「独仏伊はプーチン側に立っている」 反政権ロシア人数学者が猛批判 欧州分断を懸念[2022/06/14 18:00]

6月9日、プーチン大統領はピョートル大帝生誕350年記念展覧会を訪れ、「ピョートル大帝はスウェーデンとの戦争で何かを奪い取ったという印象を持たれているが、何ひとつ奪い取ってはいない。ただ取り戻しただけだ」と語った。これは1700年から1721年まで続いた「大北方戦争」に触れた発言で、この戦争でスウェーデンを破ったピョートル大帝はバルト海の通商権を手に入れ、ロシアを欧州の大国とした。
プーチン大統領は「われわれも『取り戻す』ことに力をいれるべきだ」とウクライナへの軍事侵攻を正当化した。

この発言について、「プーチンは戦争をウクライナに限定せず、バルト三国に広げることまで視野に入れている」と分析、警戒するのは、現在米国ワシントンで活動する反プーチンのロシア人数学者アンドレイ・ピオントコフスキー氏だ。
ウクライナのウェブTV 「24 Kanal」(6月9日)のインタビューに答えたピオントコフスキー氏は、ウクライナ支援をめぐる欧米各国の足並みの乱れがプーチン大統領に自信をもたらしていると指摘、「独仏伊はプーチンの側に立っている」と厳しく批判した。

ヨーロッパの一部主要国がロシア側に付いていると言い切る、その真意はどこにあるのか。ピオントコフスキー氏の主張を紹介する。

ピオントコフスキー氏は1940年モスクワ生まれの81歳。
ロシア科学アカデミー・システム分析研究所の数学者として活躍したが、1998年から政治活動を始め、反プーチンの急先鋒として批判を続けるなか、2014年のクリミア併合を予言した。2016年には逮捕を恐れてロシアを出国。現在は米国で評論活動を続けている。

◆ 戦勝記念日、プーチンは「孤立」のどん底にいた

ピオントコフスキー氏によれば、ピョートル大帝記念日のプーチン発言は、ウクライナへの侵攻を正当化するだけではなく、今後の征服のプログラムを示すものだという。
「プーチンがピョートル大帝に絡めて21年間続いたスウェーデンとの『北方戦争』に触れたのは、ウクライナとの戦争が3日で終わらず、長期化することをロシア国民に正当化するためだ。しかしその発言から、プーチンは戦争をウクライナに限定せず、バルト三国も視野に入れていると考えられる。『奪い取るのではなく取り戻す』という言葉には注意が必要だ。プーチンは『力』しか信じない人間だからだ」

ピョートル大帝(1672-1725)は、ソ連時代を通してロシア人の間で人気が高い。海軍を創設し、ロシア正教会を国家に従わせ、帝国のあらゆる権限を皇帝の元に一元化して「帝国ロシア」の礎を築いた。
その一方、黒海の覇権を求めてオスマントルコのイスラム教徒を弾圧し、国家収入の大半を軍備に当て、重税に苦しむ農民からは、「イエスの教えに反するアンチ・キリスト」として憎まれた。

「驚いたのは、戦勝記念日(5月9日)のプーチンと、ピョートル大帝記念展覧会のプーチンの変わり様だ。戦勝記念日では、意気阻喪していて、軍事パレードの最中も膝にブランケットを置き、軍最高司令官としての演説では『これしか道がなかった』、『正しい決断だった』などと泣き言のような弁明を繰り返していたが、ピョートル大帝展のプーチンはまったく別人のようだった。5月9日の戦勝記念日、プーチンは『孤立』のどん底にいたのだ。
オースティン米国防相がキエフで『ウクライナ領土の一体性を支持し、ロシアが同じことを繰り返せない程度に弱体化させる』と発言し、その直後にアメリカがレンドリース法(武器貸与法)を成立させたとき、プーチンの『孤立感』は深まったはずだ」。

◆ 独仏伊は「ウクライナの勝利を恐れている」

それが一転、自信を取り戻した理由として、ピオントコフスキー氏が指摘するのはイタリアやフランス、ドイツが示す「融和」の動きだ。
例えばイタリアは5月20日、停戦と国連監視団による非軍事化、EU加盟は認めるがNATO加盟は想定しないという条件でのウクライナの「中立化」、などを柱とする4項目の調停案を単独で国連に提出した。
また、フランスのマクロン大統領は仏メディアのインタビューに対し、「戦闘が終結した際に外交的な手段を通じて出口を築けるよう、ロシアに屈辱を与えてはならない」と訴えた。

ピオントコフスキー氏はこうした動きを激しく批判する。
「マクロンは『プーチンの顔を立てる解決策を見出すべきだ』と言い出し、ウクライナに領土面での譲歩を迫った。それにイタリア、ドイツも同調した。欧州の中では独仏伊はプーチン側に立ったと言える。この弱腰な言動が、この1カ月でプーチンをこれほど強気にさせてしまった」

ピオントコフスキー氏はこれら「古い欧州の国々」は、ウクライナがこの戦争に勝利することを、実は恐れているのだ、とも語る。
「戦勝記念日の後、マクロンやショルツ(独首相)たちはウクライナが本当に勝利するかもしれないと怖れ、『プーチンの顔を立てる』というキャンペーンを始めた。
ウクライナが勝つと、戦争後の国際秩序の中で、独仏伊はこれまでの居心地の良いポジションを失いかねない。この数十年間、フランスとドイツはクレムリンと西側の『取り次ぎ役』を務めてきたからだ」

ピオントコフスキー氏は、第二次大戦中、ナチスに占領されてヒトラー寄りの政権を作り、終戦時には大国の地位を失っていたにもかかわらず、スターリンによって第二次大戦の「戦勝国」に引き立てられたフランスの鬱屈した立場について述べ、「『偉大なるフランス』はこの70年間、アメリカとクレムリンの間の仲介役にとどまっていただけではないか」と手厳しい。

◆ 「融和」姿勢にはウクライナも猛反発

ドイツについてはこう述べる。
「ドイツはもっと現実主義に徹し、経済を最優先した。クレムリンとの特別な関係を自国の経済発展に利用した。『ノルドストリーム2』などのガスパイプラインを見ればわかるだろう。もちろんプーチンのロシアが崩壊することで、ロシアの巨大な政治空間が小さな地域に分裂し、核兵器の管理が困難になることや、大量の難民がヨーロッパに流入し、混乱と飢餓をもたらすことも恐れているが、独仏伊の第一の動機は自分たちの立場を死守することだ。イギリスとアメリカはこれに対抗しているが、米国内にもキッシンジャーのように調停派がいる」

5月19日、米国の有力紙『ニューヨークタイムズ』が、米国やNATOができる財政、武器支援にも限界がある、2014年に奪われた領土を回復するような決定的な勝利を収めると考えるのは非現実的だ、ウクライナは領土の一部をあきらめる決断も視野に入れるべきだ、とする社説を掲載した。
これに対してウクライナ側は「暖かい部屋でコーヒーを飲みながら世界の問題を考えるのは快適だろう」と皮肉ったうえで、「もしいま領土面で譲歩したら、ロシアは数年後にはまたウクライナへ侵攻し、さらに領土を占領し人を殺すだろう」と反論、あくまでも戦場で勝敗を決する決意を示した。
そして独仏伊が「融和」姿勢を示すのは、それぞれがロシアにエネルギー資源を大きく依存しているためで、自国の利益を最優先している、と批判したのである。

ピオントコフスキー氏は、「ニューヨークタイムズ」の社説は米国内の調停派による論説だと見ている。

◆古いヨーロッパと新しいヨーロッパの対立

ピオントコフスキー氏は「欧州の分断」についてこう述べる。
「独仏伊はNATO各国のウクライナ支援を麻痺させている。英、ポーランド、バルト三国、ルーマニア、スロバキアなどは、はるかに真剣にウクライナを支援しようとしている。古いヨーロッパと新しいヨーロッパの違いだ。プーチンのような人間は、戦場で決着をつけるしかない。ウクライナ軍に早急に最新鋭兵器が供給されることを願っている。
しかし、この供給の遅れを解消するには、ジョンソン英首相が音頭を取って欧州の新しいイニシアチブを確立するしかない。ポーランドやイギリスは直接、戦争に関与する用意があることを表明している。イギリスはなぜこれほど強くウクライナを支援しているのか。それは、プーチンに立ち向かって孤軍奮闘するウクライナが、ヒトラーと戦う1945年のイギリスと二重写しになっているからだ」

折しもピオントコフスキー氏が批判の矛先を向ける独仏伊の首脳が「16日にウクライナの首都キーウを訪問すると」ドイツ紙が報道した。NATO加盟国による支援だけでなく、ウクライナの早期EU加盟へのネックとも言われる3カ国が、どんな回答を持って行くのか。

最後に、ピオンコオフスキー氏はアメリカにも苦言を呈した。
「アメリカは正しい決定をするのだが、いつも遅い。もし、2カ月前にレンドリース法(5月9日成立)による兵器類が届いていれば、ウクライナはすでに勝利していただろう。もし半年前ならプーチンがウクライナに侵攻することはなかっただろう。
戦局を左右するほどの数の兵器がウクライナ軍の前線に届くには、7月中旬まで待たなければならない」。

元ANNモスクワ特派員 武隈喜一

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