが、志願者数は頭打ちでこの数字に届かず、さらにウクライナでの戦闘で予想をはるかに上回る死傷者を出していることから、兵員の補充がロシア軍の死活の課題となっている。

戦死者の想定を超える多さに苦慮していることを図らずも露呈したのが、4月初旬にFSB(連邦保安局、KGBの後継組織)がロシア政府に対して戦死者葬儀予算の17%アップを要求したことだった。戦死者の葬儀代は将校、兵士の階級や埋葬地によって異なるが、これまで約7万5000円から約9万円だった葬儀費用を約8万5000円から11万円へ引き上げようというものだ。

FSBが根拠とするのは3月のインフレ率が17%に達したこと。ただ、西側の経済制裁によって、物価が大幅に上がっているのは確かだが、葬儀では棺桶や供花以外、物価に影響されるようなものはない。このため、戦死者のための葬儀予算増額の要求は、予想以上に増え続ける戦死者に対応するものではないかと見られている。

■「民族紛争地域」でも必死の兵員確保策が

ロシア国内では兵役拒否や脱走も発生しているようだ。ロシア北西部のプスコフでは第62降下師団の兵士60人がウクライナ行きを拒否し、西部軍管区第20軍第3自動化歩兵師団の下士官、兵士が除隊を申し出たとされている。

脱走兵の数や状況については、当然ながらウクライナ側もロシア側も公表していない。ちなみにロシアの刑法第338条によれば、「脱走」(軍務を逃れる目的で部隊を自発的に離れた場合)は、最長7年の自由剥奪という厳罰が課されることになっている。

こうした中、ロシア軍では南オセチアやアブハジア、ナゴルノ・カラバフなど、民族紛争地帯からも兵員補充を進めるほか、参謀本部は最近、シリアに駐留していた部隊をウクライナに移動させるなど、海外に派兵していた実戦部隊を呼び戻している。さらに中央軍管区では、3カ月から1年という短期志願兵契約に応じるよう、予備役に呼びかけるなど、兵員の確保に必死になっている。しかし、それでも兵士の補充が思うように進まない現実が、求人サイトでの志願兵募集増加の背景にあるとみられている。募集の数は数千にのぼり、応募した志願兵は、2,3週間のうちに戦地ウクライナへ投入されているようだ。

これまで、ロシアでは志願兵の契約は、各地の軍事委員部が管轄する兵役登録所かリクルートセンターを通じて行われていて、空港でのパスポートコントロールのような時限の軍務の募集以外、インターネットの求人サイトが使われることはなかった。「徴兵に応じよう」という広告が街中のバナー広告としてデカデカとキャンペーンされることは昔からあったが、地下鉄車内に募集広告が出されるのは異例のことだ。

■給与の記載なし…「特別な軍務」の募集も

「HeadHunter」の求人サイトを開いてみると「募集内容:契約兵士、月収不記載、経験不問」という募集があった。月収が記載されていないのは委細面談ということで、特別な軍務を意味する。

詳細の概要は以下の通りだ。
「軍務内容:砲兵部隊地形測量士。砲兵大隊員として戦闘課題に取り組む。砲撃用に電子計算機を使用した素早い作業による正確なデータの作成能力と高い責任感が求められる。10人以内の集団で行動。勤務はつねに新たな、非常時的課題の解決を伴う。勤務時間の大部分は地形測量機のある移動式空間(3立方メートル)に座して行う。空間内は照明、温度、湿度、気圧が不安定。基礎プログラミングと機器の取り扱いを熟知のこと。空挺部隊勤務の場合、パラシュート構造にも精通すること。数学の技能を備え、視覚情報、聴覚情報を即座に認識し、素早く計算できる能力を持つこと。軍務に耐えうること。中等一般教育および初等又は中等専門教育を修了した者。身体健常なる者。住宅、医療保険、食糧、年金、国家生命保険、新規勤務地移動手当(7万5000円)、退役補助金、交通機関無料通行証等々保証」

契約登録地がモスクワ市となっているほかは勤務地、勤務期間などの情報は一切記載されていないが、これを読むだけでも、高度な能力を求められる任務であることがわかる。だから給与については委細面談となっているのだろう。

はたして、こうしたネットや地下鉄広告での志願兵募集がどの程度効果をあらわしているのかはわからない。少なくとも東部ウクライナの親ロシア派支配地域でウクライナ軍に対して全面的な攻撃を展開するには、こうした方策では間に合わないことは明白だろう。

欧米の軍事専門家の間では、ロシアが大量動員を可能にするために、ウクライナに隣接するロシア南部でテロの脅威を煽り立て、ウクライナ軍に見せかけてロシア市民を攻撃する「偽旗作戦」をおこなうことによって総動員令を発令し、ロシアの18歳から60歳までの男性を戦場へ狩り立てる狙いを持っているのではないか、との危惧が広がっている。

(文中1ルーブルは4月16日6時時点での価格 1円51銭で計算)

●画像:地下鉄車内の志願兵募集広告(Svetlana Kaverzina)
●ANN元モスクワ支局長 武隈喜一

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