「バナナ王」長男が勝ち残り 麻薬組織に蝕まれるエクアドル 大統領選は決戦投票に[2023/08/23 06:00]

スーパーに行くとエクアドル産のバナナを手にする機会が多い。日本は消費するバナナのほぼすべてを輸入に頼っているが、エクアドルはフィリピンに次いで2番目の輸入先だ。

エクアドル産のバナナは日本人に馴染み深い味だが、そのエクアドルの「バナナ王」の長男が、20日に行われたエクアドル大統領選で予想外の票を獲得し10月の決選投票に駒を進めた。
候補の1人が選挙運動中に射殺されるなど荒れる大統領選となっているが、泡沫とも言われた候補の大躍進に驚きの声があがっている。
(テレビ朝日報道局 名村晃一)


■弾劾回避で前倒し 候補者は防弾チョッキで街頭に 

そもそも今回の大統領選自体が異例だった。国会から汚職疑惑を突き付けられた現職のラソ大統領が弾劾を避けるために5月に国会の解散を決めた。このため総選挙と同時に、大統領選が大幅な前倒しで実施された。

大統領選には8人(ラソ大統領は不出馬)が立候補したが、選挙期間中の今月9日には、政治腐敗の一掃を訴えていた男性候補が首都キトでの集会後に武装グループに射殺された。
メキシコの犯罪グループの関与が取りざたされているが、逮捕された6人はいずれもコロンビア人で、動機などは解明されていない。他にも銃撃や脅迫が相次ぎ、各候補は防弾チョッキを着用して街頭に立ち、投票日には10万人の警察官や兵士が投票所などに動員された。

エクアドルの選挙管理委員会によると20日の投票でトップに立ったのは反米左派のコレア元大統領が支持するルイサ・ゴンサレス氏(45)で約33%の票を獲得した。国会議員などを務めた女性政治家で、低所得層向けの政策を掲げて安定した戦いを見せた。それでもコレア元大統領が汚職の罪で懲役8年の判決を受けながら、受刑を回避するためベルギーに亡命していることへの国民の批判は強く、思った以上に支持は広がらなかった。


■無名の政治家は米国で学ぶ 世論調査では支持率1桁

2位に入ったのは中道右派のビジネスマン、ダニエル・ノボア氏(35)だ。得票率は約24%だった。エクアドル大統領選は得票率が50%を上回るか、40%以上でもライバル候補を10ポイント以上引き離した場合は1回目の投票で大統領が決まるが、そうでない場合は決選投票が行われる。ゴンサレス氏とノボア氏はこのルールに基づき10月15日の決選投票に臨む。

ノボア氏はエクアドルの「バナナ王」として有名なアルバロ・ノボア氏の長男だ。事前の世論調査では支持率1桁台が続き、当選ラインにはほど遠い存在だった。このため、あまりニュースにも取り上げられなかったが、本番で驚きの数字を叩き出した。地元メディアは、若さに加えて、討論会などでの主張の明確さが有権者の心をつかんだと分析している。

2021年以降、国会議員を務めていたが、政治経験は浅い。父親のアルバロ・ノボア氏はバナナ産業に君臨する一方で、大統領選に5回立候補し、あと一歩のところで当選を逃し、政治的にも有名人ではあるが、エクアドルの有権者にとって長男のダニエル・ノボア氏は「無名」の政治家である。ニューヨーク大学など米国の大学で学び、18歳の時には会社を立ち上げていたという。


■狙われた港湾都市 コカイン密輸の拠点に

これまでエクアドルは南米の中では安全な国とされてきたが、ここ数年、治安が急速に悪化している。殺人の発生率は2016年に比べて6倍になった。特に危険な都市とされるのは同国最大の港湾都市グアヤキルで、今年上半期の暴力事件による死亡者数は1390人となり、すでに昨年1年間の数字とほぼ同じ水準になった。

新型コロナの感染拡大以降、刑務所内を犯罪組織のメンバーが支配するようになり、刑務所で暴動事件が頻発し、数百人単位で受刑者が死亡している。

治安悪化の背景には麻薬密売組織のエクアドルへの進出がある。コカインなどの密輸のためにメキシコやコロンビアの密売組織が、エクアドルの港を利用し始めた。これまで平穏だったため取り締まりが甘かったという盲点をつかれた。

地元の専門家はグアヤキルなどエクアドルの太平洋側の都市は、需要が増え続ける欧州やアジア向けのコカインを送り出す重要拠点になっていると話している。グアヤキルなどでは大量のバナナが世界に向けて船積みされるが、積み荷のバナナがコカインなど麻薬の隠れ蓑になるケースも多い。

そのグアヤキルはノボア氏の故郷でもある。大統領選での最大の焦点は治安問題で、有権者はエクアドルの経済を支えるバナナを「食い物」にする麻薬組織に、2人の候補がどう向き合うのかを注視している。

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