宗教画「イコン」を強制移動 プーチン氏の狙い「勝利という奇跡を本気で信じている」[2023/06/07 17:00]

キリスト教の聖人などを描いた宗教画「イコン」の中で、ロシアで最も有名なものの一つ「聖三位一体」。15世紀にルブリョフが描いたこの傑作が、プーチン大統領の命令で、モスクワの国立トレチャコフ美術館から強制的に搬出され、救世主キリスト大聖堂に移された。

このイコンは状態が非常に悪く、専門家は温度や湿度が厳重に管理されていた美術館からの移動を強く反対していた中での強行だった。

元テレビ朝日モスクワ支局長、武隈喜一氏は、「大下容子ワイド!スクランブル」に出演し、イコンが第二次世界大戦の際に果たした役割までさかのぼりプーチン大統領の意図を解説。宗教画の移動がウクライナ情勢に及ぼす影響を分析した。


■ロシア正教の信者は移設に大喜び

「救世主キリスト大聖堂」はロシア正教の総本山にあたる。クレムリンにもほど近いモスクワ中心部にあり、移設された「聖三位一体」は6月4日に一般公開された。
絵を見に訪れた市民は喜びの声をあげる。
「このイコンは歴史を通じて生活の一部で、私たちの国とともにある聖なる象徴でもあります」。
「これは単なる芸術作品ではありません。見ると泣きそうです」

武隈氏によると、ロシアの巨匠、タルコフスキー監督の映画『アンドレイ・ルブリョフ』で印象的に使われていて、「私もモスクワ駐在時には、この「聖三位一体」を見るためにトレチャコフ美術館に何度も足を運びました。素晴らしい絵だと思います」と語る。

「聖三位一体」は約600年前にモスクワ近郊の修道院で描かれ、ロシア革命後にトレチャコフ美術館に移された歴史がある。ロシア正教会の立場からすると今回の「移送強行」は「返還」であるという位置づけだ。

■絵の状態への懸念は高まる

この絵を巡っては、美術品などに関する専門家会議の代表を務めていたカリーニン長司祭が、絵の劣化を懸念して移設に反対した直後に、ロシア正教会の役職を解かれ、さらにその後突然の心臓発作で入院したと報じられた。

武隈氏は美術品として危機的な状況になることを懸念する。
「去年も一度、救世主キリスト大聖堂に移したことがあり、その際に60カ所くらいが新しい破損が出てしまいました。しかしプーチン大統領は、あるべき場所はここなんだ、と。去年使ったものとも同じ物に入れて展示していて、すでにまた剥落が起きていると言われています」。

■なぜ宗教画を移すのか 「ナポレオンにも勝利」

宗教画を移動したプーチン大統領の狙いについて、ロシアの独立系メディアは
ウクライナで苦戦するプーチン大統領が「奇跡に頼っている」と分析している。

アメリカのロシア語テレビチャンネル「ナスタヤーシー・ブレーミヤ」は、「プーチン大統領は絵をロシア正教会に戻すことで負けつつある国全体を好転できると信じている」とする、専門家の見解を報じている。

武隈氏は、ロシアでは「イコンは奇跡をもたらす」という民間信仰があり、宗教禁止されていた共産主義時代でも変わらなかったと、ひとつの例を挙げた。
「1941年、ドイツ軍がモスクワ近郊まで攻め込んだ時、スターリンが、イコンを飛行機にのせてモスクワ上空を旋回したので、ドイツ軍を敗走させたといわれています。そう信じられているんです」。

また、「救世主キリスト大聖堂」への移設はロシア正教の総本山であること以外にも歴史的な意味があるという。
「この教会はそもそもナポレオンとの戦争(祖国戦争)に勝ったことを記念して作られた聖堂なんです。つまり、その場所にこのイコンを置くということは、大祖国戦争(第二次世界大戦)に匹敵するようなこのウクライナとの戦争で、必ず勝つんだ。このイコンがここにある限り勝てるんだと。プーチン大統領は本気でその奇跡を信じている。そういう行動だと思います」。

さらに武隈氏はプーチン大統領の行動について、こう付け加えた。
「この戦争に勝つと同時に、(来年の大統領選挙に向けて)自分の大統領の地位をも守るとプーチン氏は考えているのかもしれない」。

(2023年6月6日放送「大下容子ワイド!スクランブル」から)

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