映画「スラムダンク」中国で爆発的ヒット 日本と“共通の青春”も影を落とす拘束事案[2023/05/02 18:00]

中国便り09号
ANN中国総局長 冨坂範明 2023年04月

■名門大学に現れた巨大スクリーン

4月15日、中国の名門大学、北京大学の体育館周辺は、異様な雰囲気に包まれていた。バスケットコートをあしらった舞台の上には、巨大なスクリーン。体育館の外にも巨大ポスターが置かれ、記念撮影をするファンたちが次々と訪れる。バスケのユニフォームのコスプレに身を包んだ女性は、飛び跳ねながらこう叫んでいた「ルカワ!ルカワ!」。

「ルカワ」というのは、漫画「スラムダンク」の人気キャラクターの名前だ。北京大学ではこの日、「スラムダンク」の映画版「THE FIRST SLAM DUNK」の公開を5日後に控え、中国初となる先行上映イベントが開催された。
バスケットボールの試合シーンでは、4000人の観客が、パスが通るたび、シュートが決まるたび、大声援を送り、映画なのか、スポーツ観戦なのか、わからなくなるくらいの盛り上がりだった。

「漫画は全巻読んだから、結果は分かっている、それでも興奮してしまう」
「あきらめないことの大事さを、もう一度思い出させてくれた」

私は2011年から2012年にかけて1年間、北京市内の大学に留学していたが、当時から、スラムダンクの人気は絶大だった。
今回、映画館を訪れているファンは、1980年代から1990年代生まれの、30代から40代の人々が多いようだ。残業が多い厳しい仕事、結婚や子育てについての悩み、高騰する物価への対応…多くのプレッシャーの中で生きる人々は余計に、青春時代を思い出させてくれる「スラムダンク」に、夢中になるのかもしれない。


■5000人の従業員に無料券の太っ腹CEO

さらに、中国にはけた外れのファンもいた。
映画公開日の4月20日、中古品を扱うアプリ「転転」の従業員は、CEOの黄氏からの一斉メールを受け取って、”目を点にした”に違いない。
「5000人の同僚への、ちょっとした福利厚生」
というタイトルのメールには、5000人の従業員全員に「スラムダンク」の映画のチケットを無料で配ると書かれていたのだ。
かかった費用は、およそ400万円。映画の公開に合わせて会社の受付を「スラムダンク」風に改造した筋金入りのファンの黄氏は、メールで全従業員に、熱い思いをこう語った。

「スラムダンクの登場人物には、それぞれに違った『熱い夢』がある。みんなの小さいころも、きっと『熱い夢』があっただろう。(漫画に出てくる監督の)安西先生はこういった。
『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』
結局、人生は一つの試合だ。負けたくないと思いさえすれば、負けることはない。
私たちの会社は、全員がスラムダンクを見た会社として、全国一を目指そう」

黄CEOの貢献もあってか、中国での映画「スラムダンク」のチケットの売上高は、4月いっぱいで5億元(およそ100億円)を突破した。そして、今回取材をする中で、黄CEOも含めたファンの思いには、私も深く共感することができた。なぜなら私も、100円玉を握りしめ毎週本屋さんに行き、少年誌に連載されていた「スラムダンク」を読んで育った世代だからだ。日中関係が緊張する中、複雑な思いをする取材も多いが、今回の取材は久しぶりに、心から楽しむことができた。日本も中国も関係なく、お互いに話が出来る、共通の経験があることは、非常に重要なことだと、改めて痛感した。


■ゼロコロナ終了で期待される往来の増加と、影を落とす拘束事案

もちろん、共通の経験を育まなければならないのは、これからの世代も同じだ。厳しいゼロコロナ政策が終わり、人々の往来が活発になるこれからは、相互理解の大きなチャンスだと言える。中国人の日本への団体旅行が解禁されれば、「スラムダンク」の聖地巡礼をする中国人も増えるだろう。

しかし、その期待に影を落とす出来事が、次々と起きている。3月に発覚した日本企業の駐在員の拘束事案に加え、4月には、去年日本大使館員と面会していた中国共産党系メディア「光明日報」のジャーナリストが、起訴されていたことが発覚した。また、日本に留学している香港の学生が、一時帰国をした際に、国家安全維持法違反の容疑で逮捕される事案も起きている。

3月に新しく日本に着任した中国の呉江浩大使は、4月28日の会見で「スラムダンク」を例に、両国の若者が交流することの重要性を強調した。しかし同じ会見で、邦人拘束事案については、「事実がますます確実になった」と明言した。
「関連部門の調査の結果を待ちたい」というのならまだ理解できるが、外交部門を担当する大使が、起訴にも至っていない段階で、なぜそこまで断言できるのか、どうしても違和感を覚える。


■一時帰国中 何度も聞かれた「あなたは大丈夫?」

実は私は、4月後半に日本に一時帰国していた。拘束事案が相次いでいることを、みんな気にしているのだろう。色々な人に会うたびに、何度も聞かれたのが「あなたは大丈夫?」という質問だ。私は笑って「今のところ大丈夫です」と返しているが、内心は、これからますます取材がやりにくくなるのではないかという懸念が、日に日に強くなっている。記者証を持っている我々はまだしも、一緒に働く中国人スタッフや、取材の相手方に迷惑をかけるのではないかと、不安になることもある。
敏感な話題に関しては、さまざまな障害も増えていくだろう。それでも、中国に駐在する以上は、必要以上に委縮せず、多くの現場に足を運び、色々な人と会う努力を、あきらめずに続けて生きたい。安西先生ではないけど、「あきらめたら、そこで試合終了」なのだから。

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