国際

2023年3月11日 08:00

ロシアエリート層が望む「戦争早期終結」と「独裁継続」 裏で「プーチン後」の議論も

2023年3月11日 08:00

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意外かもしれないが、ロシア国内にとどまる支配者層―いわゆるエリートたちの間で、「戦争を早く終結させたい」という考えが広がりつつある。

ただし注意しなければならないのは、ウクライナが考えるようにプーチン政権を倒すことで戦争を終結に導こうとするのとはまったく違う考えだということだ。
むしろその逆で、戦争終結を望みつつ、プーチン大統領の独裁支配は継続させることが必要だという。

それはどういう考え方なのか。
そして、いま、ロシアのプーチン大統領の背後で一体なにが起きているのだろうか―。

■ロシアのエリートたちの望みは「戦争の早期終結」 でも…

「私たちの望みは、戦争を早く終わらせることです」
侵攻開始から1年以上が経過した3月の初旬―。クレムリンに近い関係者は、そう断言した。彼は外交に携わる、いわゆるエリートの一人だ。
しかし、彼の話には続きがある。

「同時に今の『ロシアの政治システム』を維持するべきだというのが私たちの考えです。さもなければロシアはひどい混乱に陥るでしょう」
彼が言う「ロシアの政治システム」とは、いわゆる“プーチン氏による独裁的な政治体制”のことだ。

■ウクライナ“大規模攻勢”への対応を決断できないプーチン氏

ただ、いまのプーチン大統領は苦境に立たされている。
プーチン氏が頼りにしている存在がいるのかどうか尋ねると、クレムリンの関係者はしばらく考えこんだうえで、こう断言した。
「プーチン自身。それが答えです」

さらに付け加える。
「今の彼はほとんど誰の意見も聞き入れません。会議はビデオを通じて行われ、彼は閉じこもっています。それは大きな問題かもしれません」
「大きな問題」とは、プーチン氏が自分ひとりで考え、何も決断しないことだ。

欧米メディアは、NATO=北大西洋条約機構の圧倒的な支援を受けたウクライナが近く大規模攻撃を仕掛けると報じている。早ければ3月末に始まるという情報もあり、ロシア軍はこの状況に対応するため一刻も早く作戦を立てなければならない。

しかしプーチン氏は、現在ロシア軍が占領している地域の守りを固めるべきなのか、さらに進軍して占領地を広げるべきなのか、大方針を下せていないようだ。実際にプーチン氏は最近のどの演説でも「特別軍事作戦」の明確な目標を示しておらず、軍部は「時間だけが過ぎていく」と焦りを隠せないという。

■孤立するロシア―欧州トップ「プーチンの説教はうんざりだ」

ロシアにとって、戦況が行き詰まっているのに加え、対話の可能性も失われている。ウクライナと欧米諸国はプーチン氏との対話の可能性を閉ざしている。

外交筋によると、ドイツのショルツ首相周辺は「プーチンの説教は聞き飽きた」と述べているという。
侵攻直前、フランスのマクロン大統領も、プーチン氏から一方的にロシアの主張を長時間聞かされたとこぼしていたと報じられている。
「プーチンとは交渉できない」というのは、侵攻前後にプーチン氏と会話を交わしたことのある西側のリーダーたちほぼ全員のコンセンサスとなっているようだ。

■頼みのインドと中国は? 「観客席の“ファン”」

では、欧米諸国以外がプーチン氏に停戦交渉を持ち掛けることはできるだろうか?

インドはG20にプーチン氏を招待して、仲介役を演じることで、国際政治の中心になりたいだろう。しかし、ラブロフ外相を招いた3月の外相会合の結果は共同声明を出せないまま閉幕に終わったことで、インドは欧米とロシアの間を取り持つことの難しさを痛感しただろう。

では、中国はどうだろうか?
ここにきて中国は和平案を提示するなど、仲介役の意欲を担うようなふるまいを見せている。だが、ロシア側は中国がどこまで支えてくれるのか疑心暗鬼だ。
ロシア側の関係者によると、2月22日にモスクワを訪れた中国の外交担当トップ、王毅共産党政治局委員は習近平国家主席の訪ロをめぐり、ロシアからの招待に感謝したものの「急いではいない」という姿勢を伝えたようだ。

中国とインドについては、ロシア側は「支援者」ではなく、「観客席から声援をおくる『ファン』だ」とみている。

■ジレンマに陥るロシア それでも「プーチン支配の継続」を望む理由

欧米との交渉の見通しは極めて低く、さらに中国やインドからの全面的な支援も不確かだ。八方ふさがりともいえる現状をロシアのエリート層の一部は、冷静にとらえている。
西側諸国の全面的支援を受けるウクライナに対して、軍事的な勝利が難しいことを半ば認めつつある。
そしてウクライナ侵攻の軍事的な成否が、プーチン氏の進退に直結するだろうということも理解している。

長期戦に持ち込むことで、事態の打開を図ろうとする声もでているが、経済制裁により財政状況は悪化の一途をたどっている。戦闘に欠かせない高精度のミサイルなどをどこまで自力で生産できるかも不透明だ。

だからこそ一部のエリートは、冷静に情勢を判断して一刻も早い終結を望むのだ。
にもかかわらず「プーチンという中心を維持し続けることが必要だ」と断言する。
しかも冒頭で触れたように「独裁的な支配」の継続を望むという。なぜか。
最大の理由は混乱を避けるためだという。

たしかに、ロシアは9つの時間帯を有する世界で一番広い国土をもつ。160以上の民族を抱え、極東のサハ共和国やイスラム系のタタールスタンやダゲスタンなどは伝統的に独立志向が強いとみられている。
20年にわたって中央集権化を進めてきたプーチン氏の足元が揺らげば、広大なロシアが途端に政治的な不安定に陥るという危機感をエリートたちは抱くのだ。

しかし、戦争の早期終結とプーチン政権の存続。そんな二律背反のようなことは可能なのだろうか?

プーチン政権が存続すれば、ウクライナや西側諸国にとってはロシアが再び侵攻を行うという恐怖は残ったままだ。
仮にプーチン氏が大統領を退いたとしても、独裁的な体制が続けば、同じことだ。ウクライナや欧米はその状況を受け入れることができないだろう。

ロシアの「独立新聞」の編集長レムチュコフ氏も2月24日のBBCロシアのインタビューで、ロシアが今後内戦に陥る可能性を指摘している。
レムチュコフ氏はロシアの内戦を回避する唯一の手段は「適切な人物」がプーチン氏の後に権力を握ることしかなく、その人物選びはひそかに始まっているという。
「プーチン以降」を考える動きはすでに表面化しつつある。

独裁体制と別れを告げつつもロシアを安定させる道はないだろうか?
「プーチン氏の後」に誰がロシアのかじ取りをになうことになるのか?
それは、今後の国際政治の行方を大きく決定づけることになる。

ANN取材団

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