ローマの休日と長崎原爆…正反対の2人を結びつけた平和への祈り【森川アナ取材後記】[2022/09/01 17:06]

『サンデーステーション』森川夕貴キャスターが、あの有名映画をきっかけに、ある元英国軍人と被爆男性との「絆」を取材した。

■『ローマの休日』と傷心の元軍人

ローマの休日。オードリー・ヘップバーン演じる、ある国の王女と新聞記者が叶わぬ恋に落ちる不朽の名作である。時代背景からか、身分を超えて彼らは共に人生を歩むことはできなかった。この映画、実話がモチーフになっているとも言われている。王女に恋をした新聞記者のモデルといわれるのが、ピーター・タウンゼンドさん。元英国空軍パイロットである。戦争で人を殺めてしまったことで、彼は心に大きな傷を負った。命を落とした仲間、自分が殺した人間を思い夜も眠れなかったという。戦争の野蛮さ、悲惨さ、凄まじさが、第二次世界大戦“戦勝国”パイロットの心をも蝕んだ。

■正反対の立場で生まれた心の交流

同じ頃「敗戦国」の日本でも、原爆によって痛めつけられ体も心も疲弊した男性がいた。谷口稜曄(すみてる)さんだ。彼は郵便配達の仕事中に原爆に吹き飛ばされ、腕はただれ、皮膚は剥がれ落ち、ハサミで切り落とすしかなかった。また、背中は原爆によって引き裂かれ、えぐられたのである。何度も何度も死にたいと思った。彼もまた、タウンゼンドさんと同じように、戦争が残した魔物に苦しめられていたのだ。

そんな戦争に苦しめられた英国人と日本人が長崎で出会う。タウンゼンドさんが戦争の苦痛から解放されようと世界中を旅していた時だ。立場は違えど、彼らは、戦争に苦しめられた者同士、惹きつけられたのである。後にタウンゼンドさんは谷口さんの人生を綴った『ナガサキの郵便配達』を書き上げる。それからもずっとずっと、2人の交流は命が尽きるまで続いた。言葉は違う、人種も文化も違う。だが、心が通じ合ったのだ。

■取材して私も感じた「心の交流」

なぜ、元英国軍パイロットと、原爆によって傷を負った日本人が通じ合ったのか。
なぜ、彼らは生涯にわたって友情を育み、共に平和を祈ったのか。

タウンゼンドさんの娘、イザベルさんを取材して、私の疑問に答えが出た。彼女は言う。
「父は、国の命令で人を殺さなければならなかったのです。今ここで私たちは殺し合えますか?とても耐えられることではないでしょう。平和な世界を祈る気持ちは一緒。だから通じ合ったのです」

核の恐ろしさ、戦争の恐ろしさ。二度と同じことを起こしてはいけないことだと、彼女はグリーンの瞳を潤ませながら、訴えた。

亡き父と友人が紡いだ平和への思いを、イザベルさんが語る。私は、彼女の言葉から、時を超えて2人へ思いをはせ、平和を思う。初対面にもかかわらず、彼女と心が通じ合ったのは、タウンゼンドさんと谷口さんが心を通わせたのと同じだったように思う。結びつけたのは、平和への祈りだ。

■「壁」は超えられる

娘のイザベルさんは、父・タウンゼンドさんが戦争で受けた傷と、自責の念について明かしてくれた。亡くなるまでその傷は癒やされなかったという。谷口さんも然り。背中と心に、決して消えることのない大きな傷を負った。言葉の壁を越え、立場を超え、通じ合った2人。核兵器、戦争がなくなるよう祈り続けた2人。彼らの思いはいつ届くのか。2人が育んだ平和への祈りが、世界のリーダーたちの心に、胸に、届くことを切に願う。

言葉の壁を超えて、文化の壁を超えて、宗教の壁を超えて。私たちは理解し合える。今回の取材で、イザベルさんと私が分かり合えたように。

こちらも読まれています