「プーチンは逃げている」 侵攻の“ゴール”示せず プリゴジン氏が大統領候補に浮上?[2023/06/18 11:00]

「プーチンは逃げている」
クレムリンに近い関係者は、最近のプーチン大統領の言動をそう評する。

たとえば、6月13日のロシア軍などの取材を続けている軍事記者らとの会談だ。
記者たちが求める最も重要な問いに正面から答えなかった。

会談の冒頭、国営テレビの軍事記者ポドゥブニ氏はこう質問を投げかけた。
「特別軍事作戦は長期化しています。特別軍事作戦の目標や任務もおそらく変わっているでしょう。目標はどのように変わったのでしょうか?そもそも変わったでしょうか?」

プーチン氏は前のめりに「ニェット」と否定する。
「基本的に目標を一切変えるつもりはない」と断言する。
出だしこそ明確に話し始めたものの、プーチン氏はその後、西側との対立の経緯を数分間にわたって繰り返し、あらためてウクライナ東部ドンバス地方の解放に加え、ウクライナの「非ナチ化」や「非武装化」が必要なのだと力説したのだ。
果たして記者らが期待したのは、「非ナチ化」や「非武装化」などという抽象的な回答だったのだろうか?

そして、逃げ腰のプーチン氏の穴を埋め始めているのがプリゴジン氏だ。
民間軍事会社ワグネルの創設者で、歯に衣着せぬ物言いで日本のニュースでも目にしない日はないが、ロシア国内での存在感も日々増している。
政治的にも無視できない存在になり、ついに大統領選の候補としても浮上してきたという。

■曖昧なままの“特別軍事作戦”のゴール

あるクレムリンに近い関係者によると、ロシア国防省は「明確なゴールを早期にはっきりしてもらいたい」とプーチン氏に繰り返し訴えているという。
前線で戦う兵士らにとって必要なのは、どの都市を占領すれば「特別軍事作戦」が終了するのかというような明確な「ゴール」だ。だがプーチン大統領がそれを示したことはない。

「特別軍事作戦」の目標の曖昧さはこれまでも指摘されてきた。
昨年の2月24日、プーチン氏が掲げたのはウクライナ東部ドンバス地方のロシア系住民の保護だった。
しかし侵攻が長期化する中で、プーチン氏はウクライナの「非ナチ化」や「非武装化」をより強調するようになるばかりで、明確なゴールを示していないのだ。
東部を掌握すれば終わりなのか、キーウまで攻略する必要があるのか?なにをすれば今回の作戦が終了するのか?
記者らが対面でその答えを求めても、相変わらず答えない。

■翻弄される兵士や家族

同じく国営テレビの軍事記者スラトコフ氏の質問も、目標の明確化を求めているといえる。スラトコフ氏は、前線で戦う兵士の家族や関係者の声を代弁するように、終結の目途を示すことが必要だと訴えた。

「兵士はいつまで戦場にいるのでしょう? 勝利するまでですか?いつ勝利するのですか?」
期限がわからなければ、残された家族が心理的な安定を得ることは難しいと訴える。

プーチン氏は「本当に深刻なことだ」と訴えを真剣に受け止めるが、示した回答は「定期的に休暇を取れるようにした」というものだった。

聞きたかったのは休暇のシステムではなく、作戦の明確なゴールだったのではないか。この回答は期待外れだったようで、「休暇は半年に一度だとあなたがすでに発表しています」とスラトコフ氏の反応はそっけない。

■決断できないプーチン氏

なぜプーチン氏は軍事作戦の目標を明確にしないのだろうか?
クレムリンに近い関係者は、こう断言する。

「プーチンは本音ではキーウの占領を目指している。しかし今、戦線を拡大するような宣言を躊躇している」

実際、軍事記者との会談でプーチン氏は自らキーウの占領について言及した。

「軍隊をキエフ(キーウ)に戻すべきかそうでないか。私だけが答えを出せる」
しかし、キーウの占領を目標にすえるのかは明言しなかった。

関係者によれば、ロシア国防省は「戦線を拡大させるのであれば、追加の動員が必要になる」とプーチン氏に伝えている。しかし、いま動員を行えば、ロシア社会は混乱に陥るかもしれない。だからプーチン氏は、無謀とも思える目標を打ち出すことを躊躇しているようだ。

一方で、今回の発言は、キーウの占領が選択肢として完全に失われているわけではないと釘を刺しておくものだとも受け取れる。
プーチン氏を若いころから知る関係者は、プーチン氏の選択肢にキーウ占領を諦める選択肢はないだろうと話す。

「劣勢を受け入れドンバスのみで作戦を終了させることは、彼自身の中で『敗北を認める』ことになります。それはプライドが許さない。しかし、前に進むこともできない。プーチンは決断から逃げている。」

プーチン氏がジレンマに陥り、今回の軍事記者たちとの会談で見せたような態度で、明確な目標を示せないままならば、自らの支持層からも見放されかねない。
その兆候はすでに顕在化しつつある。

■プーチンの「曖昧さ」を穴埋めするプリゴジン

決断をためらうプーチン氏をしり目に民間軍事会社「ワグネル」を率いるプリゴジン氏が大胆な発言を繰り出している。

プリゴジン氏は4月、ロシアは当初の目的であるウクライナ東部の重要地域を占領しクリミア半島への陸路も確保するなど十分な「戦果」を挙げたとして、こう断言した。

「特別軍事作戦を終了させることが理想的な選択肢だ」

プリゴジン氏はあくまで一つの民間軍事会社を率いているに過ぎない。それもロシア国内では違法とされている会社だ。「軍事作戦の終了」というまるで大統領になったかのような発言は、明らかな越権行為といっていいだろう。
しかしプーチン氏は沈黙する。

さらに意外にも、これまでプリゴジン氏と距離を置いてきた一部のエリートも、取材に「プリゴジンの発言は正しい」と認めた。
戦争支持者ですら「明確な出口を示してほしい」と訴えている今のロシア国内の状況を鑑みると、「ロシアの現状が変わらなければ革命が起こりかねない」「国民の不安に具体的な対応をしない国防省やエリート層に憤りを感じる」といったプリゴジン氏の発言がいかにロシア人の心をとらえるかがわかる。

戦争支持者を読者層とする、あるインターネットサイトの投票で、プリゴジン氏はプーチン氏の3倍の人気を誇っているとの調査記事も出ている。
また独立系メディア「モスクワタイムズ」は、インターネットでの検索件数を調べると、プリゴジン氏への関心はプーチン氏の2倍まで高まっていると指摘している。

加えて、権力者の汚職に対して強い反感を抱くロシア人にとって、プリゴジン氏が国防省の腐敗を徹底的に批判する姿勢は、共感しやすい。

■プリゴジン氏が大統領選に出馬?

こうしたプリゴジン氏の存在をロシアのエリート層も無視できなくなっている。
クレムリンに近い関係者はこう明かす。
「プリゴジンはいま、大統領候補の一人とみなされつつある。プリゴジンに関する世論調査は無視できない」

これまでプーチン氏を支えてきた極右層にとって、今プーチン氏は「決められないリーダー」に成り下がっているため、彼らの受け皿としてプリゴジン氏が浮上しているというのだ。
現時点では、国民にたまった不満のガス抜きとしての役割だとみられているようだが、今後戦況が悪化し、プーチン氏がかじ取りを誤れば、プーチン氏を凌駕しかねない。

関係者はこう付け加えた。
「中国も二次制裁を気にして、ロシアを本気で支えようとはしない。経済の悪化は今後、ロシア人の生活面に現れてくる。そうなったときプリゴジン氏を巡る動きがどうなるかはまだわからない」


ANN取材団

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