ロシアの侵攻で高まる“核使用”核軍縮は「風前の灯火」?NPT再検討会議 専門家解説[2022/08/01 23:30]

アメリカ・ニューヨークの国連本部で1日、世界の核兵器をどう減らしていくかを話し合う、NPT(核拡散防止条約)の再検討会議が7年ぶりに開かれます。

世界最大の核保有国であるロシアが、ウクライナへの侵攻のなかで、核兵器の使用をちらつかせ、恫喝するという現実が起きています。

核の脅威はかつてないほど高まるなか、国際社会は有効な歯止めをかけることができるのでしょうか。


◆大越健介キャスター(ニューヨークから中継)

(Q.核兵器が実際に使われてしまうかもしれないという切迫感はどう受け止められていますか?)

私が先月29日にニューヨークに到着し、最初にインタビューをしたのが、ウクライナのキスリツァ国連大使でした。

キスリツァ大使が「ロシアの核の脅しは決して作り話ではなく、恐怖そのものなのだ」と強調していたのが極めて印象的でした。

NPTは締約国に対し、核軍縮への取り組みを求めています。ロシアもまさにその当事者に他なりません。

しかし、ロシアは核を恫喝に使っているという異常な事態が起きています。

キスリツァ大使は「だからこそ、今回のNPT会議は極めて大事なのだ」と話していました。

そして、今回のNPT会議に合わせて開かれた、国際NGOのイベントでも「ウクライナでの戦争はNATO(北大西洋条約機構)とロシアの直接衝突の引き金となる可能性があり、核戦争の脅威は1962年のキューバ危機以来の高いレベルにある」ときわめて強い危機感が示されていました。

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世界には1万2000発以上の核兵器があるとされ、その9割以上をアメリカとロシアが保有しているとされています。

中国は、核戦力を増強しているとされていますが、正確な数字は分かっていません。

核兵器の数をどう減らしていくのかを考えるのが、NPT再検討会議です。

アメリカ、ロシアなど核保有国5カ国、日本など191の国と地域が参加しています。

前回の会議は2015年に行われましたが、中東の非核化などをめぐり、核保有国と非核保有国が対立。最終文書は採択されずに閉幕となりました。

一方で、核保有5カ国は今年1月「核兵器は、防衛目的であり、侵略を抑止し、戦争を防ぐためのものでなければいけない」という共同宣言を出しています。


◆日本国際問題研究所 軍縮・科学技術センターの戸崎洋史所長

(Q.この共同宣言の直後に、ロシアはウクライナに侵攻しました。核保有国と非核保有国の対立にどんな影響を与えましたか?)

この10年間、核軍縮が全く進まない。むしろ、逆行している状況。それをもたらしている核保有国に対して、非核保有国から非常に強い不満がありました。

核保有国のなかでは、特にロシア・北朝鮮が、核の役割を重視。しかも、核兵器の近代化を積極的に進めているため、核の脅威が高まっています。

アメリカなど西側の核保有国や、日本を含めた同盟国は、高まる核の脅威に対して、核軍縮も当然重要ですが、核抑止の重要性を再認識しつつありました。

そのなかで、核保有国5カ国は共同声明を出して、核軍縮にコミットしていると“アピール”したり、核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならないという理念を再確認しました。

しかし、その直後にロシアが核恫喝を繰り返しながら、ウクライナへ侵略。非核保有国からみれば「核兵器国の核軍縮、NPTのコミットメントはその程度か」と憤る状況があります。

また、ロシアが核恫喝を繰り返すなかで、核兵器が現実に使われる可能性への危険性が高まっている状況です。

そうしたことが、核保有国と非核保有国の間で、もともと広がってきたと言われる分断を、さらに拡大して先鋭化させているんだと思います。


(Q.ロシアのウクライナ侵攻後、スウェーデン・フィンランドはNATOへの加盟を表明し、核の傘もとで自国の安全を守る決断をしました。スウェーデンは、これまで核軍縮に前向きでしたが、結果的に核の抑止力に頼った形になりました。核を持たない国の、核の抑止力に対する考え方はどうなっていますか?)

西側諸国の間では冷戦後、核の重要性が低くなってきました。

ここ10年近くにわたり、大国間の核抑止は安定する一方で、地域レベルでは、侵略や主権侵害といった現状変更の試みが起こしやすくなるのではないかと懸念されてきました。

大国は地域の紛争に介入しにくくなり、現状変更を起こそうとする国に対して、手出しできなくなる状況です。

まさにその典型的な事例、現実化してしまったのが、ロシアの核恫喝をしながらのウクライナ侵略です。

ウクライナだけではなく、ヨーロッパや北東アジアでも同じようなことが起きてしまうのではないかという懸念が高まっています。

そうしたなか、脅威の最前線に位置するスウェーデンやフィンランド、NATO諸国、そして日本などの核を保有していない国々は、核軍縮も重要だという姿勢に変わりはないものの、同時に核恫喝のもとでの現状変更という現実の脅威への対抗手段として、核抑止力が重要だという認識をこれまで以上に強めています。

他方で、ロシアの核恫喝を見て、核兵器禁止条約の賛成国などは、核兵器が禁止されず、核が存在しているからこそ、そうした脅威が生まれると。そして核兵器が使用されれば、当事国だけではなく、周辺の国や地球規模でより大きな損害を被りかねないと。だからこそ、核兵器を禁止すべきだという議論を一層強めています。


(Q.『核兵器禁止条約』では、核兵器の開発・実験・使用・保有など禁止する初の交際条約です。締約国は66の国と地域に上りますが、アメリカ・ロシアなど核保有国や、日本・NATO加盟国は批准していません。非核保有国のなかでも、立場の違いが鮮明になっていますか?)

ウクライナでの戦争、ロシアによる核恫喝によって、非核兵器国のなかにあった亀裂も拡大しつつある状況です。


(Q.核軍縮という理想を掲げるNPTは風前の灯火、崖っぷちにあるのではないかという声も数多く聞きます。それでもNPTで各国代表がが一同に会することの意義は大きいと考えますか?)

核軍縮という観点では、NPTも不十分なところが多々あると思います。

それでも、NPTがない世界は、より危険な世界になりかねません。

核兵器国が核軍縮へのコミットメントを条約のもとで行っているのは、NPTだけでもあります。

NPTは危機にありますが、だからこそ、核の問題に様々な考え方を持つ国、核保有国・非核保有国」が集まって、核軍縮・核不拡散の今後について真剣に議論し、より望ましい方向を目指す努力は極めて重要だと思います。

過去の会議で合意されたような最終文書や、核軍縮に向けた包括的な行動計画に、今回合意することは難しいかもしれません。

ただ、核軍縮も核抑止も、核兵器を使用させない、させたくない点だけを見れば、同じ方向を向いています。

そうだとすれば、最低限のラインではありますが、NPTは核軍縮にとっても、世界の平和・秩序にとって、今後も重要です。

そして、今後も核兵器は使用されてはならないという約束と、そのための具体的な取り組みを、再検討会議の参加国、とりわけ核保有国と日本を含めた同盟国が、核抑止に依存していることの責務として、合意に向けて取り組むことが、最低限なすべきことだと思います。


◆大越健介キャスター(ニューヨークから中継)

(Q.NPTの再検討会議では、岸田総理も演説を行うことになっていますが、日本にどんな役割を期待しますか?)

このNPTの再検討会議で、日本の総理大臣が出席して演説をするのは初めてのことです。

被爆地・広島から選出されている岸田総理だけに、核のない世界を目指す強い思いを訴えてほしいと願っています。

日本が核兵器禁止条約に名を連ねていないことに対しては、非核保有国からは失望の声も聞かれます。

しかし、これまで広島・長崎の被爆の悲劇を絶えることなく訴えてきた被爆者の、長年の草の根の活動を高く評価する声は、至る所で聞かれます。

厳しい安全保障環境の現実のなかで、核軍縮の理想が霞みつつあるとも言われるなかで、せめて最低限の合意文書を取りまとめることができるよう、日本の行動がそのきっかけになることを期待したいと思います。

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