【全編】1992年 独立直後のウクライナ初代大統領が語った 建国の「困難と展望」[2022/12/30 10:00]

独立直後のウクライナ、初代大統領のレオニード・クラフチュク氏です。
1992年4月10日、ANNモスクワ支局の酒井修一支局長が単独インタビューしました。

ソビエト連邦の一部だったウクライナのクラフチュク大統領は前の年の12月「CIS=独立国家共同体」創設に関する協定に署名。
ソ連崩壊を決定づけた人物の1人です。

インタビューでは、経済や軍事、CISの問題点など、新しい独立国家ウクライナの船出について、およそ30分にわたって語りました。

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■【市場経済導入での問題について】

00:49
Q.まず、ウクライナの経済について伺います。
ウクライナも市場経済の導入のため、価格の自由化を既に導入しています。
現在その成果、そして今、市場経済を導入するために何が問題となって障害となっているのか。
将来の展望も交えて話してください。

     
いくつかのポイントをお話ししたいと思います。

第1にウクライナは国家経済政策を決定し、第2にそこで市場経済の原則を掲げています。
ウクライナ経済におけるすべてのシステムは、私有権を含めたあらゆる形態の財産を認め、構築されるべきだという点に根差しています

そのためのしかるべき法律や決議を最高評議会と大統領令の両方で制定しました。
その結果 変革の道筋、法的基盤が確立され、経済政策の基礎ができたということです。
今、経済構造と国の運営の構造における抜本的な改革の重要なプロセスが始まり、その他の分野の大きな問題の解決にもつながると期待しています。 

どんな困難があるかをお話しします。
第1に 我々は極めて困難な状況の中で市場経済に移行しようとしています。
旧ソ連時代の経済的なつながりが断絶したため、生産が急減しているのです。

2つ目は 心理的な問題です。
国民は市場経済の条件下で働くことに対して心の準備ができていません。

なぜなら70〜75年も違うシステムで生活してきて、全く違う行動パターンを求められているからです。

3つ目の困難は、旧ソ連の共和国の間に強い経済関係が構築されていたことです。
一つの国家として経済も構築され、ウクライナもベラル−シも、ソ連の一部だったからです。

産業構造、通貨ルーブル圏などの基盤もすべて統一された国家のために作られました。

今はバラバラになり、これらの繋がりは切れ、壊されたのです。
もちろん これにより市場経済への移行と発展は難しくなりました。

我々はこれまで申し上げたこと以外に、独自通貨の導入と、国民の社会保障のための
措置を講じます。

我々は何よりまず、経済的手段を用いて、経済を調整するメカニズムを作り出します。

現段階では、今主要な部分である国有財産にのみ適用されます。

また我々は 収入・賃金と労働の生産性の相対関係を、より厳格に調整していきます。
税制などの方法で価格調整と価格形成をやっていきます。

 
■【CISの将来の展望について】

05:16
Q.次の質問に行きます。CISについて伺います。
CISの将来について、大きな影響を持っているのはウクライナとロシアです。
CISの会議が既に何回も開かれていますが、その成果の歩みは非常にゆっくりしているように見えます。
前回3月20日キエフ(キーウ)で行われたCISサミットの後、エリツィン大統領は「CISは現実である」
クラフチュク大統領は「CISは夢である」と表現しましたけれども、CISの将来の展望について、また夢を現実にするには何をすることが必要であるかお考えをお聞かせください?


確かにソ連の崩壊という結論に至った時、無秩序な崩壊を防ぐ道を探さなければなりませんでした。
この崩壊と解体を、法的枠組みの中で、平和的な方向に導く必要があった。
そのために「独立国家共同体=CIS」ができたのです。
CISが第1に取り組むべき課題は旧ソ連を平和的に解体することでした。

なぜなら、いまも問題が山積みだからです。
共有の財産や資産の問題、負債、軍など、それらはソ連時代から継承された非常に深刻な問題であり、今後 衝突や対立の激化を防ぐために慎重に解決していかなければなりません。

しかし、うまくいっていません。
我々はその中の最も緊急の問題の一つも効果的に解決できていないのです。

第2の課題は国家間の関係の新しい原則をつくることです。
ソ連の土台となっていた原則とは根本的に異なるものです。

ここで見解が分かれてしまいました。
ある共和国の首脳らはソ連の土台の原則からあまりかけ離れない、新たな統治機構を作り、旧ソ連のようなものを作るべきだと考えています。

ウクライナはこうしたアプローチには反対です。
アルマアタ宣言を遵守しているからです。
宣言にはこう謳われています。
「CISは国家ではなく、国家に準ずる組織でもなく、国際法の中で主権を持つプレイヤーではない」

これが主な相違点です。
正ににこの相違点のせいで決議に定められた多くのことが、いまだに遂行できていないのです。
これこそが、CISが今、機能していない、主な原因です。
CISは形式的には設立されたものの、実際には機能しておらず、実際の成果は出ていません。
特に強調したいのはこの点です。
成果を出せるどうかは我々次第で、決議や締結され協定が、遂行された時に成果は出るのです。

CISの展望はどうなっているか。
今後も私たちが決議を遂行するメカニズムを見出すことができなければ、CISは放っておいて も崩壊するでしょう。あえて崩壊させる必要もありません。
CISには問題解決能力がないと示すことになるからです。CISという組織も必要なくなります。
今はCISが必要です。
全参加国に関わる共通性のある問題を解決するためです。
もちろん2〜3カ国に関わる問題もあり、それはCISの枠組み内で解決することもできるでしょう。
2国間や3国間 そして全参加国に共通の問題についても同様にすればいい。

現時点では、CISが全参加国に共通する課題の解決の道を見出したとは、私は言えません。
ですから現時点ではCISは、まだ「夢」のままなのです。

我々がまず第一に問題を解決するメカニズムを構築しなければ、そして強い意志と意欲をもって取り組まなければ、CISという夢が実現することはありません。
CISはすでに成立したたという見解には同意てきません。まだ成立していないのです。
実際の成果をもたらしていないなら成立しているとは言えません。


■【CISに対するスタンスが変わる可能性】

11:19
Q.将来的にCISに対するウクライナの立場が変化する可能性はありますか?


はい そうした状況になるかもしれません。
もしCISが全ての国の利益を守らないなら、CISが合意に基づく公平な法的枠組みによる各国の利益を守るメカニズムを構築できないなら、CISへの参加は意味のないものとなるでしょう。

CISには“傘”になってほしくはないのです。
ある国が自国の問題解決にだけこの傘を使い、他国がその傘を使う機会を奪うような組織になってほしくない。
CISではすべて公平に、合意に基づいて決定されるべきです。

だから 今言ったようにある国から他国への圧力政策が続くなら、問題解決のためにCISのメカニズムが活用できないなら、今後 我が国の方針変更も十分あり得ます。

■【次回首脳会談で最大の課題は】

13:06
Q.次回に予定されている5月15日のタシケントのサミットで、一番大きな課題と言えるのはクラフチュク大統領としては何ですか?


これまでの首脳会議で解決できなかった問題を引き続き協議することになると思います。
そのひとつは共有財産の問題です。共有の財産の分割や外国資産の分割については、非常に重要な問題のひとつですが、いまだ解決の糸口が見出されていません。   
なぜなら、今ロシアはこの問題の解決に関心がないからです。
しかしこれは私たち全参加国にとって切実な問題なのです。

特にエネルギー資源価格の設定に関する経済的な問題も議題になるでしょう。
今後、お互いにどう支払っていくのか。
国際価格に切り替えるのか、または改めてCIS限定の価格を設定するのか。

私は軍関係の問題も必ず協議されるだろうと思っています。
非常に複雑で国益が絡む問題です。
軍事戦略の問題、核兵器の問題などもです。

これまでどうやっても解決できなかった問題を、何としても解決せねばならない時が来た思います。
「戦略核兵器削減条約」の批准と「ヨーロッパ通常戦力条約」の批准、 少数民族や強制移住させられた人々の人権の問題も出て解決されることを期待しています。

 
■【黒海艦隊の帰属についての考え方】

15:19
Q. 今CISの中で大きな問題となっているのは、クラフチュク大統領がおっしゃったように、旧ソビエト軍の再編成問題です。
特に黒海艦隊は、ウクライナとロシアの間で未解決の問題となっています。
クラフチュク大統領が大統領令を出し、その後エリツィン大統領が大統領令を出し、黒海艦隊のそれぞれの国への帰属を主張しています。
クラフチュク大統領の黒海艦隊に対する考え方をもう一度お聞かせください。


黒海艦隊の問題は、ある程度は意図的に作られました。
ロシアの軍と指導者が必要以上に悪化させているのです。
なぜなら黒海艦隊はウクライナ領内、そのほとんどはセバストポリに駐留しているからです。
(ロシア南部の)ノボロシスクやその他の港にも駐留しています。

我々は黒海艦隊全体を管轄しようとしているわけではなく、ウクライナの港を拠点としている黒海艦隊の船だけを管轄しようとしているのです。
我々は国際法、合法性の原則に基づいてやっているのです。
ロシア指導部が何を根拠にウクライナ領内の海軍を管轄するのか、理解に苦しみます。

私はバルト海、北海 太平洋などロシアの港の艦隊を管轄しようとは決して思いません。
しかし ロシアはそのようなことを行っています。
それが2国間の関係を悪化させているのです。

ロシア軍高官やルツコイ副大統領はセバストポリやほかのクリミアを訪問しました。
彼らがウクライナに内政干渉し、権限や政治に介入ていることを示しています。
そしてそれは非常に強い反発を引き起こしました。
ウクライナ国民だけではなく、他の国でもです。
このような声明や行動は非常に危険なもので、法的根拠もなく、他国への敬意もないからです。
ヘルシンキ条約も含めて国際法な原則を尊重していません。
なぜならこれは政治、領土の問題であり、そのような政策が続けばそれは深刻で非常に危険なことだからです。

だからこそ、ウクライナは人口5300万人のヨーロッパの大国としての強固な基盤があり、黒海艦隊の一部を管轄する権利があると考えているのです。
 
1つの数字をお教えしたい。
旧ソ連の船舶の実に7割、約70%がウクライナで建造されたのです。
そして今「私たちには艦隊を管轄する権利はない」と言われているのです。

私たちはそれに同意しません。
冷静沈着に…

(ウクライナ語:
“賢明に”はロシア語で何と言いますか?)
これらの問題を“賢明に”解決していきます。

きょう私は(ロシアの)ボリス・エリツィン大統領と電話で話しました。
両国に国家委員会を設置することで合意しました。
委員会はすぐに黒海艦隊の問題の、正しい解決策を見出すため作業を開始します。

その間、エリツィン大統領は自ら発令した大統領令の効力を一時停止させ、私は自分が出した黒海艦隊に関わる大統領令の第2項を停止させます。
私たちはこの決定ににより、黒海艦隊の問題を検討する上での手順を決めていきます。
これこそが委員会の仕事です。


■【黒海艦隊に関する協議について】

21:08
Q. 黒海艦隊の問題解決のための協議ということで、ロシアのコズイレフ外相が、4月11日にモスクワで、ウクライナのズレンコ外相と協議を提案していますが、この協議は開かれるのでしょうか?


この提案はもっと前にされていました。
エリツィン大統領との会話より前です。
 
しかし、今 この問題はより深刻になってしまいました。
会談に参加するのは外相だけではなくなり、よりオフィシャルなものになってきました。

ウクライナ側の代表は最高評議会の第一副議長となり、外相や国防省、大統領府、内閣の関係者、クリミアからも誰かが参加することでしょう。
私たちは今、クリミアから誰が加わるか確認にしようとしています。
オフィシャルな代表団になります。閣僚級ではなく政府間協議にしたいのです。

Q.エリツィン大統領と話し、協議会を作って政治的に解決していくということで合意したわけですが、その協議会はいつ始められる予定ですか?

私たちは早急に作業を開始することで合意しています。
あす、私はこの問題に関する大統領令に署名します。
エリツィン大統領との合意によれば、彼も大統領令に署名するということです。
   
エリツィン大統領と首脳会談をすることで、両国の国家委員会の作業を完了させ、
委員会の作業の結果について協議したいと考えています。


■【経済発展のため日本に望むこと】

23:50
Q. ウクライナと日本の関係ですが、日本に対して何か今後ウクライナの経済発展のために望まれることは?


このようなご質問をいただき、ありがとうございます。
私もその点についてお話したいと思っていました。
 
日本のみなさんの幸せとともに、日本の政府や国民のみなさんが、直面している様々な問題を解決されることを願っています。

ウクライナでは、経済発展や政治的イニシアチブでの日本の成功はよく知られています。
我が国はそうした日本と協力していきたい問題を抱えています。

例えば電子産業などですが、私たちには産業の転換に向いた良い技術的基盤があります。
旧ソ連の軍産業の約30%はウクライナが占めていたのです。
ウクライナには良い産業基盤や可能性があるのです。

コンピューター産業、軽工業、鉄鋼業など広い分野で協力することができます。
造船業も盛んでミコライウとケルチの2つの軍事工場の他にも大きな工場があります。
つまり、非常に多くの協業の可能性があるということを申し上げたいのです。

ウクライナは、日本のように非核国家になることを目標に掲げました。
我が国にはチェルノブイリ(チョルノービリ)原発があり、日本には広島と長崎という歴史がある。
ですから、私たちはこの分野で協力していくこともできると思います。
チェルノブイリ原発事故の処理への対策や、核兵器廃絶の分野においてもです。
また原発事故などの影響をウクライナ領内にとどめるための協力もできます。

ウクライナは日本に、大きな経済的利益をもたらすことができると申し上げたい。

そして 私たちの「日本と経済や政治・外交でも協力していきたい、良きパートナーになりたい」という願いは本物で、日本との協力関係が、活発で広範囲にわたり、深いものとなることを願っています。

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ウクライナは経済的なCIS諸国との関係を維持しつつ、1993年には「外交の基本方針」でEU加盟を究極的な目標とします。

クラフチュク大統領は、1994年、ウクライナに配備されていた核兵器の放棄を決め、
かわりにアメリカ、イギリス、ロシアが安全を保障する「ブダペスト覚書」への道筋をつけますが、大統領選で敗れます。

今年2022年、ロシアがウクライナに侵攻を始めた直後の5月10日、死去しました。
88歳でした。

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