消毒液シャワーの歓迎 PCR検査は日課 “ゼロコロナ”の最中の赴任 「中国便り」01号[2022/09/07 20:00]

ANN中国総局長 冨坂範明  2022年8月

「本当に赴任できるのか?」
5年ぶりの中国赴任を前に、私は不安で仕方がなかった。
8月上旬、東京都では連日3万人を超えるコロナ感染者が発生。同僚や知人も次々に感染し、身近に「コロナの影」がひたひたと迫っていた。

厳格な「ゼロコロナ政策」を取る中国では、飛行機の搭乗前日と前々日にPCRを受け、陰性であることが求められる。もし陽性となれば、赴任が大きく遅れ、色々な人に迷惑をかけてしまう。
中国大使館指定の病院で受ける必要があるPCR検査は1回2万円強。安い金額ではない。
人事を尽くして天命を待つ。
出た結果は2回とも「陰性」。どうやら飛行機には乗れそうだ。

最初に向かう場所は山東省の青島市。北京に直接入ることは、入国した8月3日当時は認められていなかった。
PCR検査の陰性を証明するアプリを搭乗カウンターで提示して、ようやく成田空港から飛行機へと乗り込む。

■消毒液の洗礼と、10日間の隔離

青島に到着してすぐ、パスポートをチェックする臨時のカウンターに連れて行かれる。
そこで、待っていたのは消毒液スプレーの洗礼だ。
頭からつま先まで、消毒スプレーを何回も振りかけられる。
パスポートを持った手も、あっという間にびしょびしょに。
全身消毒液まみれになりながら、空港内に設けられたPCR検査場で、最初の検査を受ける。
外国からの入国者の動線は完全に分けられていて、検査後は無言でバスへと乗せられる。
隔離ホテルに向かっているのだろうが、どのホテルに行くかなど説明は何もない。

バスの中では、おもむろに帽子やマスクのセットが渡される。
マスクはN95という医療用マスクで、装着すると、かなり暑苦しくなる。さらに、不織布製の帽子をかぶり、靴にも不織布製の靴カバーを付けて初めて、バスから降りることができる。
これらの装備は、ホテルの部屋に入るまでは、外すことができない。

その後は10日間の隔離生活が始まる。文字通り、部屋からは一歩も出ることができない。1日3回の食事を取るときと、およそ2日に1回のPCR検査の時だけ、ドアを開けて用事をこなす。
因みに食事は、中華と洋食から選ぶことができ、味もおいしいのだが、かなりのボリュームだった。

大切なのは、「健康宝」というアプリを入れること。
北京市が指定しているアプリで、パスポート番号や、入国日を入力する。
このアプリが緑色にならないと、北京に入ることはできない。
10日たち、アプリが緑色になった上で、陰性証明をもらい、ようやく北京行きの飛行機に乗ることができる。

■北京でも続く厳戒…アプリに縛られる日常生活

5年ぶりの北京空港では、同僚の記者と運転手が迎えにきてくれていた。
感慨にふける間もなく、ここでも最初に向かったのはPCR検査場だ。青島でも前日に検査したばかりだが、移動先で検査結果をアップデートする必要があるため、中国では移動のたびにPCR検査を受けることが鉄則だという。
例の「健康宝」に情報を打ち込んで、検査を受ける。翌日には、結果が自動的に反映される仕組みだ。

そこからはスキャン、スキャン、スキャンの毎日。
コンビニに入るのにも、家に帰るのにも、職場に行くのにも、アプリの健康コードのスキャンが必要なのだ。
自由に移動するためには、3日以内のPCR検査が陰性で、健康コードが緑である必要がある。健康コードが黄色や赤になってしまうと、自宅での健康観察や、施設での隔離となり、自由に外出はできない。
また、コロナが発生した地域にたまたま居合わせただけで、自分の意思とは関係なく、「弾窓」という状態になり、健康コードにアクセスできなくなってしまう。こうなると、関係各所に連絡するなど、面倒極まりないことになる。

■社会主義国ならでは 気が遠くなる人海戦術

とりあえず、自分にできることはPCR検査をこまめに受けることと、携帯の電源を切らさないことだ。
PCR検査場は街のいたるところに設置され、検査は無料。自ずと、職場に行く前にPCR検査場を訪れるのが日課になった。

検査場では、暑い中、防護服を着た人たちが狭いボックスの中から綿棒を持った手を出してくる。こちらは、マスクを外して口を開け、綿棒を突っ込まれるのを待つ。喉の奥を1ぬぐいか2ぬぐい、ぬぐった後は綿棒の先を折り、試薬の入った試験管へと入れていく。15秒ほどで1人の検査は終わり、流れ作業が続いていく。
口に綿棒を突っ込まれることに、最初は少し緊張していたが、毎日続けていると、それほど気にならなくなる。そのうちに余裕もできて、上手い人と下手な人の差もわかるようになってきた。
ただ、よくよく考えてみると、膨大なコストと人手をかけていることに、愕然とする。
ゼロコロナ政策とは、社会主義国ならではの、壮大な実験なのだ。

■賛否両論のゼロコロナ政策

この徹底したゼロコロナ政策をどう思っているのか、色んな人に聞いてみたが、賛否両論あるようだ。
徹底されていて安心するという声がある一方、経済活動への影響を懸念する声も多い。
さらに、最も不満が多かったのは、たまたま自分が行った地域でコロナが発生してしまうと、携帯電話の位置情報などから、広範囲に外出制限などの措置がとられてしまうことだった。

オミクロン株になって毒性が弱くなり、各国が「ウイズコロナ政策」にシフトしている中で、中国のゼロコロナ政策はかなり異様に見える。
ただし、習近平政権肝いりのゼロコロナ政策を、おおっぴらに批判することはできない。特に秋の党大会を間近に控えたこの時期、政権側は人々の批判の声に敏感になっている。SNSなどでゼロコロナ政策を批判する文章を投稿しても、すぐに削除される可能性が高い。

そんな中、北京市内で不思議な現象が発生したという情報が、SNSにアップされた。PCR検査場に、漢字一文字の謎の落書きが登場したというのだ。
「三」「了」「木」など、それだけでは意味が分からない8つの文字が書かれていて、つなげると一つのメッセージが浮かび上がってくるという。
「三年了、我已麻木了」=「3年たった、もう麻痺してしまったよ」
あきらかに、ゼロコロナ政策にたいする「抗議」とも取れる落書きだ。
案の定、その情報はSNSに上がった途端、あっという間に消されてしまった。本当にそんな落書きがあったのかどうかもわからない。

我々は残されたスクリーンショットなどから、場所を割り出し、現場へと向かった。
その中の一つのPCR検査場に、遠目からはわからないが、うっすらと書かれた「木」という文字が残っていた。抗議の落書きは確かにあったのだ。
どのような人物が落書きをしたかはわからないが、監視カメラが張り巡らされている北京のことだ、きっと拘束され、何らかの処分を受けていることだろう。

ゼロコロナ政策への抗議として、PCR検査場に落書きをするのは、確かに褒められたことではない。ただ、落書きの主には、そこまでして追い詰められ、伝えたいことがあったのだろう。
ゼロコロナ政策が正しいと思うなら、進めればいい。しかし、様々な立場の人の声を聞いて、議論をした上で、政策を決めるプロセスがあってもいいはずだ。
この国の政権に、どこまで人々の声を聞く力があるのか、そのあたりが、中国の行く末を占うカギかもしれない。

画像:どこへ行ってもPCR検査 アモイにて

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