“ユーモア”と“鉄の意志”で祖国支えるウクライナ鉄道 侵攻開始後も休みなく運行中[2023/03/04 11:00]

画像:キーウ発の寝台列車 10時間以上かけてポーランド到着

ロシアの侵攻を受けて、ウクライナへの空路は閉ざされ、入国するためには隣国からの鉄道か車、または徒歩のみとなった。
中でも鉄道は文字通りのライフライン。戦時下は避難民だけでなく兵士、物資も運ぶ。
ロシア軍からの攻撃の対象にもなるが、壊されたらすぐ修理。日本の1.6倍ある国土を侵攻開始後も休みなく走り続けている。
スローガンは“鉄”。誇りを胸に鉄路を守り続けるウクライナ鉄道についてまとめてみた。

(ANNロンドン支局長 醍醐穣)

■欧州屈指の正確さ

ポーランド国境からキーウまで車を使うと約9時間。今季は暖冬とはいえ、路面凍結も懸念されるため、時間は余計にかかってしまうが、冬の間の取材には鉄道を利用している。
ポーランドの国境の都市とキーウの間は、日本の新幹線や特急電車のような座席タイプの「インターシティ」と呼ばれる列車と、寝台タイプの2種類の国際列車が走っている。
列車旅の楽しみの一つは車内での食事だが、残念ながらいずれも食堂車などはない。
「インターシティ」は日本の新幹線と同じく車内販売があり、軽食や飲み物を買うことができるが、寝台列車は車掌さんが淹れてくれるお茶のみだ。

寝台列車は、往時の日本のブルートレインを彷彿とさせどこか懐かしさも感じる。
毛布や新しいシーツや枕カバーがベッドごとに提供され清潔で快適だ。コンセントもついていて携帯電話の充電もできる。

ウクライナ鉄道はとにかくダイヤに正確だ。出発が遅れても大抵の場合は到着時間には間に合わせてくれる。
2月20日に利用した際は、電撃訪問したアメリカのバイデン大統領の特別列車の到着と重なってしまい、出発がだいぶ遅れたが、キーウ到着は定刻通り。遅延やキャンセルが日常茶飯事のイギリスやヨーロッパの鉄道に慣れてしまった私には驚きだった。

ウクライナ鉄道のトップは翌日、自身のツイッターで「(特別列車が走った)昨日の定時運行率が基準に満たなかったことをお詫びしたい。レールフォースワンを優先するため、一部の列車を遅らせる必要があった」と説明。
「このため定刻通りに到着した列車はわずか9割だった。申し訳ない」と遅延が最小限だったことに胸を張った。

国境近くの駅では、国境警備隊が乗車し出国・入国の手続きを行う。隊員の多くは女性だ。
ポーランドへの出国の際、男性客は特に厳しくチェックされる。ウクライナではロシアの侵攻後、総動員令により18〜60歳の男性は国を出ることができないためだ。

■負傷兵を運ぶ病院列車 祭日には特別列車も

キーウ駅で列車を待っていると、時刻表にない特別列車が静かに入線してきた。ホーム上では複数の兵士が警戒に当たり物々しい雰囲気だ。車両のほとんどの窓には、カーテンや目張りがしてある。
負傷兵を運ぶ病院列車だ。
救急車両が列車に横付けされ、担架で負傷兵が運びこまれる。カーテンの隙間から見えた車内、ベッドが敷き詰められ包帯姿の兵士が横たわっていた。

鉄道は国民の足であると同時に、西側諸国からの支援物資や軍事物資を各地へ運ぶ動脈でもある。鉄道は重要インフラとしてロシア軍の攻撃対象にもなるが、復旧は迅速だ。車窓からも破壊された鉄橋の復旧工事を目撃した。
ウクライナ鉄道の幹部らはロシア軍の攻撃の対象にならないように、特別列車で移動しながら指示を出しているという。

戦時下でも、利用者を楽しませるサービスも忘れない。
クリスマスシーズンの1月には、キーウとリビウで蒸気機関車の特別列車が走った。70年以上前、旧ソビエト時代に製造された蒸気機関車だ。
「蒸気機関車好きの息子に本物を見せたくて早起きして来ました」と、興奮する男の子を抱っこしながら話してくれた母親。親子の姿はどこの国も同じだなと思わず目を細めた。
ロシアの侵攻前には、蒸気機関車がけん引する観光列車を目当てに、海外から多くの鉄道ファンがウクライナを訪れていた。

■商品化のスピード感 3日後には店頭に

キーウ中央駅の構内には、ウクライナ鉄道のオフィシャルショップがある。
鉄道の公式グッズのほか、イギリスのジョンソン元首相に贈られたニットキャップなど各国要人にちなんだものも販売されている。
東部方面からの避難者を取材するために立ち寄ったところ、あるデザインのポストカードとポスターが目にとまった。

ウクライナ国旗の青と黄色に塗られた機関車が星条旗をはためかせながら走るイラストが描かれ、その下には、アメリカ大統領が搭乗する飛行機のコールサイン「エアフォースワン」ならぬ「レイルフォースワン」のロゴがデザインされている。ショップのマネージャー曰く、バイデン大統領がおよそ10時間かけて夜行列車で隣国ポーランドからキーウを電撃訪問したことを受けて、中2日で急遽制作、販売したという。

もしも日本の総理大臣がキーウに来たらグッズを作ってくれるか尋ねると、「もちろん!特
別なデザインを用意しますよ。どんなデザインかはお楽しみですけどね」と二つ返事で答えてくれた。
20日のバイデン大統領の電撃訪問のあと、イタリア、スペイン、そして侵攻1年となる24日には隣国ポーランドの首相が続々とキーウを訪問した。
しかし、ある外交関係者は「ゼレンスキー大統領の日本訪問の方が早いのでは」となかば諦め気味に話す。

■ウクライナ鉄道の象徴 “鉄”に込められた意味

先に触れたウクライナ鉄道のオフィシャルショップの店頭には「ザリズニスティ=鉄」と書かれたトレーナーが並ぶ。
「鉄道の『鉄』、『鉄』の意志、『鉄』の結束など、我々ウクライナ鉄道マンの気持ちが詰まっているんです」とマネージャーは胸を張った。

キーウ中央駅のコンコースに置かれたある掲示板。「へルソン行き」「マリウポリ行き」、「ドネツク行き」など、ロシアの占領地域や激戦が続く東部エリアなど、列車を運行することが出来なくなり現在運休している路線が記されている。ウクライナ鉄道が侵攻を忘れないために設置したオブジェだ。
戦時でも「鉄」の意志で国を支えるウクライナ鉄道。
戦地に赴いた人、国外に逃れた人、ロシアの占領地域に留まる人など、離ればなれになった家族や友人を乗せて走る日が一日もはやく来ることを願わずにはいられない。

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