国交正常化50年 「腰の引けた」日中関係と「二郎系ラーメン」の交流 中国便り02号[2022/10/04 19:30]

ANN中国総局長 冨坂範明  2022年9月


■「薄氷を踏む思い」ピカチュウ登場までの紆余曲折

日中国交正常化50周年の記念日を5日後に控えた9月24日。北京市内のショッピングモールは、多くの人でにぎわっていた。お目当ては、人気キャラクター、ポケットモンスターのピカチュウだ。4体のピカチュウの周りは黒山の人だかりとなり、記念撮影をするために長蛇の列ができた。

「ピカチュウはかわいいから大好き。もちろん日本のアニメだというのは知っているよ。」
屈託のない女の子の笑顔に、日ごろの疲れが少し癒された気がした。

ピカチュウのショーは、日中国交正常化50周年を記念して、日本側と中国側が共催した「民間イベント」の1コーナーだ。ほかにも、生け花のライブショーや、日中合作料理の発表もあり、会場は大いに盛り上がった。反日感情に配慮して、国旗などの展示はやめ、当初はイベント会場を鉄柵で囲い、安全検査をした上で、入場を認めていた。しかし、予想以上に人が増えてきたため、急遽鉄柵は取り払われ、安全検査もなくなった。状況に臨機応変に対応するのは、まさに中国流だ。

しかし、イベント開催までの道のりは、決して平たんではなかった。一年以上かけて準備を進めてきたイベント会場の使用許可が、直前まで下りなかったのだ。その過程を、「薄氷を踏む思いだった」と、関係者は振り返る。

■ペロシ訪台の波紋…冷え込む日中関係

最大の理由は、8月2日、アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問が引き起こした波紋が、日中関係を直撃したことだ。外遊先での外相会談は、王毅外相によって「ドタキャン」され、報復として行われた台湾を取り囲む「重要軍事演習行動」で発射された中国の弾道ミサイル5発が、日本のEEZ(排他的経済水域)に落下した。

国交正常化50年を前に、日中関係は冷え切ってしまうのか?その流れを何とか押しとどめたのは、8月17日に天津で行われた、秋葉剛男国家安全保障局長と、中国の外交トップ・楊潔チ(チは竹冠に雁垂れに虎)政治局員の会談だった。7時間のロングランで行われた会談は、物別れには終わらず、中国側の発表にも「対話は率直で建設的だった」と明記された。中国側としても、ゼロコロナ政策などで経済が落ち込む中、これ以上の関係悪化は避けたかったというのが本音だろう。

その後、イベントの中国側の共催者として登場したのが「中国公共外交協会」という組織だ。民間ベースの「公共外交」を行う組織だが、中国外務省のOBメンバーも多く、「半官半民」のような位置づけだ。10月16日から始まる党大会を控え、政府が表に出てリスクを取ることを控える中、このような「クッション」を間に挟むことで、直接のリスクを避ける中国側の「半歩引いた姿勢」を象徴しているともいえる。

この「クッション」路線は、日中関係の別の場面でも垣間見られた。9月27日の安倍元総理の国葬に中国側が派遣したのは、中国共産党員ではない全国政治協商会議副主席の万鋼氏、また、9月29日に北京で行われた「日中国交正常化50周年レセプション」の中国側主賓も、中国共産党員ではない全人代幹部の丁仲礼氏だった。東京の同様のイベントに林外務大臣が参加している以上、北京では王毅外相が参加するのが筋というものだが、王毅外相の不参加の理由は「外遊後の隔離期間」ということだった。コロナは一つの理由だろうが、党大会前にリスクを避けて、政治的リスクのない人たちをクッションに挟んだように、見えなくもない。

■交流が生んだ「北京の二郎系ラーメン」

そんな、政府同士の「微妙な間合い」の中で迎えた今回の50周年だが、民間同士の交流は、しっかりと続いている。私が国交正常化50周年を前に取材したのは中国人と日本人が共同で切り盛りしている「北京の二郎系ラーメン」のお店だ。

「二郎系ラーメン」とは、硬めの麺に濃いめのスープ、その上に大量の野菜とニンニクをのせたラーメンで、あっさり系の中国のラーメンとは似ても似つかない。当初は全く売れなかったが、日本への留学組を中心に人気が出て、今では行列ができるほどの人気店となった。客の中には、日本に行ったことのない人も多い。

「1回目は完食できなくても、3回目でくせになるんですよ」
笑顔で語る中国人の時シン(シンは日偏に斤)さんだが、日本でアルバイト時代に食べた二郎系ラーメンにほれ込み開店を考えた2014年当時は、日中関係が悪く、パートナーとなる日本人が見つからず困っていた。そんな中、日本に漠然とした不安を抱えていた小田島和久さんが手を差し伸べ、ようやく開店にこぎつけた経緯がある。
「来てみたら思ったより安全でした。決断に悔いはないです」
小田島さんがいなかったら「味がぶれて駄目になっていた」と振り返る時さん。
2人の夢は、二郎系ラーメンを中国全土に広げることだという。 

放送(9月30日ABEMAニュース)後の反響で印象深かったのは、「二郎系ラーメンは日本発祥だが、ラーメンは中国発祥だ。それが面白い」というものだ。お互いの文化がそれぞれ高めあい、新たなものを生み出す。それこそが交流の醍醐味ではないだろうか。
それでは、今後も2人のような交流を増やしていくために、日中はどのように付き合っていくべきなのだろうか。

■垂大使の異例の苦言「相互信頼は全く醸成されていない」

9月29日の国交正常化レセプションで、日本の垂(たるみ)中国大使は、お祝いの席にふさわしくないとも思える、厳しい言葉を述べた。
「日中関係は負のスパイラルに陥っている、相互理解は進まず、相互信頼は全く醸成されていない。」

理解も信頼も、お互いの顔が見えてこそ成り立つものだ。中国のゼロコロナ政策の問題もあるが、交流と対話が減ったことで、お互いの顔が見えない現状が、世論の悪化につながっているのではないだろうか。まずはコロナ禍で減った交流を元に戻すこと。その上で一人一人がお互いを理解し、信頼していくことしか、近道はないと思う。そしてその民意が、正のスパイラルを生み、最終的には指導者を動かし、「腰の引けた」現状を打破する力になると信じたいと思う。

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