「世界は広島から新しい出発を」 歴史的な転換点に立つ日本の選択[2023/03/10 07:03]

ロシアのウクライナ侵攻、米中の対立―。
世界は従来の枠組みや価値観が崩れていく混迷と激動の時代に入った。恐怖と憎しみが広がり、各国は軍事力増強に傾く。
日本は反撃能力を可能にする防衛力の強化に踏み出し、安全保障政策を転換した。国のあり様が変わるこの歴史的な転換には、日米同盟を積極的に活用しようとするアメリカの意図がにじむ。

アメリカとの関係は日本にとって重要だ。しかし、アメリカの“素の姿”を見極めなければ、根源的な選択を誤る。世界情勢は日本に、もはや受け身ではなく、自立して重要課題に対峙することを迫る。

緊張が張り詰める中、5月に被爆地、広島で開かれるG7サミットで議長国日本の存在意義が試される。

テレビ朝日 外報部統括デスク 
岡田 豊 (元ANNアメリカ総局長)

■「攻めの日米同盟に」と駐日大使  岸田政権は米国が支えている?

「日米は過去40年、50年は基本的に守りの同盟だった。しかし、今は攻めの同盟に移っている」。2月15日、アメリカのエマニュエル駐日大使は、日本着任から1年となる節目に日本記者クラブで会見し、こう強調した。
「攻めの同盟」について大使は「防衛、経済などの分野で日米の共通利益を広げるべきだ」と説明した。

岸田政権は去年12月に「安保3文書」を閣議決定。反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有と防衛費の大幅増を明記し、安保政策の転換へ大きくかじを切った。
ANNの1月の世論調査では、防衛費増額や反撃能力など防衛政策の見直しについて岸田総理の説明が「不十分だ」と答えた人が8割を超えた。

「説明があいまいなのはアメリカの要求だったからだろう」。永田町関係者はこう見る。
確かに急ごしらえの政策転換だった印象は拭えない。日米外交筋は、安保政策転換にバイデン政権が介在した可能性を示唆した。当初の説明が不十分だったのは、日本が土台から積み上げ切った政策ではなかったからだろう。

関係筋によれば、エマニュエル大使は岸田総理に近い政権幹部と頻繁にコミュニケーションを取っている。「支持率が低い岸田政権がもっているのはアメリカが支えている側面も大きい」(金融当局関係者)。

「アメリカは日本に安保政策の転換を強く要求したのか」。先述の会見でエマニュエル大使に私がこう質問すると、大使は「ノー。日本は主権国家であり、国益を考えて必要な決断をした」と答え、岸田政権を評価した。

■アメリカに引きずられたロシア制裁 「戦争をする国になるのか…」

「ロシア制裁をするようアメリカがプレッシャーをかけてきた」(日系企業元幹部)。去年2月24日のウクライナ侵攻後、ロシア制裁を決めたアメリカ政府は当初、すぐに歩調を合わせない日本にいら立っていたという。
日本はロシアとの間で北方領土問題やサハリンの油田・ガス開発プロジェクトなど重要案件を抱え、制裁には検討の時間が必要だった。
しかし、アメリカに引きずられる形でロシア制裁の流れに加わった。

「新しい戦前になるんじゃないですかね」。タレントのタモリさんは、去年末に放送された「徹子の部屋」で今年がどんな年になるかと聞かれ、こう言った。
「アメリカに引っ張られて戦争をする国になるのか」。そんな不安もよぎる。
外務審議官などを務めた田中均氏は指摘する。「戦後、戦闘行動に一切関わって来なかった日本で力には力の論理が流行る。今こそ外交を語るべき時なのに、その気配は感じられないのは何故なのだろう」。

■対中輸出規制でも…アメリカが日蘭に追随要求

そのアメリカは、中国との対立の分野を広げている。
気球問題、ロシアとの関係、貿易、台湾、コロナの起源−。アメリカは余裕を失っているようにも見える。日本に問われているのは、アメリカにどこまで同調するのかという選択だ。

去年10月、バイデン政権は中国に対する先端半導体技術の輸出規制を発表した。
バイデン大統領は1月に訪米した岸田総理やオランダのルッテ首相と会談した際、この対中輸出規制に追随するよう求めた。そして1月下旬、日米蘭が製造装置の一部の対中輸出に規制を加えることで合意したとアメリカメディアが伝えた。

「経済安全保障の名の下、日蘭の対中輸出制限の要求。これが結局は半導体製造装置の対米投資を求めるアメリカファーストの要求でないのか見極める必要。米国に従うのが日本外交に非ず」(田中均・元外務審議官のツイート)。

■米中対立の“表と裏” 「ハグしたいほどの相互依存」

米中の対立は激化しているという。しかし、違う方向から見てみると全く別の実相が浮かび上がる。
「アメリカは中国を脅威と言うけど、経済ではハグをしたいほど相互依存関係にある」。中国に展開する日系企業の元幹部は米中関係の本質をこう表現する。

1月、スイスで会談したアメリカのイエレン財務長官と中国の劉鶴副首相が笑顔で握手する画像がある。よく見ると、イエレン氏の後ろに中国の国旗が、劉鶴副首相の後ろにアメリカの国旗が重なって撮影されている。対立を緩和するイメージを演出しようとしたのか。2人は「経済や金融の問題などをめぐって対話を深めていくことが世界経済に重要だ」という考えで一致した。

2018年以降、米中は制裁関税の応酬や半導体制裁などで貿易戦争を繰り広げている。
トランプ前政権は2019年、半導体の対中輸出の管理を強化した。日本企業はアメリカの輸出管理法に触れることを恐れて追随し、対中輸出を減らし、この間、日本は半導体のシェアを落とす。
ところが、米中の貿易総額は2022年に6905億ドルと過去最高になった。貿易戦争の一方で米中は相互依存を深めていたのだ。対立の空気に惑わされていては日本の国益を損ねる。

■「相手を責めず まず相手の話を聞く」 憎しみの乗り越え方

世界は多極化の時代に入り、アメリカを筆頭にした先進国の論理だけで押し通せる状況ではもはやなくなった。例えばウクライナ侵攻をめぐり、米欧にもロシア・中国にもつかない「グローバルサウス」と呼ばれる新興国や途上国が存在感を増している。アジアの一員である日本には、米欧と異なる役回りがあるのではないだろうか。

「相手が悪いと責めるよりも、相手がその考えに至るバックグラウンドを知る必要があります。相手がどういう気持ちで、どう考えているのか。まず相手の話を聞くことです」。8歳の時に広島で被爆した通訳者の小倉桂子さん(85)はこう語る。
小倉さんは通訳者として核なき世界の実現を世界に訴え続けてきた。「被爆者はアメリカを憎まず、報復も考えなかった。その憎しみの乗り越え方を学んでほしい」。

去年、アメリカで開かれたシンポジウムに招かれた小倉さんの目の前で、広島の原爆投下の正当論が展開された。「原爆投下はさらなる犠牲者が出ることを防いだ」と考えるアメリカ人はいまも少なくない。
その後に講演に立った小倉さんは、アメリカを責めず、ただ、辛かった自分の被爆体験を訥々と語った。そして、こう呼びかけた。「(原爆投下後の)きのこ雲の下にいたかどうかは関係ありません。いま、何ができるのか、私たちと一緒に考えて下さい」。

対立する国、脅威と言われる国に対して、私たちは、腹を割って、とことん言い分を聞き、理解しようとしてきたのだろうか。そんな思いにも突き当たる。

■「人の悲しみを聞き 人を許す広島から新しい出発を」

小倉さんが伝えてきたのは、アメリカが落とした原爆で亡くなった日本人のことだけではない。「広島なら苦しみや悲しみを聞き入れ、世界に伝えてくれる」。こんな思いで、核実験で被爆した海外の人たちなども広島にやってくる。小倉さんはそうした人の悲しみや苦悩を世界に伝える橋渡しもしてきた。広島は世界にとっても特別な場所だ。

広島でのG7サミットに小倉さんの思いは向く。
「戦争をしない。核兵器を持たない。このことをすべての国が人間性を下敷きにして話し合ってほしい。核を持たない日本には毅然たる態度でその橋渡しになってほしいです」。

広島サミットは世界史に深く刻まれる可能性を持っている。
小倉さんは言う。「広島は人の悲しみを聞く場所。広島は人を許す場所。世界は、広島から新しい出発をすることができるのではないでしょうか」。

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